第4話 元プロゲーマ―、初めてのダンジョン

「いらない」


「――え? 今、なんて?」


 マキナは明らかに困惑していた。この世界で最強クラスの魔法スキルを取得しないという選択は女神であるマキナにとって予想をしていなかったらしい。


「いらないって言ったんだ。俺は生身でダンジョン攻略なんて面白いことに、チートみたいな能力なんて使いたくないんだよ」


「ちょ、ちょっと! どうしてですか??」


 マキナの困惑なんて俺にとっては知ったことではない。故にどうして? という問いに対しての答えはとてもシンプルだ。


「そんなもん使ったら面白くないだろ?」


「そうですけど……! 本気で言っているんですか!?」


「本気だ」


「そんな……!」


 これは俺のエゴだ。たしかに女神にとって、魔王討伐というのは世界の命運を賭けた一大イベントなんだろう。そのことに関しては少しだけ申し訳ないと思う。


「まぁ、でも魔王を倒せば問題ないんだろう? 魔王を倒すために何をすればいいんだ? 出現条件とか聞いてもいいか?」


 マキナは諦めたように肩をガックリと落としていた。


「そうですけど……はぁ……仕方ないですね。えっと、魔王の出現方法は世界に666個あるダンジョンを制覇すると魔王への挑戦権を得ることができるのです」


「666個って……さすがに多くないか?」


 まぁ、そこはやっていくしかないか。おそらく666個というのは正攻法で攻略した時の状態だろう。抜け道だってあるはずだ。RTA走破をしていた時の気分を思い出して、少しだけ楽しくなってくる。


「あぁ、そうだ。言い忘れてたけど、今後は『佐藤』じゃなくて『ユリウス』って呼んでくれ」


「よろしいのですか……?」


「構わない。だって俺は日本ではなく、この世界でユリウスとして生きていかないといけないからな」


 正直に言うと、本音のところでユリウスという名前がいいと思っている。感覚としてはゲームを始める時、使用キャラクターに名前を付ける感覚に近いから。少なくとも俺は、自分がクリエイトしたキャラクターに本名を付けたくない派なのだ。


「そうですか……佐藤様、いえ、ユリウス様がそうおっしゃるなら、今後はユリウス様と呼ばせて頂きますね」


「よろしく頼むよ」


 俺は女神マキナに笑いかける。


その後、少ない所持金を使って、盾を買った後にダンジョンに移動した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ここがダンジョンの入口か」


 俺とマキナは初心者向けダンジョンの入り口に立っていた。


 ダンジョンに繋がる石材でできた5メートルほどの扉は常に半開きになっている。扉には見たことのない模様が刻まれているのだが、読み取ることはできない。


都会の喧騒とかけ離れた木々や草むらの匂いが少しだけ暖かく感じたのだけど、両手に持った盾と短剣の冷たさを際立たせていく。


「仮にこのダンジョンをクリアしても665個もあるのか」


 全部クリアする気はないけれど、攻略するものが多かったら楽しみも無くならなくて済む。あぁ、今回はどんな敵がいて、どんなギミックがあるんだろう? ワクワクして仕方がない。


「それじゃあ行くか」


 俺はダンジョンの中に入場する。ちなみに、何故かマキナも付いてきた。曰く、神の制約でスキルは何も使えないらしい。下手をすれば戦闘力は一般人以下。初日だからいいけれど、今後はどうするか話し合う必要があるかもしれない。


『おめでとうございます! アチーブメント:初めてのダンジョン入場を達成しました。貢献度ポイント100を獲得しました!』


 このポイント、破棄できないもんなのかな?


 ダンジョン内の下ると、等間隔に松明の灯りが周囲を照らす。


「あの? 本当にそのスキルだけしか使わないんでしょうか……? ユリウス様。少しで構わないので考え直しましょうよ? 誰でも簡単の取得できる上に全然代用の利くスキルで、ガチャの中だと外れ中の外れのスキルなんですよ……?」


 マキナがグチグチと俺に話かけているのには理由がある。


 貢献度ガチャとやらで10連のスキルカードの中で唯一使用したカードがある。RTAやダンジョン攻略に必須のスキルの名は――地図スキル。


「これが外れ? 俺にとって地図スキルは大当たりだよ。たしかにレアリティはNって書いてあるかもしれないし、みんなが使えるスキルかもしれないけれど」


 地図スキルは簡単に言えばマッピングができるスキルだ。現在地を表示するだけではなく、簡単なメモを残すことができる。


「ですが、何度も説明しておりますがスキル枠は三つあるんですよ? それなのに、地図スキル以外いらないなんて……! 何を考えているんですか!!」


「何度も言っているけど、そっちの方が元プロゲーマーとしては燃えるんだよ」


「ユリウス様……ちゃんとスキル付けましょうよ! たしかに私はこの世界を無理ゲーだと言いましたけど、ゲームっぽいだけでゲームじゃないんですよ!? 死んでもリセットできませんよ!? 地図スキルだけセットしてダンジョン入ったら死んだとか、世間で一生笑われますよ!」


「構うものか」


「構ってください!」


「チートスキルを使って生き残っても、俺にとっては体が生きているだけで心は死んでいるみたいなもんだ。なぁ、それって本当に生きているって言えんのかな」


「……それは……って、妙な問いかけしても騙されませんよ! ユリウス様が魔王を倒してくれないと私、困るんですから!」


「安心してくれ。俺だって魔王にだって負けるつもりはない」


「地図をガン見しながら言われても……」


 まだ女神には言っていないが、ダンジョンの構造を覚えた後は地図スキルも外す予定だ。RTAでダンジョンを攻略することになった場合、地図を見る時間は致命的なタイムロスになる。


 ただ異世界での生活には色々と慣れていない。そういう意味ではチュートリアル期間だから基礎固めもしたい。この世界はゲームとは違って残機は俺の命が1機しかない。RTAも縛りプレイも命があって初めて成立するのだ。


「あぁ、そうだ。この世界には動画配信があるんだよな?」


「えぇ、そうですが」


「それは俺もすぐに使えるものなのか?」


「えぇ、私も含めて一人につき一匹付いている妖精を使役するだけなので簡単に動画を配信することができますよ』


「そうなのか……こんな感じか」


 俺はユリウス本人の記憶を辿って妖精を召喚する。


 妖精は想像と違って緑色に光る球体だった。すごいな……これで動画を配信してみる事ができるのか。俺は異世界のダンジョン攻略を楽しむんだ。だから、もしもアンチのコメントが来ても知ったことじゃない。


「じゃあ、撮影はマキナしてもらっていいか?」


「そうですか。それでしたらユリウス様の要請をお借り致しますね」


 マキナがそういうと、緑色の妖精はマキナの左肩の付近で漂い始める。


「あ、ちなみこれは私、女神が全人類に与えた娯楽ですよ? いかがですか? すごくないですか?』


「あぁ、すごいな」


『え!? あ、そんな素直に認められちゃうと照れちゃいますね……ところで、どうして配信をしようと思ったのですか?』


「あぁ、いや単純に後で自分やモンスターの動きを見返すためだよ」


 ゲームの本質とはトライ&エラーだ。


 相手がモンスターだろうが現実の人間だろうが変わらない。

 特に客観的に見える位置で撮影されたものなら、大助かりだ。


 敵の動きの癖と攻撃を振る回数。相手に対して最適解を叩き出すためにどうすればいいかを考え抜いた先の達成感を味わうのが醍醐味。派手なものは必要ない。一見、地味に見える行動を繰り返し続けた者が勝利の美酒に酔えるのだ。


「と、ようやくモンスターとの初エンカウントか」


 目の前には緑色の生物――ゴブリンがいた。


 ゴブリンは俺の腰ほどの大きさの個体だが、その身体に似合わず粗削りしたこん棒を握っている。自分の頭よりも大きな打撃部を引きずりながら歩いていた。


 ゴブリンは俺に気づくと『GAAAAAA!!!』と耳障りな咆哮をあげる。


「じゃあ、いっちょ観察してみるか」


 俺はあえてゴブリンの攻撃を誘発するために、いつでも攻撃範囲外に逃げられる間合いをキープする。するとゴブリンは全身の筋肉を使って横薙ぎにこん棒を振るう。正しく言えば、こん棒に振り回されているというのが正しいかもしれない。


「うっしっ!」


 俺はバックステップで回避すると、ゴブリンに大きな攻撃後の隙が見える。ゲーマーだと『硬直』という言葉で浸透しているのだが、俺はゴブリンの硬直を狙って首元に一撃を与える。


 攻撃を当てる時は手首を少し内側に反す。そうすることで力が無駄なく伝わる。力むことないから速いながらも鋭く重い一撃を放つことができる。


『GYAAAAA!!!!』


 しかし残念ながら、先ほどの首元への攻撃がクリティカルだったようで、一撃で倒してしまった。


 さすが初心者向けのF級ダンジョン。モンスターの耐久値は低めに設定されているらしい。


「よし……全然動けるな」


 当たり前の話、ここは今の俺――ユリウスにとって現実の世界の出来事だ。だから寸分のラグはないし、全てがクリア。


 つまり今の俺はどのゲームをやっている時よりも最高の感度でダンジョン攻略をすることができる。俺はもう少し攻めた動きができると確信して、さらに深くまでダンジョンに潜り始めるのであった。

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