第12話 元プロゲーマー、悪魔と戦闘する

「私と取引しないかしら?」


 シトリーは俺に微笑みを向けている。顔自体のパーツは整っているのだが、問題は金と黒が入り混じった長い髪でなんというか……髪を染めるのに失敗したイキリヤンキーみたいな感じだ。


「取引?」


「えぇ、そう取引」


 大抵こういうタイプの取引なんて十中八九、ロクなもんじゃない。


「私って、無駄な戦闘なんてしたくないの。だから、貴方が水竜族の姉妹を渡してくれるならそれでいいの。なんなら、ご褒美だってあげる。私の右腕にだってしてあげるし、浴びるような快楽だってあげられる。貴方にとっても悪くないと思うわ」


 少しだけ猫撫でしたような声。背筋がゾクッと感じて嫌悪感のようなものを抱いた。


「何か勘違いしていないか?」


「勘違い? 本当にそうかしら」


 シトリーは何故か確信めいた笑みを浮かべている。


「そんなこと言わなくても大丈夫だわ。私は今も貴方の配信の様子を見ていた。貴方は敵がいない事に安心しつつも、罠を警戒しながら歩いていた。貴方は臆病なのは知っているわ」


「そうだな。俺の命は残機1だしな」


「ちょっと何を言っているのか分からないけれど、私の能力は心を読んで操ること。まぁ貴方の心は読まなくても分かるけれど。人には必ず負の欲望があるの。私はそれを増長させるだけ。さぁ……貴方も欲望に溺れなさい」


 そう言って、シトリーは目が光る。


 おそらく精神に干渉する魔法を使ったんだろう。だがこの手の攻撃には対策がある。


「あーっはっはっはっは!! あぁ、とっても楽しみだわ! 信じていた人に裏切られ、自分の欲望のために売られたと知った時にあの水竜族の娘が絶望の表情を浮かべるのを! さぁ、早くこっちにおいでなさい!!」


 俺は気持ちが赴くまま、ゆっくりとシトリーに近づく。


 シトリーは俺に右手の甲を向けたので、


「さぁ、私の手の甲にキスを――ぐふっ!」


 俺は思いっきりシトリーの顔面をぶん殴ってやった。


 思いっきり油断していたし、ファーストアタックにしては良い一撃だったと思う。


「はっ!? 痛った!! 私の魅了が効いていない……!? なんで!?」


「いや、普通に胡散臭いから」


 なんか精神に干渉するような魔法を使ったのだろうけど。あんまり実感はない。


「それにこういう事もあろうかと、ちゃんと対策もしてきたからな」


「対策……?」


「あぁ……これが、その対策だ」


 俺はマキナから貰った小包を開ける。そこには弁当箱がある。


「これは……? なに? ゴミ?」


「いいや。マキナが作った弁当だ」


 ちなみに、この時コメント欄では……


『えぇ……意味がわからんwww』


『え? 弁当? これ食べ物……?』


『ひょっとしたら、ここにものすごい秘密が隠されているのかもしれない!』


『【注意】相手は悪魔です!』


 という感じだった。


 そんなやり取りが行われているのを俺はまだ知らないのだが……、


「は! そ、それがどうしたというの!? 私は貴方の心の中くらい覗けるのよ! え?いや、そんな嘘でしょ? これ弁当なの!? こんな弁当で私の精神魔法を防いだって言うの!?」



 精神操作の魔法は完璧ではない。対象の精神の思考性が分散していると、効果が薄くなるらしいシトリーが精神に干渉する魔法を使うことを知ってから、少ない時間ではあるが攻略法を調べていたのだ。


 その結果が、マキナが作った弁当である。味はあまり良いとは言えないが、結果としては予想通りで良かった。


「誰……そのマキナというのは……? 死霊術士ネクロマンサーかしら……? 私の魔法に対して耐性を付与できるなんて……そんな腕利きの人間は聞いたこともないわ」


 ……ネクロマンサーではなくて女神というのは黙っておこう。


だが結果として、俺の目の前にいるシトリーの表情に焦りが浮かんでいる。


「それ以外は……え? 貴方、私をどうやって倒そうかしか考えていないの……?」


「え? 自分より強い存在なんだし、どうやって攻略するのか考えるのが普通だろ?」


「その攻略が恋愛的なものではなくて、討伐って意味が分かるのが腹立つわね!」


 シトリーの顔が怒りのせいかシワで歪んだ。


「甘くみないで頂戴! これでも私は悪魔の端くれ……魅了が効かなくても貴方を殺すくらいどうってことはないわ!」


持っている杖で自身の腹を貫く。


その後、徐々に大きな虎の姿に変貌した。


『私をコケにした貴方は全力で殺してあげる。冥土の土産に私の真の姿を魂に刻みなさい……それにあの水竜族にかけた呪いを解くには私を倒すしかないわ!』


「いいね……こうでなくっちゃ」


『黙りなさい!!』


 こんな人外な形態変化。転生前にドハマりしていた『デスソウル』を思い出す。


「さて、この大虎はどんな攻撃を仕掛けてくるかな」


 虎に変身したシトリーは口を開けて、俺の身体位の大きさのビーム状の攻撃を放つ。


 俺は右にサイドステップに避ける。気持ち大きめに回避することで避けつつ、次波の攻撃に備える。


 大虎に返信したシトリーは高く飛び、鋭利な爪で攻撃を仕掛けてくる。俺はあえて前方に前転することで、攻撃を回避する。


 俺は振り向きざまに攻撃を一発当てる。


 どうやら、獣の姿になったことで攻撃は単調になったようだ。


 とはいえ、ミスって当たれば即死。このヒリつく感覚が堪らない。いいね。これが生きるって感覚がしている。


 焦らなくていい。俺はこのまま地道に攻撃を与え続けて……


~~~~~~~~~~~~~~~~


「もういいわよ! 私の負けよ!!」


 そういうと、シトリーは大虎の姿から人間の姿に戻った。


 3時間が経過した頃。何故かシトリーが切れたのだった。


「? なにを怒っているんだ?」


 おかしい。まだ3時間しか経っていない。むしろ勝負はここから。ここから先が第二ラウンドのはずだ。


「もうHPもギリギリ、MPも枯渇して……もう何もできないからよ! 早くさっさと殺しなさいよ!!」


「ふざけるな! もっと頑張れよ!!!」


「もう無理よ! これ以上は戦えないわ!」


「はぁ……なんか、そうあっさりと降参されると萎えるな」


「な、なんなのこいつ……」


 今更な話、どっちが本当の姿か分からないがアクアとクリアを襲った盗賊達はこんな化け物に騙されて自分の欲望を叶えようとしていたのか……なんか哀れだな。


「あ、でも水竜族にかけた呪いを解くには、お前を倒すしかないんだっけ?」


「ひぃ!! い、今すぐ解きます!!」


 シトリーは指を鳴らす。


「と、解いたわよ……これで水竜族にかけたデバフの呪いは解いたわ」


 だが、しばらくはこのまま拘束させてもらおう。本当に呪いが解けているのか見ないと分からないことだし。


「よし。じゃあもういいな」


 俺はマキナが作った弁当を広げる。


 相も変わらず、弁当と言えるか分からない。だけど、俺のために作ってくれた事は変わらない。


「いただきます」


 だから俺は残さず食べるのだ。


 その間に、配信でついたコメントでも見るか。


『悪魔も恐れる冒険者!』


『ユリウスさんのチクチク攻撃しながら一切の攻撃をもらわない芸術的すぎるだろ!』


『こ、これがユリチク……!』


『ユリチクは草』


『ユリチクwwww』


『私の国を守って下さってありがとうございます。これはほんのお礼です……我が国の兵にもユリチク戦法を取り入れたいと思います』


 リザベール第三王女様より100000Gのスパチャが入りました。


 ひ、ひぃぃいいい!!! また高額スパチャ!? 


「あ、ありがとうございます! でもユリチクはやめてもらっていいですかね!?」


「ちょっと、なにしてんの?」


 シトリーは俺に話かけてきた。


「え? 見ての通り飯食いながらチャット読みしてるんだけど??」


「なんで今なのよ。いや、それはいいわ。というか……よくそんなもの食えるわね」


「うん。前よりはマシだからな」


 そう言いながら、俺は無心でご飯を食べる。


「そう……自分のために作ってくれるなんて、あんたは幸せ者なのね。正直、羨ましいわ」


「そうだな……俺もそう思う」


 シトリーは諦めたような大きな溜息を1つ吐いて、


「私も焼きが回ったわね……1口頂いてもいいかしら」


「あぁ、別に構わないぞ」


 俺はマキナが作ってくれた黒い料理を口に入れる。


「ぐ、ぐふっ……! い、良い味じゃない……」


 シトリーはそう言い残して地に伏せる。


『おめでとうございます! 単独での悪魔討伐の偉業を達成しました! 貢献度ポイント3000ポイント獲得です!』


 まさかマキナの料理でトドメだったとはな……。


「……ごちそうさまでした」


 その後、俺は黙々と食べ続けて完食するのであった。


 別に悪い味ではないのにな。

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