第3話
シェルターから出られないため、テントの集会は無くなったが、僕はせいせいとした気分だった。
大の男が集まって叶いもしない夢の話をして、何が楽しいというのだろうか。
初めは気のいい男だと思っていたキーホールの事も、日に日に疎ましく感じるようになっていった。
その日、僕とキーホールの部屋(仕事のペア同士は部屋も同じだ)に数人の男達が集まり、ぎゃあぎゃあと騒がしくしていた。
六つの面に数字を書いたミート・キューブを転がして、賭け事に興じているらしい。
僕は耳と防ぐようにしてシーツに包まり、その騒音を遮断していた。
「おい、ジョン。やらねえのか? 東国のギャンブルだ。結構おもしろいぞ!」
僕の気持ちを汲み取りもせず、キーホールは無遠慮に誘ってくる。いつもこうだ。
「……やらないよ。頭が痛いんだ。それに、食べ物で遊んじゃいけないよ。みんな飢えて死んでいったのに」
「まぁまぁまぁ。それはそれ、これはこれだぜ。なんせ、このシェルターにはミート・キューブとオーガニック・ティーだけは腐るほどあるんだからなぁ」
みすぼらしく抜け落ちた前歯を剥き出しにして、キーホールはゲラゲラと笑った。
周りの男達も、釣られて笑っている。
僕は、それがとても腹ただしかった。
その声を拒絶するように耳を塞ぎ、目を閉じた。そうしていると、色々な疑問が頭の中を巡った。最近はいつもこうだ。
この世界は食糧難だ。食べるものなんてないはずだ。なのに、ここにはミート・キューブがある。それが何の肉なのか、ここでは誰も疑問に思っていない。
他にもおかしい事がある。リーダーのオリンピアだ。シェルターの中の空間は狭く閉ざされているのに、彼女はふと、不思議なタイミングでその姿を消す。身を隠すような場所なんか、どこにもないはずなのに。
解決のできない事を考えれば考えるほど、僕は鬱屈とした気分になっていった。
何か大切な事を忘れている気がしてならなかった。世界の根幹に関わる重要な何かを。
その時、部屋の扉が開く音がした。
「キーホール、ジョン。仕事だ」
ドクターの声だった。
「昨日からの積雪で、太陽光パネルがまずい。ロックが応急処置をしてくれているが、とにかく雪をどかさない限りには、危ない状況は変わらんという話だ。急ぎで悪いが、今からでも行けるか?」
キーホールが立ち上がったようだった。
「ああ、わかった。けど俺一人で行くよ。ジョンの奴は体調が良くないみたいでよぉ」
その言葉を聞いて僕はカッと頭が熱くなった。勝手に決めつけやがって。兄貴分を気取るキーホールの態度が気に入らなかった。
「……大丈夫だよ、僕も行く」
体に巻き付けていたシーツを取り払い、壁にかけた防寒着を手に取った。
すると、部屋の中の空気が急に冷たくなったように感じた。みんな、僕に対して良くない感情を抱いているのだ。
僕はなるべく皆の目を見ないようにした。
「おい、ジョン。無理はするなよ。雪かきぐらい、俺一人でもなんとかなるんだぜ」
その言葉にまたカッとなり、僕はキーホールを睨みつけた。
「一人でもなんとかなるって? そりゃあ、僕なんて初めからいらなかったってことか? ああ、そうだろうね。こんな何の取り柄もない、夢すら語れないヤツなんか、誰も必要だと思っていないんだ!」
そうやって捲し立てると、目の前にいたキーホールがその黒い瞳で僕を見つめた。まるで僕も憐れむような、苛立つ目付きだった。
「……悪かったよ、ジョン。そんなつもりじゃなかったんだ。俺はただ、お前のことが心配で……」
僕は鼻で笑った。
「心配? 良くいうよ。馬鹿にしているくせにさ。ジョンだなんて、まるで犬にでも呼びかけているみたいじゃないか。僕は……僕の本当の名前は……!」
それは扉を隔てたすぐ向こうにあるはずだった。けれど、決定的に届かなかった。僕は、僕が何者であるか未だに決めきれていない。他のみんなには、それが出来ているのに。
僕は下唇を噛み、キーホールの身体を押しのけてシェルターの出口へと走った。
長靴を履き、スコップを掴んで外に出る。
外は猛吹雪だったが、もう気にしてはいられなかった。
もう、こんな所には居たくない。
もう、こんな自分ではいたくない。
正面から吹き付ける冷たい風から顔を庇いつつ、僕は発電施設のある方角へと歩いた。
厳しい寒さに、徐々に手足が痺れてくる。身体が冷えて、震えが止まらなくなる。
あと少し。もう少し。けれど、そこに辿り着いたところで何がある?
そう考えた時だった。
目の前に、黒い人影が見えた。
それは、集落とは逆の方向に進んでいく。
背負っている荷物は、大きな袋のようだ。
僕はあの日聞いた言葉を思い出していた。
ザントマン。袋を携えた妖精。
それについて行った者は、ここからいなくなってしまう。
気がつくと、僕は駆け出していた。
スコップを放り投げ、腕を大きく振って、その影に追いつくように走った。
「た……頼む! 連れて行ってくれ!」
ここからいなくなる?
結構じゃないか。
僕はもう、ここではない何処かへ行ってしまいたい。
あそこに戻るくらいなら、得体の知れない妖精にだって頼った方がマシだ。
ひどい吹雪の中、僕はその影を追い続けた。二度と後ろを振り返る事は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます