星屑の銀貨〜一枚限りのもたらす幸せ
水定ゆう
第1話
「えっ、入れない?」
魔法使いは目を見開いた。
とある国の入国審査のため、検問所にやって来ていたのだが、何故か呼び止められてしまい、無事に入国ができなかった。
一体如何してこんな目に遭うのか。魔法使いは呆れてものも言えない。
それもそのはず、この国は数年前に敵国のスパイによってとんでもない被害を出してしまった。それ以来、入国が非常に難儀な国になってしまったのだ。
「ええ、これでは入れませんね」
検問所で魔法使いの検問を行っていた若い男性職員は淡々と答えた。
流石に魔法使いも納得できない。
だからだろうか。食って掛かるわけではないが、即座に反論した。
「どうしてです? 私はちゃんと身分証も見せたよ」
魔法使いは身分証を見せていた。
職業は流れの魔法使い。数多の魔法を使いこなす彼女がこの国にやって来たのは、ちょっとした休養。
もっともその道中で面白い魔法に遭遇できればと思ったのだが、このままではその望みも果たせない。
いかんせん困ってしまった魔法使いは腕を組んで考える。
「なにが不満なの?」
「不満というわけではありません。ただこの国は知っての通り、セキュリティに厳しいということです」
「それで魔法使いを排除しようとするのは一種の差別じゃないかな?」
「魔法使いを排除するわけではありません。私はただ、ここに書かれている規約に則り、怪しい行動を起こす可能性を未然に潰しているだけですので」
確かに魔法使いが魔法を求めて休養はいかんせん信用に掛ける。
魔法使い自身がその悩みにぶつかってしまうと、ますます話は混濁する。
如何したものだろうか。魔法使いは頭を悩ませると、男性職員はこう答えた。
「もちろん多額の入国料を支払ってさえいただければ、お通しいたしますよ」
「ん? それは
「確かに賄賂と受け取られるかもしれませんが、この規約書にも書かれていることです。加えて、貴女は軽快に値する魔法使いではないと見ました。故にここをお通しできるのですよ」
なるほどなと魔法使いは心の中で唱えた。
けれども困ったことがある。手持ちの路銀が少なく、払える入国料もギリギリだった。
しかしここで国に入れなければ、道中で集めた素材も売れない。
路銀を作れなくなると、この先の旅に支障が出ると思い、仕方なく魔法使いは鞄とは別のポーチに手を突っ込んだ。
「多額の入国料は払えないけど、代わりにこれで代替えするよ」
魔法使いが取り出したのは一枚の銀貨。
真ん中には星の形をしたマークが刻まれていた。
見たところ特に変わった様子は無く、星の形も何処か流星の様には思えるが、それ以上に不思議なところは何一つないので、男性職員も首を捻った。
「なんです、これ? 見たことの無い銀貨ですね?」
「そうですか? この星屑の銀貨をご存じでないと?」
「星屑の銀貨?」
聞いたこともない銀貨の名前だ。
一体何処で使われているものかも分からない。もしかすると昔の骨董品かもしれない。
難しい代物だと一瞬だじろぐが、魔法使いは魔法使いらしく不気味なことを呟いた。
「この銀貨を持っていれば、きっとなにかが起こるんです」
「漠然としていますね。それで、それを通行料の代わりに?」
「はい。ダメですか?」
魔法使いは目元を潤ませて涙袋に溜め込んだ。
自分が女性であることを最大限利用すると、男性職員を困らせる。
しかし男性職員はここでたった一人を引き留めておくわけにもいかないと悟る。
となればそろそろ決めなければと、悩みに悩むこと十五秒。男性職員は折れることにした。
「ふーん。通貨としての価値は不明ですが、銀製品であることは間違いないと見ました。分かりました、どうぞお通りください」
「ありがとう。それじゃあ、せいぜい後悔しないように使ってね」
魔法使いは男性職員にそう言った。
なにを言っているのか、この銀貨は通行料として処理をすると決めているのに。
男性職員にはさっぱり分からないことを言われ首を捻るが、魔法使いは健やかな顔で検問所を潜り抜け、国の中へと溶け込んだ。
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