第7話 元プロゲーマー、バズる
「一体、なにがどうなってるんだ」
朝、目覚めると見慣れない天井で目を覚ます。
ここはユリウスの家。一人暮らしのせいかベッドが一つしかないせいで今、布団にはマキナとルシファが寝ている。
俺は基本的にはどこでも眠ることができて、寝付きが悪い訳でもない。だから俺は椅子で寝るという選択を取った。
たしかに最初は普通に眠りについた。初めてのダンジョン攻略後というのもあって心地良い睡眠だったのは覚えている。その心地よい睡眠を邪魔してきたのは、今、目の前に映っている青いウインドウが原因だ。
そりゃあ5分を置きに『おめでとうございます! 配信の視聴回数が●●人達成しました!』という文字が永遠に流れて来たらうざったるくて嫌でも目が覚めてしまう。今はその視聴回数がちょうど1万を超えたところだ。
たしか配信は昨日していたけれど、特に告知もしていない。それなのにここまで広まっている理由が謎だ。
「おはようございます。ユリウス様……やはりちゃんとベッドで寝たほうがよろしいのではないでしょうか?」
マキナが俺に心配そうに声をかける。
「いや、それよりも昨日撮った配信が見たい」
「昨日の配信……さすがですね。もう攻略ことについてお考えなさるのですね? ふふっ……このマキナ。どこまでもサポートさせて頂きますよ」
そういって、マキナは元々この部屋に取り付けられている金のアーティファクトを起動させる。すると、昨日撮影した動画の配信履歴画面が出てきた。
「なんですか……この視聴回数……」
マキナは半笑いをしていた。
「実はマキナが裏で手を引いていたなんてないよな?」
「残念ながら、私がこの世界でサポートできるのは基礎的なことと家事くらいなんですよ。この規模の干渉はできないんですよね」
少しだけその可能性も否定できなかったのだが、どうやら違うみたいだ。それもそうか。視聴回数でアチーブメントを達成して貢献度ポイントを貰っているということは、女神であるマキナが冒険に対して大きく干渉してしまうということだ。
まぁ、気にしても仕方ないか。
「しかしまぁ……すげぇな」
配信中に流れる動画のコメントは日本と変わらない。文字が読めるのはユリウス自身の記憶があるから理解できるのだろうから、そこは大して驚いていない。
俺が驚いたのはコメントの量と質だ。
『噂を聞きつけて来ました!』
『なんでダンジョンをソロで潜ってるんですかねぇ!?? 命知らずか??』
『俺、何年も初心者向けダンジョン潜ってるけど隠し部屋とか知らんwww』
『まさか石ころで見つけるとはな……!』
『【速報】石ころの使い方、判明する!』
『隠し部屋のボスってS級相当だったよな……?』
『S級ソロクリアは強すぎィ!!!』
『俺なら短剣とかリーチ短すぎて使えないよ!』
『これは期待の新星か!?』
『なんでその攻撃避けられるん??』
『短剣でボスソロ撃破は頭おかしいだろwww』
え? 隠しボスってS級相当はさすがに嘘だろ。S級だとしたら、心躍る絶望的なダンジョンとかだと思っていたのに。まぁ、いやボスとダンジョン攻略は違うか……ギミックとかも変わるだろうし。
そして一部、ルシファに対してのコメントもあった。
『堕天使ちゃん! 俺がご主人様だ!』
『いや!! むしろ俺のご主人様になってくれ!!』
密かに否定的なコメントがでてもおかしくないと感じていたが、肯定的なコメントしかなくて安心した。最後のコメントだけ意味が分からないけれど。
ただこれも全体の一部だ。
「――あれ?」
俺は気が付いたら涙を流していた。
そっか……、アンチじゃないコメントってこんなに嬉しいものなんだ。
最初に配信していた時に応援コメントを貰っていた時はこんな気持ちだったな……しばらく忘れていた。
「そういえばユリウス様」
「え?」
「今日もダンジョンに向かわれますよね?」
マキナは嬉しそうに尋ねる。なんか見透かされてしまった気がするな。
「そのつもりだけど」
「それならダンジョンに行く前に腹ごしらえが必要ですよね? 女神である私が直々に作って差し上げます」
「いや……俺が作るよ。元いた世界で一人暮らしが長かったせいで落ち着かないんだ」
今のこの気持ちを落ち着かせたいし。
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。私はユリウス様のサポートでこの世界にいるのですから。任せて下さい。誰かに頼るのも効率だと思いますよ」
「そうか……そこまで言うならお願いするよ」
「えぇ! 任せて下さい! この世界の卵料理は美味しんですよ!」
マキナは笑顔で言い放って、厨房に向かう。
そういえば、久しく誰かが作ったご飯を食べていかったな。何年振りだろう。
こういう時間は慣れないせいかこそばゆい。
異世界に転生して本当に良かった。
「楽しみだな」
しばらくすると、ドタドタとした足音が聞こえる。
マキナが戻ってきた。
「お待たせしました! どうですか!? この出来栄え!」
しかし、マキナが持ってきたお皿の上には黒い何かが存在していた。
「これは……?」
「卵料理です!」
そうマキナは笑顔で言い切るものだから、俺はマキナの肩に手を乗せて満開の笑みを浮かべて告げる。
「やっぱり、料理は俺がするな?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「しくしく……私だって頑張りましたのに」
「まぁ、落ち着きましょうよ……マキナ様。次、頑張ればいいんですよ!」
俺、マキナ、ルシファの三人は昨日と同じ初心者向けダンジョンの入り口に立っていた。マキナは先ほどの卵料理の失敗をルシファに慰めて貰っている。
「ルシファちゃん……! ありがとう! 私だって女神よ!? 次はぎゃふんと言わせますから」
「そ、そうですね! その意気ですよ……!」
ルシファには多少に困惑が見えていた。少しだけ助け船を出してあげよう。
「あの……もうそろそろ、ダンジョン攻略始めるけど、いいか?」
「あ、はい。いつでも始めてくださっても大丈夫ですよ?」
と、さらっとマキナが答えた。
お前……さっきまで泣いてただろ……。
「とりあえず、ルシファには言っておかなければいけないことがある」
「なんでしょうか? 私、実は攻撃だけじゃなくてヒールもバフも得意なんです。どんなことでも任せてください!」
「なるほどな。それなら1個だけ――絶対に俺のダンジョン攻略に関して、手助けをしないでくれ?」
「え? いや、いらないけど」
「まぁまぁ、そう言わずに。一応、堕天したといえ、元の天使のバフですよ? それは病みつきになること請け負いですよ」
「ほぉ? 病みつきか……そこまで言われると気になるな」
「もっと期待してもいいんですよ? それでは【エンチャント】」
俺の身体に光が包み込まれる。地球にはバフという概念がないから新鮮だ。
「これは……確かにすごいな」
全身の力が漲り、身体は羽のように軽い。もしもステータスの概念があったら、すごいことになっているのだろう。
「そうでしょう! そうでしょう!!」
「あぁ、正直舐めていた。これは病みつきレベルだな」
「えへへ……私、褒められて嬉しいです」
ルシファは嬉しそうににへらとした表情を浮かべている。
「……ところで、ユリウス様」
「なんだ?」
「どうして先ほどから一歩も動こうとしないのですか?」
「決まってんだろ? ルシファのバフの効果が切れるのを待ってるんだよ」
「なぜに!?」
「そりゃあ……ダンジョン攻略がつまらなくなるからだけど」
ルシファはどうしてそんな当たり前のことを聞くのだろう。
あぁ、ひょっとしたら配信のことを心配してくれているのだろうか? だけど俺は配信よりもダンジョンを縛りプレイで攻略する方が大事なのだ。もちろんこの世界のリスナーのみんなはアンチじゃないから大好きだけど。
「そ、そんな……ど、どうしてもいらないですか……?」
「いらない」
俺は即答する。
「ううっ……そこまで仰るなら……【ディスペル】。これでさっきかけたバフは無力化しました……」
「おぉ……たしかに身体の調子が元に戻った気がする。ありがとう! ルシファ!」
こうして体感してみると魔法は魔法で便利だな。絶対に使わないわ。
「どうして、バフを外した時の方が嬉しそうなんですか!?」
「だって、ヌルゲーになりそうだし」
「え? ヌルゲー? なんですか、それ???」
おっと、ルシファには聞きなれない単語だったか。
マキナは何故か地球の文化に触れているから、ヌルゲーという概念を理解できるけれど、ルシファに取っては馴染みの言葉だもんな。失念していた。
「まぁ、他の手は借りたくないって思ってくれればいいから。ただそれだけ、というか二人は別に家で待っててもいいんだぞ?」
俺はマキナとルシファに問いかける。
「そうですね……それでしたら、私はゆっくりと家事をさせて頂きますね? このレベルのモンスターですと、私がいるだけでモンスターが弱体化してしまうかもしれませんから」
「それが、一番助かる」
どんな出来栄えになるかは分からないけれど、家に着いた時にご飯を用意しなくてもいいのは有難いことだ。それにルシファにはゆっくりした時間が必要だ。そのうち一緒に街に行くのもいいかもしれない。もしも問題がなければ、他者と触れ合う時間も必要になるだろう。
「あ、私も料理作って待ってましょうか?」
「来なくてもいいが、絶対に料理は作らないでくれ。ルシファ……頼むぞ」
「え、えぇ……」
「しくしく……残念です」
マキナに料理をさせたら家の中が一番の危険地帯になるかもしれないからな。
ひとまず、昨日と同じF級ダンジョンの入り口に立ち、地図スキルで地図の情報を確認する。
今のところ、敵はゴブリンしか遭遇していないが、なんとかやり過ごすことができそうだ。こん棒のせいで、俊敏性はない。走り抜けてボス部屋までたどり着くことがゴールだ。
「それじゃあ……いっちょ始めるか」
俺はダンジョンの中に入るのであった。
今日こそは最高に楽しい日になることを祈って。
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