第11話 元プロゲーマー、無理ゲーに挑む

「みつけた。か……」


 水竜族の姉妹であるアクアとクリアを助けた後家に招きいれた。ルシファが作ってくれた食事をみんなで囲みながら団らんを過ごしている。


周りが美少女だらけで若干の居心地の悪さを感じつつ、まったりした時間の中配信を見直している時に不穏なコメントに気づいてしまった。


 誰に対しての『みつけた』なのかによって、対応が変わってくるがこの状況なら間違いなくアクアとクリアに対して言っているものと思っていいだろう。


 仮にその推測が当たっているならば、このコメントの主は悪魔ということになる。


 何故なら、アクアとクリアが逃げたのは悪魔が村を襲ったからだ。本当の悪党ならば村の生き残りを追っていたとしても不思議ではない。


 まぁ、この『みつけた』が低級悪魔のものではないという可能性もあるけれど。


「ユリウス様……ごめんなさい。迷惑……ですよね?」


 アクアが俺に申し訳なさそうに話かけてくる。


「いや、そんなことはないぞ。そんなボロボロの状態で置いていく方が目覚めは悪くなるしな」


「ユリウス様は優しいんですね」


「別に、これも俺のワガママだと思うぞ」


 目覚めが悪くなりそうだから助けた。たしかに、そこに同情はあるかもしれないが、あくまで自分が嫌な思いをしたくなかっただけで……俺自身は別に聖人という訳ではない。


「一つ聞いていいか?」


「はい?」


 だからこそ、俺はアクアに尋ねてみた。


「もしも俺が低級悪魔と戦ったら勝てると思うか?」


「……正直に言えば、いくらユリウス様が強くても厳しいと思います。だって水竜族一番の戦士である私のお母さんだって、一瞬で倒されて呪いをかけられちゃいましたから……」


「お母さんが? そうなのか……」


 ゲームならいわゆる死にイベント。水竜族がどれほどの強さか分からないけれど、一族で最強の存在が一瞬で負けたとならば、相当強いに決まっている。


俺がゲームをやる時、死にイベントはRTAに挑戦する時を除き必ずクリアしていた。こちらが明らかに弱いと分かっている状態で強敵を倒す時ほど、気持ちの良いものはないから。


ただ今の俺はゲームの中にいる訳ではなくて現実で生きている。残機がなければ、コンティニューもない。そんな縛りプレイの中で勝ったら、きっと脳汁が溢れて止まらなくなりそうだ。


「ユリウス様。私達のために無理をしなくていいですよ? 私、聞きました。ユリウス様は先ほどF級ダンジョンをクリアしたばかりだと……お気持ちは嬉しいですけど、無理な相手に挑んで命を粗末にしないで下さい」


「今、無理って言ったか? しかも2回も」


「……え? わ、私なにか気に障ることを言ってしまったでしょうか?」


 アクアは少し困惑していた。多分、俺が負けると思っているのは本音なんだろう。いいね。このアウェー感は久しぶりだ。予想をひっくり返してやった時の感覚は堪らない。思わず口元がニヤついてしまうほどに。


「……お姉ちゃん」


 クリアは枕を抱きしめてアクアを呼んだ。そういえば、クリアが声を発しているのを初めて見た気がする。


「いいよ。アクアも疲れてるだろ?」


「……ありがとうございます」


 そう言って、アクアはクリアと共に寝室に向かった。


 ここからは一人の時間。今日の配信を見直して自分の動きを確認しよう。


 ボスの前に気持ちが昂るのはプロゲーマー時代となんら変わらない。ヤバい。口元のニヤニヤが止まらない。


「あ、あの……!」


「あれ? アクア。クリアと寝たんじゃないのか?」


 アクアは何か躊躇した様子で俺をチラチラとみていた。


「? アクアどうしたんだ?」


 俺がそう尋ねると、


「実は私――」


 アクアは意を決したのか大きく息を吸って伝える。


「――低級悪魔『シトリー』の居場所に心あたりがあるんです」


「本当に?」


 俺は笑みを隠すことを忘れていた。


~~~~~~~~~~~~~~~


「このダンジョンの最上階に低級悪魔のシトリーがいると思います」


 次の日の朝。俺達は初心者向けダンジョンから離れた場所に来ていた。薄暗い森を抜けた先にあるダンジョンのようだ。


 どうやら、低級悪魔の名前はシトリーがいるらしい。


「なんでシトリーがここにいる事を知っているんだ?」


「このダンジョンの最上階は私達、水竜族が守る古代宝珠があって……その宝珠の封印を解除するのに、族長の娘の私達の血が必要なんです」


「なるほどな」


 封印された宝珠が何か分からないが、S級クラスの敵が狙っているということは魔王軍にとって重要なものということなのかもしれない。もしかしたら、強力な効果なアイテムの可能性もある。もしもそうだとしたら……俺にとっての使い道はないかもしれない。


 そういえばシトリー……こっちの世界ではソロモン王に仕える大悪魔の内の一人だったはず。たしか豹の悪魔で色欲を満たす……そんな設定だったはず。ひょっとして、俺がいた世界の悪魔の内容とリンクしているのだろうか? いや、考えすぎかもしれないし、今は目の前の事に集中しよう。


「それでは行きましょう。微力ながら私もサポートします」


「あ、ソロでやるから手助けいらないから」


「え!? 本当に言っているんですか!?」


 アクアは驚いたような表情で俺を見る。


 そのつもりでアイテムを補充してきた。今回の相手は呪いやら精神に干渉する魔法が得意のようだから、その対策もキッチリ忘れないようにした。準備は万全だ。


「……はい。いつものですね。分かってますよ」


「さすがユリウス様です。ルシファは応援しております」


「二人は受け入れてるの!? 本当に一人で攻略する気……?」


「何を今更……アクアを助けた時だって、アクアは何もしていなかっただろ? もしも手助けをしていたら、俺は怒っていた」


「なんで!?」


「俺がつまらないからな。やっぱりどうやって攻略するかを考えるのが一番楽しいし」


「でも命は一つしかないんですよ!?」


「一つしかないからいいんだろ?」


 それでこそ無理ゲー。残機が1機しかなかろうが、容赦がないのはゲーマーとしては燃える。


「あ、あのユリウス様? こちら頼まれていたものですが……」


「あぁ……ありがとう。助かるよ。マキナ」


 俺はマキナから小包みを貰う。


 そう、この小包みが今回の対低級悪魔線で戦況を大きく変える事ができるアイテムだ。


「じゃあ……そろそろいくか」


 俺はダンジョンの入口に立ち、配信開始のスイッチを押す。


 S級相当の敵が居座るダンジョン。きっとモブのモンスターだってさぞ強いだろう。あぁ、どうあって攻略しようか。とてもワクワクする。


 きっとリスナーのみんなも楽しんでくれるはずだ。


 俺はダンジョンの入口を開けて歩みを進める。


しかしいくらダンジョンを進めど俺がダンジョンに入ると敵は一体もいなかった。


「……ずいぶんと馬鹿にされたものだな」


 罠の感覚もない。一応、気を張ってはいるけれど嫌な感じが一切しないのだ。直勘で分かる。


 つまり、もぬけの殻。本来ならば敵がいるはずのダンジョン内は、ただモノ寂しさだけが漂っていた。


 つまり、舐められているのだ。


 初心者向けダンジョンですら、モブのモンスターや罠は存在している。だけどこのダンジョンでは存在しない。意図的にここのダンジョンの支配者に誘われているような感覚した。


 そうして簡単にダンジョンの最下層に辿り着く。目の前のボス部屋。俺はボス部屋の扉を開ける。


「ようこそ水竜族を匿ってる人限。貴方がここに来るのを待っていたわ」


 ボス部屋には一人の女が微笑みながら立っていた。


「お前が低級悪魔、シトリーか……?」


「そうよ。私が悪魔シトリーよ……ただ低級というのは頂けないわね」


 シトリーどうにも戦闘する意思がなさそうな気がするが、相手はS級相当の悪魔。俺は警戒を忘れず、馬鹿みたいに短剣と盾を構える。


「まぁまぁ、そんな肩に力をいれないで……」


 シトリーは俺に違和感のある微笑みを浮かべる。


「さっそくだけど私と取引しないかしら?」


 なるほど。こうして他の人間にアクアとクリアを襲わせたのか。


 その陰湿な行動により俺は腹が立ったのだった。

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