第3話 元プロゲーマー、スキルガチャを回す

「お前の動画、マジつまんないから早く配信者も冒険者もやめてくれよ」


 目を開けると俺は地面に尻もちを着いていた。


「は? 誰お前?」


 目の前にはいかにもモブ顔をした三人組が俺を見て馬鹿にしていた。どうして俺は見知らぬやつらに馬鹿にされているのだろうか?


「誰お前だって? ずいぶんと舐めた口利いてくれてんじゃねぇか」


 モブ顔をした三人組のリーダーであろう太った豚みたいな男が俺に罵倒を始める。


「配信しても無能でつまらない動画ばかり、冒険者としては最低のFランク。ゴミって言葉はお前のためにある言葉だと思わないのか? ユリウス」


「ユリウス?」


「あ? お前の名前だろうが。しかもニヤニヤして気持ちわりぃ」


 なるほど。俺はこの世界でユリウスというやつの身体に転生したのか。


 ということは、俺は全く別の人間として第二の人生を歩むことになる。思った以上に身体が馴染んでいる。配信って女神が言っていたやつか。このモブ顔した三人組のリーダーが言うには、俺――ユリウスは配信者なのだろう。


 女神が俺に対してギフトを送ったと言ってくれたが、ひょっとしたら『動画配信とギフト』この二つが魔王討伐の鍵になるかもしれない。


「しかもそれどころか、お前は呪い装備のせいでゴミみたいな短剣を絶対に装備しないといけないなんて不便な縛りまで付いて……こりゃあ、冒険者をさっさと引退しろってお告げだろ」


 既に短剣縛りプレイを強要してくるなんて……女神も粋じゃないか。いや、まぁ……その縛りプレイを強要している時点で本当に世界を救いたいのかは疑問ではあるけれど。


「とにかく、二度とその面見せんなよ? 次にあったら、こんなもんじゃ済まないからな」


 それにしても俺自身ではない、別の誰かの身体の中に入ったのだが。VRとは違いリアルだ。モノがはっきりと見えているし、風が皮膚を撫でる感覚や草木や砂埃などの匂いもはっきりと生身のように感じ取ることができる。


「って、口の中が痛ぇな……なるほど、これが転生ってやつか」


 どうやら、俺の元いた身体のやつは先ほどのやつに殴られていたらしい。動画を配信しただけで暴力を振るわれるって、どんな動画なのだろうか? 逆に気になってくる。


 まぁ、きっと俺が配信していた動画も人のことを言えないだろうけど。


 それにしても……、


「女神のやつ……ずいぶんとハードモードに設定してくれたじゃないか」


「いやー、すいません! 少し移動に手間取ってしまいまして、お待たせさせてしまいましたね? ……どうして佐藤様は初手でボロボロなんですか?」


 女神マキナは俺がボロボロになっている状況に首を傾げている。本来なら文句の一つでも言ってやりたいところだ。


 しかし、この程度で挫ける俺ではない。元のスペックが高ければヌルゲー……簡単なゲームになってしまう。それじゃあ、ゲーマーとしては燃えない。もうアンチはいないのだ。


「それに呪い装備なんて最高じゃないか」


思わずニヤついてしまう。こういう縛りはゲーマーとしてワクワクする。壁は高ければ高いほど、ゲームは難しければ難しいほどクリアした時の快感は比例して強くなる。中毒になるほどにたまらない。


「え……? 呪いの装備って、冗談ですよね?」


「さぁ、さっきまでいた連中がそう言ってたから……あぁ、この短剣か」


 俺は持っていた短剣を取り出す。見た目は普通の短剣のはずなのに、どこか黒いオーラみたいなのが見えるような気がするが……、


「そんな!! 私ったら……!! 申し訳ありません佐藤様!!」


「たしかにこれは呪いの短剣です……! これでは、あまりにもダンジョン攻略は不利になってしまいます……!」


「そういえば、絶対に装備しないといけないって言ってたような……」


「そうなんです……なのでどちらかの手には絶対に装備していないといけないんですね」

                               

 いや、待てよ……絶対に装備させられているアイテムということは壊れないということではないだろうか。


だって絶対に外したいのなら、壊そうと試みるやつがいるはず。それで壊れていないということは……その点に関しては有能な武器に違いないのだ。


 呪いも見方を変えれば強みになる。


「でもどちらかなら、左手は盾を装備してダンジョン攻略はできるんだろう?」


「えぇ、ですが大剣などの大きな武器は……」


「なら、問題ないな」


 てっきり短剣以外も付けられないとなったら、少しだけ困っていたところだけど言うほどのハンデではないな。むしろこの呪いの短剣1本で全部攻略してやろう。そっちの方が面白いだろ?


「ちなみに、呪い装備を意図的に手から離したらどうなるんだ?」


「それはすぐに持ち主の手に戻ってきますが……それも呪いの効果ですから」

「最高じゃないか!!」


 俺の考え方が合っていれば普通とは違う戦い方もできる。そうなれば通常ではありえない戦闘の仕方も可能になるということだ。


「じゃあ善は急げだよな?」


「えっと、なにか急がれる感じですか……?」


「今から冒険者ギルドに向かおうと思う」


「さすがです……もうこの世界を攻略するために動いて下さるんですね!」


 何故か嬉しそうな女神マキナと共に、俺は冒険者ギルドに向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「ここが冒険者ギルドか」


 ユリウスの記憶が共有されているのか、俺は特に迷いもせず冒険者ギルドに辿り着くことができた。

ただなんというか……初めて来たはずの土地なのに土地勘があるというのは、少しだけ違和感を覚える。まぁ、変に迷って時間を消費するよりは全然良いのだけど。


 冒険者ギルドの中に入ると思ったよりも中はガラガラだった。


 一応、受付は機能しているみたいだ。俺は所持していたギルドカードを取り出し、肩肘を突いて明らかに不機嫌そうなギルドの受付嬢に声をかける。


「すいません。ダンジョンってどうやったら入れるんですか?」


「あ? ダンジョン? だったらギルドカード出して」


 俺はユリウスの名前が入ったギルドカードを受付嬢に見せる。


「ユリウス・ユーフォリナ14才……あぁ、Fランクなら初心者向けダンジョンだし。だったらこれにサインしてくれればいいから」


 思った以上にガラの悪い受付嬢だな。俺は少し圧に押されながらもサインを書く。


 というか、こっちの身体は14才だったのか。どおりで全体的に大きく見える訳か……14才なのに馬鹿にされて、きっと悔しかっただろうに。元プロゲーマーとしてお前の分まで俺が見返してやるくらいにはしてあげないとな。


「ん。じゃあ気をつけてね~」


 ガラの受付嬢は片手をヒラヒラと振って俺を送ってくれた。恐らく、悪い人ではないのだろう。


「はぁ、意外と想像とは違うんだな」


「そうですね……思ったよりもガラが悪いといいますか……」


 女神マキナは困惑しつつ、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声を。


 こういうアニメでは大方冒険者に対して接客スマイルを浮かべているものだとばかり思っていたから、とても斬新な印象を受けた。


 ただダンジョンには意外が簡単に入れることが分かって良かった。ここから俺の第二の人生が始まる。ワクワクが止まらない。


「あんたは?」


「わ、私ですか!? じ、実は冒険者カードを持っていなくてでして」


「一緒に行こうとしてんなら、ギルドカードを作んないとダメだよ。ちゃっちゃっと作ってあげるから、こっちきて」


「は、はいぃぃ……」


「ついでにそこもあんたももう一回聞いていきな」


「え? あ、ありがとうございます」


「ん」


 女神マキナは受付嬢に肩をブルブルと振るわせているが……思ったよりもこのガラの受付嬢は面倒見の良い人なのかもしれない。


「まずあんた達は初心者向けのF級ダンジョンに挑戦してもらう。F級ダンジョンとはいえレアアイテムが多く眠っているし。だから未攻略なエリアや難易度が高くなるにつれ、レアアイテムの価値も上がっていくんだけど」


 まぁ、ゲームだって隠しアイテムは総じて強かったりするもんな。俺は強い装備でクリアしても面白くないから収集だけしていたけれど。


「ただその分、敵も強くなって生きて帰れなくなるかもしれないから、そういうの見つけても最初に行かないこと……まぁ、ダンジョンなんてお金稼ぎの手段としかみていない馬鹿が多いから」


「そうなんですね……」


 つまり全うにダンジョンを制覇していたら生活には困らずに生活ができるのか。それは良い事を聞いた。


「あと、ボスに挑む時は必ずパーティを組むこと。ソロでは行かない。まぁ、そんな命知らずはいないと思うけど」


 ガラの悪いギルドの受付嬢は憂いを帯びた溜息を吐く。きっと、そうやって命を落とした人を何人も見て来たのだろう。わざわざそんな忠告をするくらい、この人は良い人なのかもしれない。


「ちなみに、今分かっているもので最難度のダンジョンがSS級ダンジョンの『コキュートスの墓場』。そこを目指せなんて絶対に言わないけど、せいぜいゆっくり頑張っていきな。生きて行けばそのうち良いことあるから」


 あれ? やっぱり普通に優しい人なのでは? 見た目で判断するのも良くないな。


「じゃあ、説明は終わり。もしも素材とか換金したいなら、またここに来な」


 そんな関係のないことを思っていると、いつの間にか説明は終わっていたようです。


『おめでとうございます! 初めてのクエスト受注の偉業を獲得致しました!』


「は?」


 俺の眼の前に青い半透明なウインドウが現れる。きっとアチーブメント――なにかしらの条件達成に応じた報酬を与える機能のつもりで言っているのだろうけれど、クエストを受注しただけで偉業扱い? 馬鹿にしているのか?


「は? なんかあんの?」


 そうか。この青い半透明なウインドウは他の人には見えないのか。


「いえ、なんでもないです。ごめんなさい」


「ん。じゃあさっさと行きな」


 俺とマキナはギルドから出る。出る際にお礼の意味を込めて頭を下げたのだけど、そんなことをしているのは俺だけだった。これが異世界との文化の違いなのだろう。


「佐藤様どうかされたんですか?」


 マキナは俺の横から顔を出して、心配そうに尋ねる。


「なんか初めてのクエスト受注の偉業を獲得したとか言われたんだけど?」


 マキナは俺の質問の意図を察して、少し慌てたように説明を始める。


「あ、ちょっと待ってください。別に馬鹿にしている訳ではないんです。実は佐藤様にご説明させて頂いたギフトの内の一つです」


「あー、なんかギフトがどうとか言っていたな」


「おっしゃる通りです! それで貢献度ポイントを貯めると貢献度ガチャというものを回せるのです!』


 そういうと『ガチャを回しますか?』という言葉が出てきた。そして『初回10連貢献度無料』の文字が強調されていた。


「ゲームのよくある形だと思いませんか? チュートリアルクリアでレアガチャ無料みたいなやつだと思ってください!」


「はぁ……」


「どうかしたんですか? そんな深い溜息を吐いて」


 俺はレアガチャという言葉を聞いて頭を抱えた。なぜなら、


「この世界、残機が1つしかない『無理ゲー』だと思ってたんだけど……まさかのガチャがあるソシャゲーだったなんて……ショックだ」


「ないよりマシじゃないですか!?」


「お前は……何も分かっていない」


「えぇ……」


 マキナはちょっと引いていた。なんで俺が引かれないといけないんだろう。


「それに10個も必要か?」


「そんなことは気にしないで回して下さい! あればあるだけお得です! きっと佐藤様のお役に立てるスキルが1個くらいは手に入りますから!』


「はぁ……そりゃあ10連も回したらな」


 とはいえ、スキルに依存する生き方は避けたい。可能であればあると攻略に便利だけど、スキル一つで簡単にクリアできるものはいらない。


「それではどうぞ!」


 マキナは期待に満ち溢れたような瞳で俺を見ているので、渋々俺はガチャを回すためにボタンに触れる。


『おめでとうございます!! SSSレアスキルの『ギガンティックメテオ』の魔法スキルカードを取得しました!』


 すると、10枚のカードの中から黄金に光るカードが1枚だけ手元に現れる。


「いやー、さすが佐藤様! SSSレアのスキルを手に入れるなんて幸先の良いスタートですね! それ以外のスキルは2つまでしか入れられませんが、そこは臨機応変にスキルを変えていけば問題ないです! 呪い装備の影響も受けません!! 早速ですが、使用可能スキルに追加を――」


「いらない」


 嬉しそうに早口で捲し立てる女神と対照的に、俺は黄金に光るカードを苦々しく見つめるのであった。

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