第2話

 男性職員は検問所で仕事をしていた。

 いわゆるこの国の公務員という奴で、週休二日制、業務時間は午前と午後のシフト制だ。

 たった半日の仕事とはいえ責任は重大。故に精神は常に擦り減りそう長くは続かない。

 それもそのはず、数年前にこの国にスパイが入り込んだ時から一層検問所は厳しくなってしまったのだ。そのため、男性職員も心から疲弊していたが、特に趣味もないため毎日悶々とした日々を過ごしていた。


「仕方ありませんよね。私が選んだ仕事ですから。きっとこれは、私の宿命なのでしょう」


 男性職員はいつもの道をトボトボと背筋だけは伸ばして帰っていた。

 その後ろ姿は歴戦のブラック社員の風格。

 心が廃り切っていて、道行く人達に目を配る暇もないのだ。


「そういえば今日は同僚から頂いた豚のヒレ肉がありましたね。早めに帰って仕込みをしておきましょうか」


 男性職員の足取りは変らなかったが、ほんの少しの楽しみを抱いた。

 すると男性職員の顔に薄っすらとした光が射し込む。

 そんな中、男性職員は珍しく声を掛けられてしまった。


「なあそこの旦那! ちょっと見て行きません?」

「ん? なんです。私は急いでいるのですが」


 男性職員は白いボロボロのシャツ一枚を来た男性に声を掛けられた。

 少し小太りな様子で、男性職員は眉根を寄せる。

 おまけに急いでいるにもかかわらず、無理にでも袖を掴んで引き止めるのだ。


「まあ、そう言わずに。ちょっとしたゲームをして行きませんかね?」

「ゲームですか? この辺りで露店をしているとは聞いていませんが」


 男性職員は表情が訝しんだ。

 眉根に皺を寄せて、ボロシャツの男性を睨む。

 本当ならここで勝手な露店をするのは禁止になっているのだが、男性職員は腕を引っ張られてしまい、そのまま露天に連行された。


「ほらほら旦那、こっちですよ!」

「全く私は急いでいるのですが」


 露店は如何やらくじのようだ。三個あるサイコロを振って出た出目によって景品が貰える仕組み。恐らく当たりの確率は相当低い。しかも一回当たりの値段もかなり高めに設定されていた。


「もう少し安くはならないんですか?」

「いや、それは無理でして」

「そうですか。うーむ、如何しましょうか」


 本当ならこんな真似事をする必要はない。

 けれどボロシャツの男性を見ていると、何故だか無性に胸が疼く。

 もしかするとこんな商売をするしか道が無いのか。男性職員は足掻き藻掻いている様子を想像すると、情けとばかりにポケットから銀貨を取り出す。


「おや、提出し損ねていたんでしょうか? まあ、この際後で立て替えて上げましょう」


 男性職員は気前が良かった。もちろんそれなりの賃金を貰っているからだけではなく、ボロシャツの男性の駄賃にでもなればいいと思ったのだ。


「これを受け取ってくれ」

「ん? 旦那、これは一体なんですかな?」

「特別な銀貨らしい。代金もそれで賄えるかな?」

「あっ、は、はい。いや、それにしても綺麗ですね」


 ボロシャツの男性は受け取った星屑の銀貨を見入っていた。

 キラキラと輝いていて綺麗だった。

 完全に虜にされている。否、不思議な魔力に惹かれているのだ。


「それでその身なりだけでも整えるといい」

「えっ!? ありがとうございます。ささっ、早速サイコロを」


 ボロシャツの男性は鉢に入れられた三つのサイコロを渡した。

 なにが出ても後悔はない。損をした気もなく、男性職員は適当にサイコロを投げ入れた。

 するとカランコロンと優しい音を奏でる。どの数字が出るのか、大の男が二人して覗き込むと、サイコロは二、四、五、と絶妙に微妙な数字の羅列を残した。


「あー、旦那。これは……」

「ハズレですよね。分かっていましたよ」


 明らかにハズレ。圧倒的ハズレ。男性職員は表情を訝しめる。

 どのみちあまり興味は無かった。ハズレと分かり、落胆することもなく、その場を後にしようとする。

 けれどボロシャツの男性は男性職員を再び引き止める。


「待ってくれよ旦那。今回はハズレみたいだが、これを受け取ってくれ」

「なんです、これは?」


 男性職員が手渡されたのは、何処かここではない国の瓶。

 如何やらソースが入っているようで、蓋を開けて匂いを嗅ぐととても濃厚で食欲をそそった。これは一体何なのか。男性職員は興味を抱く。


「これは?」

「はい。そちらは東方より仕入れましたバーベキューソースなんですよ」

「バーベキューソース? それにしては香辛料の香りが……いいですね」


 香辛料の香りが漂っていた。恐らくは唐辛子だ。

 男性職員はうっとりとした表情を浮かべると、ボロシャツの男性は不安そうに胡麻を擦る。


「気に入っていただけましたか?」

「はい。これはかなり良いものです。大変気に入りましたよ」


 くすんでいた男性職員の表情に光が灯った。

 これは良い買い物をした。ハズレだとしてもそれは大衆の言うハズレでしかない。

 男性職員は自分にとって満足の得られる当たりを引き、嬉しさの余り負の感情が少し緩和された。


「それでは頑張ってくださいね」

「はい。毎度ありがとうございやした!」


 男性職員はボロシャツの男性に見送られる。

 スタスタと足早に去っていくと、星屑の銀貨の効果を思い起こす。

 精々もなにも後悔などない。珍しく帰路が楽しくなり、顔は正面を見ていた。

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