第8話 元プロゲーマー、ソロでダンジョンをクリアする

「ここまでは調子いいな」


 俺も今日もマッピングの続きを行っている。


 なんでも『通常のダンジョンボス』は1時間でレスポンスするらしい。その点はMMORPGみたいだ。やりこみ要素があるのは個人的にはかなり燃える。


 ただあくまで『らしい』止まり。確証がないのには理由がある。実はRTAをする前に隠しボスであるルシファの間に向かったけれど、元々の目的はこっそりと装備を整えて隠しダンジョンに入場したけど、ルシファに相当するボスは出てこなかった。


「まぁ、ないものは仕方ないよな」


 俺は配信機能をオンにしつつダンジョンの入口に戻る。配信でもアチーブメントが貰えると知った。別にガチャを回さなくてもミッション達成をするのは気持ちが良い。


 今までのマッピングから構造を予測して進んでいた。だからあえて遠回りをしていた。


 とにかく不必要な戦闘は避けまくり、モンスターの間をすり抜けて、先に進んでいる。


 今は攻撃を回避することに重きを置く。囲まれそうになると予測した時だけ最低限の敵を倒す。


「ぬるすぎる」


 命のやり取りをしているのにも関わらず、命の危機を感じない。


 いや、初心者向けダンジョンにスリルを求めるのも変な話か。


 今は最適解のマッピングをするのが目的。でもきっとボスなら俺を少しくらいは楽しませてくれるだろう。


「少しは歯ごたえがあるといいな」

マッピングが大方終えてきた。残すはボス部屋だけとなった。


「じゃあ、ボスの顔でも拝みに行きますか」


 配信のコメントには『拝むどころか倒す気満々で草』とか書かれているけれど、俺の知ったことではない。


 俺は目の前のボス部屋の扉を開ける。


 とはいえ隠し部屋のボスよりは強くはないのだろう。


「結構でかいな……いいね。倒しがいがありそうだ」


 相手は体長が4メートルほどの大きさのボスゴブリン。モブと同じようにこん棒を持っているが大きな違いは圧倒的な筋量。正直期待以上だ。


 必ずパーティで挑めというのは、攻撃が当たれば重症は免れないからだろう。パーティであれば連携をすることによって、ヘイトの分散もできるし、何かあった時にフォローをすることもできる。


 そうすることで死ぬ確率を減らすことができるのだが、


 それじゃあ、面白くないよなぁ??


 危険な縛りの中でボスを倒すのが気持ち良いんじゃないか。


『GYAAAAA!』


 デカい敵が危険だというのは誰もが理解できるだろう。

だけど初心者ダンジョンに配置されているということは必ず、理由がある。


「さぁ、こいよ」


 ボスゴブリンはこん棒を振り下ろす。俺はバックステップで距離を2回取ると、ボスゴブリンは直後に横なぎにこん棒を振り回す。


 風圧が鼻を掠めた時、改めて自分の命が天秤にかけられたような気がしてアドレナリンが身体中から吹き出た。全てがスローモーションに見えつつも、心臓の鼓動だけはやけに大きく全身に響くこの感覚は癖になる。


 大きな攻撃な後は隙が生まれるもの。だけど反撃はしない。モーションが変わりそうな予感がしたから。


 案の定、こん棒をグルグルと振り回す攻撃をした。三回転した後、ボスゴブリンの足をよろけた。俺はそのタイミングを見計らって右の膝上を全身の筋肉を使って短剣の刃を突き立て抉りとる。


『GUAAAAA!!!!』


 しかしそんなもんじゃ倒せないことは最初から分かっている。この手の図体ばかりデカい相手には足への攻撃を繰り返すことで勝機を掴めることを知っている。


再度、ボスゴブリンは俺に対して攻撃をしてくるが、大して攻撃パターンは変わらない。


「ちょっと試してみるか」


 俺は試しに呪いの短剣をボスゴブリンの左目に目掛けて投げ命中させる。


『GYAAAAAAA!!!!』


 という断絶魔の後、呪いの短剣はボスゴブリンから自動的に離れて、俺に手に戻った。


「おお!! すごいな!!」


 そうしたら、あとは死角から攻め続ければいいだけ。


 俺は何度も何度も何度も何度も何度も何度も攻撃の硬直に合わせて、ボスゴブリンの左の膝上に対して寸分違わず同じ個所に攻撃を繰り返す。


「やっとダウンしたか」


 体感にして25分ほどで、ボスゴブリンは膝を着く。ダウン状態――強大な一撃を与えられるチャンスだ。


 俺は振りの遅いモーションに合わせて、ボスゴブリンの背後を取り、首元にナイフを突き立てる。


『GUAAA……』


 その一撃が致命となり、俺はボスゴブリンを倒した。


『初めてのダンジョン攻略おめでとうございます! 貢献度ポイント1000を進呈します!』


「……とりあえず、戻るか」


 俺はボスゴブリンが落としたドロップ品を拾い集める。正直、飯の種にもならない貢献度ポイントなんていらない。


 ドロップ品も大した装備もアイテムもなさそうだったが、きっとギルドで売れば生活の足しにはなるだろう。


 ひとまず、俺は皆の反応を見るためにコメントを見る。


『おめでとうございます!』


『ヤバすぎワロタwwwww』


『分かってましたよ? パーティで倒す敵をソロで倒しちゃうことくらい』


『ってか、呪いの装備をこんな使い方しているやつみたことないんだが!!?』


『スゴすぎて草』


 ひとまずは、悪くない反応で良かった。


「とりあえず、ボスを倒したので一旦戻ります!」


~~~~~~~~~~~~


「そろそろかと思ってました」


 ダンジョンの入口に戻るとマキナが笑みを浮かべている。


「お前、家にいたんじゃなかったのか?」


「そうですが……お迎えには上がりたいじゃないですか」


 マキナはおそらく配信を見てダンジョンを出る時間を推測したのだろう。そういえば誰かが迎えに来てくれることって子供の時以来な気がする。


「まずはおめでとうございます。ダンジョンクリアですね。今日はゆっくり休んで――」


「まだだ」


「ほえ??」


 マキナが変な声を出す。あー、ひょっとしてマキナは勘違いをしていないか?


「まだ詰められる。こんなもん最速でもなんでもない」


 俺は納得など言っていなかった。初めての正規ルートでのダンジョンボスクリア、まだ最適解を導き出してない。


「もう一回、行く」


「え!? 冗談ですよね!? このペースだと魔王に挑むころにはおじいちゃんになって死んでしまいますって!」


 とマキナは慌てふためくが、俺には関係ない。


 しかも、マキナ以外にもコメント欄は大騒ぎ。


『え? なんで??』


『意味が分からないwww』


『草』


『ってか、その可愛い子だれ???』


 と様々なアンチではない有難いコメントが付いているが、今は関係ない。


「ここからはRTAの時間だ」


 RTA≪リアルタイムアタック≫――それは最速でダンジョンを最速でクリアすること。


 F級ダンジョンとはいえど、俺はまだこの世界に来たばかりだ。準備段階で身体を慣らしておくのも悪い選択じゃないはずだ。


『あーるてぃーえーってなんぞ??』


『あーるてぃーえー……よく分かんないけどかっこいい!』


『初見です。噂の新人を見に来ましたが、想像以上の冒険者ですね。期待の意味もこめてどうぞ』


 このコメントには赤字で記載されてあった。リザベール第三王女様より100000Gと書いてあった。パン1つが100Gだから。日本で言うところの10万円だろう。


「えぇ!! いや、そんな……そのお金で美味しいご飯食べた方がいいですって……!」


 スパチャはすごく助かる。なにせ今の俺は自分以外にもマキナとルシファの飯代も稼がないといけないけれど……。


『気にしないで頑張って下さい』


 そう言われたら、有難く頂きしかない。俺は満面の笑みで口を開く。


「えっと。リザベール第三王女さん、スパチャありがとうございます。期待に応えますので今後ともよろしくお願いします」


 というか、10万円をポンと投げられるのってヤバいな。王女って書いてあるように偉い人なのだろうか。


「ひとまず、しばらく長くなるので皆さん無理しないでください」


昨日今日のマッピングはRTA――現状でダンジョンでの最速を目指すために付けていただけ。


 後は俺が納得できるタイムを叩き出すだけ。


「マキナも無理してここに居なくていいからな?」


「……仕方のない人ですね」


 そして俺は三回目の初心者向けダンジョンに潜り、


ひたすら同じダンジョンのクリアを繰り返した。


『おめでとうございます! ユリウス様は史上最速でのダンジョンクリアを達成しました!』


 そして俺は2日後に最適解を見つけた。地図スキルのみでソロ56分という史上最速の速度で初心者向けであるF級ダンジョンをクリアするのであった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「もう……満足ですか?」


 マキナは女神らしからぬ疲労が滲み出た顔で俺に尋ねていた。それでも笑みを絶やさないのは女神らしい。辺りは午後だろうか、陽が傾いている。あと一時間もしたら夕暮れになりそうだった。


「あぁ、最高だった」


 ダンジョンのRTAも良いけれど、そろそろ別階層のダンジョンを走破してもいいだろう。


 あと665個もあるのだ。個人的に難易度が高い楽しいダンジョンがでてきたら、その時はまたRTAをしてもいいだろう。時には効率を求めた方が楽しく生きられるってもんだ。


「あと、ずっと待ってくれてありがとうな」


「え? あっ……どういたしまして」


 マキナは少し照れたように返事をする。


 俺がダンジョンに攻略している間。マキナはずっと外で待ってくれていた。


 時折、ルシファが料理を届けては三人で寂しくならないように会話をしてくれている。2人なりのサポートなのだろう。


 とても有難いと感じながらも、長年の一人暮らしに冷め切った俺にとっては少しこそばゆくも感じていた。


 ルシファにもお礼を言わないとな。


「そろそろ家に戻るか」


「きゃああああ! 誰か助けて!!」


 女性の悲鳴が木霊する。どうやらこのダンジョンの付近にいるみたいだ。


 俺とマキナは目を合わせ、真面目な顔で頷く。早く行こうと。


 もしかしたら、最強の敵とエンカウントするかもしれないから。

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