第2話 元プロゲーマ―転生する
「佐藤優太様。魔王を倒すために貴方の力をお借りできないでしょうか?」
目が覚めると翼の生えた女が俺を見下ろしていた。
明らかに整った顔立ちに亜麻色の髪、美しいという言葉が霞むくらいの人物。だけど寝起きの上に知らんやつにお願いをされても気分が悪い。
「いや、その前に……ここどこ?」
辺り一面には満天の星が広がっている。プラネタリウムの中にいるような感覚だけど不自然なほど白い大理石の床のせいで目に違和感を覚えた。
俺、佐藤優太は元プロゲーマーである。
FPSや格闘ゲーム、果てはデジタルカードゲームなどeスポーツとして活気を見せていた2040年の日本でVRMMORPGを主戦場として様々なゲームのプロプレイヤーだった。
自分で言うのも変な話だけど、それなりにトップランカーだったと思う。
VRMMORPG以外にも、世界大会のタイトルだっていくつも獲った。
引退してからは、RTA攻略や弱い装備縛りでのゲーム攻略など高難易度のゲームを中心に実況動画を投稿する動画配信者として活躍しようと思っていた。
だけどここで大きな問題が発生した。
チートを使っていると思われてしまったのだ。
チートとは簡単にいえば、ゲーム内でズルをするということ。
当然、そんなことはしていない。ズルしてゲームをクリアしても何も面白くないし、ゲーマーとしての矜持が許さない。実際、ゲームの大会ではチートを使った記録はない。もしもゲームの大会でチートを使うと優勝した実績は取り消されたり等の処罰をされる。
チートなんて使っていないから当たり前なんだけどアンチの人達は俺がチートを使ってゲーム攻略をしているという噂を広めて、それを面白がったりする人が同調して俺のコメント欄を『チート乙』などの暴言で埋めていった。
昔はゲームさえできれば良かったけれど、今では何か物足りなさだけが残った。日を追うごとに、このまま自分が腐ってしまうような、そんな漠然とした危機感だけが募っていく日々を過ごしていく最中だった。
「俺、家でちゃんと寝てたよな?」
たしか昨日は動画配信を終えた後、酒を流し込んで飲んで寝たはず。
「失礼致しました。私、この世界とは別世界で秩序を司る女神をさせて頂いておりますマキナと申します。ここは女神の間……ここでは本来人間が立ち入ることができない場所ですが今回、どうしても佐藤様にお願いがありまして、お呼びたてしたのです」
「はぁ、その女神様が一体、俺になんの用なの?」
女神マキナはわざとらしく大きな溜息を吐く。
「あら、あまり驚かれないのですね? 佐藤様は心筋梗塞でお亡くなりになられて……あぁ、ずいぶんと酔われて寝ていたので死んだことにすら気づかなかったのですね」
「そうか……俺は死んだんだな」
寝ていた事実はあったらしい。
正直、現実味がないから驚きもしない。ただ……他からしたら満足した実績出せたかもしれない。だけどいつしかゲーム配信もゲームの縛りプレイも、何もかも俺の心を満たされるものではなくなった。
「実は貴方が暮らしている地球の星とは別次元に私の世界があるのですが、ここでは混沌を司る魔王が我が愛しの民を苦しめておりまして……是非とも佐藤様に救ってほしいのです」
異世界転生の漫画やアニメでよくある展開。そこからチートみたいな能力を与えられたりするのだろう。
「別にそれなら、誰かにチート武器とかスキルを与えて魔王を倒せばいいんじゃない? 俺じゃなくてもいいだろ? それに女神なのだから自分で戦えばいいじゃないか」
異世界転生の漫画やアニメでよくある展開。きっと誰もが一度は夢見ることだろうけれど、俺にとっては何の魅力を感じない。チートのような強さを他人から貰ってクリアする面白くない。
それに女神様の願いは魔王という存在を倒すこと。魔王を倒すことができるなら俺じゃなくても構わないはずだ。
「佐藤様以外にこの世界に召喚をしました。ですがダメだったのです。魔王の元に辿り着くことすら叶いませんでした……敵はそれほど強大なのです」
女神は悲しそうな顔をしていた。
「それに女神である私自身が直接魔王を討伐することができないのです。負けたらそれこそ世界の終わり。勝っても全ての生命が一度死に絶えないといけなくなるのです。そのため異世界から勇者を呼び寄せている次第なのです」
チートスキルもチート武器もダメなら、俺がやったところで意味はないんじゃないか。別に俺自身がチートなものでもないし。
「それに高難度と名高いゲーム――『デスソウル』を縛りプレイでいとも簡単にクリアした佐藤様なら………!」
「簡単ではないけれど、デスソウルだってコツさえ掴めばクリアはできるよ。ってか、なんで『デスソウル』を知っているんだ?」
「いえいえ、私が地球の文化を勉強している際によく参考にさせて頂いておりますよ。それに『デスソウル』だけではありません! 極魔王村やゴールデンリング……対人ゲームや巨大な機械を操縦して敵を破壊するゲームなど、色々拝見させて頂いておりますよ!」
「その題材だと地球の文化、修羅すぎないか?」
「それに私は貴方のファンですから。あれは無理です。私には佐藤様の真似はできません。ですが! 膨大な神力と引き換えに佐藤様という世界を救う逸材と交渉できるのですから!」
女神はめちゃくちゃ早口だった。シンプルに俺のファンという感じなのが、正直嬉しい。地球とは何も関係のない神様が俺の動画を見てくれたとは……投稿者は星の数ほどいる。
俺以外の候補はいてもおかしくないと思う。たしかに光栄といえば光栄だけどわざわざ俺の動画をみるくらいには女神は暇なのだろうか?
「本当に逸材だと思うか? 俺はチートを使っているかもしれないんだぞ? みんなもそう言っているし」
「一応、私は女神ですから、佐藤様がチートを使っていないことは知っていますよ。佐藤様の実力を知っています。私は魅了されたんです。こうしてお願いに参っているのです」
「――そっか。それは……嬉しいな」
面と向かって褒められると照れ臭くなる。まさか女神様が信じてくれていたなんて……信じてくれていただけでこんなにも嬉しい。
「とにかく本当に魔王の力は異常なのです! スキルだろうが、武器だろうが与えたところで魔王は倒せなかった……貴方の世界でいうところの『無理ゲー』というやつなのですよ!」
「無理ゲー?」
今まで女神の話は興味を持たなかったけれど、俺はその言葉には反応せざるを得なかった。
「今、無理ゲーと言ったか?」
たしかにこの世の中にはバグによってクリアできないゲームもある。それはクソゲーといわれるものだ。論ずるに値しない。だが、無理ゲーならば話が違う。
「え、えぇ……言いました。私にとって、今や魔王は無理ゲーそのものですが、何か気に障ることを言ってしまったのでしょうか……?」
「いいか。無理ゲーなんてない」
無理ゲーでも必ずクリアできるよう、攻略方法が必ずある。それにも関わらず能力や武器だけを頼って、結果失敗したから無理ゲーだなんて。分かっていない。それは何も理解していない。トライ&エラーの果てに自分が追うべき理想を体現することができる。
「証明してやるよ。俺が無理ゲーなんてないということを」
「え……? 本当ですか!!」
「正直、魔王討伐とかどうでもいいけれど……冷静に考えたらチート使ってもクリアできない相手を倒すなんて……ゲーマーとして最高に燃えるだろ?」
驕らず、ただひたすらに攻略方法を見つけていく。それを身一つでやっていく。VRMMOでRTAをやっていた時と何も変わらない。ただ一つ残機が1つしかなくて、その残機が俺の命ということだ。ミスれば死ぬ。アンチが何を言おうと関係ない。こんな心躍るゲームってないだろ??
「ありがとうございます! あぁ、怒っていないようで良かったです!」
女神は90度に腰を曲げたお辞儀をする。そんなに困窮しているのだろうか。
「ちなみに、俺が断ったら俺自身はどうなっていたんだ?」
死んだことには変わりないのだとして、俺が魔王を倒す事を拒否していたらどうなっていたんだろう?
「そうですね……もしも断れていたら元の世界で記憶も消して違う存在になりますね。人になれるとも限らないので、何になるか分かりませんが」
「そ、それは……うん」
そう考えると運が良かったのだろう。人として記憶を得たまま、第二の人生を歩めるのは幸運だろうけれど……ただ世界の命運を背負わせられるのはかなりの重荷だ。
「気になることはそれだけですかね? それではささやかながら、私、女神マキナが佐藤様にささやかギフトをお送り致します!」
「ギフト?」
正直、そんなものはいらないが……いや、ひょっとしたらチュートリアルみたいに言葉を理解したり、地図スキルなどダンジョンに困らないためのスキルをくれたりするのだろうか? その程度だったらありがたい。実際なんだか分からないけれど。
「あぁ、忘れていましたが佐藤様にとっても悪い話ばかりではないですよ? 私の世界では佐藤様の世界と同じで動画の投稿や配信が盛んに行れています。上手く活用してくれたら、きっと私がお渡しするギフトもきっと役に立つと思いますよ」
「動画配信……?」
異世界で動画配信って聞くと、異世界感が薄れてきちゃうな。
「必ずや魔王を打ち倒し、世界に平和を導くことを願っております! 佐藤様――いや、元プロゲーマーYUTA様!」
女神がそういうと、地面に青い魔法陣が描かれる。VRMMOのゲームと違って光に実体があるように見える。
「あ、私も大きな能力は使えませんが、直接佐藤様のサポートをさせて頂きたく存じます! 今回に限り女神権限の限界に挑戦しております!」
このパターンは断っても来るのだろう。
俺は青い光に包まれる。きっとこれから想像を絶するような楽しい第二の
――――――――――
「お前の動画、マジつまんないから早く配信者も冒険者もやめてくれよ」
目を開けると俺は地面に尻もちを着いていた。
「は? 誰お前?」
目の前にはいかにもモブ顔をした三人組が俺を見て馬鹿にしていた。どうして俺は見知らぬやつらに馬鹿にされているのだろうか?
軽く辺りを見渡すと、レンガを組み立てたような建物が並んでいる。
そうか。俺は無事に転生できたみたいで、俺は笑みを浮かべた。
俺はあるハードモードの予感がしたからだ。
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