第39話 エピローグ



 小夜子の住んで居た町は『小夜子の失踪』と云う新たな事件にもはや辟易としていた。 数週間前に起こった事件の当事者が今度は行方不明となってしまったのだ。 最初に気付いたのは親でもなく友人でもなく、お社の管理人であった。今や何となく仕方なくやる気もなく行なっているお社の管理と云う名目で久しぶりに(近くの小学校からの申し入れもあって)訪うた彼の場所にランドセルがぽつねんと置いて在った。最初は小学校からの申し入れ通りに近所の子供が遊びに来ているのかと思い、境内のあちこちを見て回ったが、其処には草臥れたお社と同じように草臥れた切り株しか無く、時折吹く風が身体を濡らすくらいでじめじめとして居り、到底小学生が独りで遊びに来る場所では無いと考えを改めた。そうして、ランドセルの上に据え置かれている名札の文字を、老眼の些か進んだ目で何とか読み取り『あの』大鳥家の娘だと思い至った彼の、その後の行動は凄まじかった。現場は保存する、と云う刑事ドラマの台詞そのままにランドセルと名札はそこへ留め置いて、慌てて近所の交番へと赴いた。生憎警察官は巡回中だったので緊急電話で所轄に連絡をし、続いて警察の到着も待たずに大鳥家へと向かった。 何度もチャイムを鳴らし、やっと出て来たのは、美貌を讃えつつも疲弊の色を濃くした奥方で、ことの成り行きを足早に伝えると奥方は余りの出来事に立ちくらみでも起こしたのか玄関先で蹲ってしまった。彼が声を掛けていると屋内から階段を降りる音がし、やけに鬱蒼とした男がやたらと面倒臭そうに「喧しい。何事だ」と現れた。それが失踪児の父親だと合点が行くのに彼はかなりの時間を割いたように思えた。


  小夜子は終ぞ見付からなかった。  消防団、青年団、警察、近所の有志たち、総勢何十人だったか数えきれないほどの大人たちが総動員をし、件のお社はおろか、全く関係のない池や川、海や市街地、小さな町を縦横無尽に攫っても、ランドセルと名札以外に小夜子の痕跡を残すものは何一つ無かった。


 加代子も啓輔も大いに疲弊していた。 興味深げに見えるマスコミ。インターネット上で囁かれる記事や俗説や下卑た憶測や言の葉も、瞼を閉じて耳を塞いでも隙間を縫って入り込んで来る。 秋が過ぎ、冬になっても小夜子はさの字も見付からなかった。 世間はもう『そう云う事件もあったかな』程度の認識だし、啓輔に至ってはいつまでも悲嘆に暮れる加代子に「心配したところで見付かる訳もないだろう」と、己の娘の失踪に思っていた以上に心を砕いていた加代子にグサリと言の葉のナイフを刺した。


「あ、貴方は小夜子が心配ではないのですか!?」「だから心配だとしてもその事ばかりに心を砕いても日々は立ち行かないだろうと云っている。現に今の生活環境はどうだ。家屋は散らかり放題、日々の飯も衣服も疎かで、悠介なぞも泣き喚いてばかりではないか」 加代子はしばし呆然とした後、「貴方に人の心は無いのですか…?」と思わず呟いた。 啓輔はまるで話にならないと云った体でため息を吐いた後、「そう思うのならばそれでいい」と決別とも取れる物云いで加代子に線を引いた。


 そうして、加代子は悠介を連れ家を出た。 彼の家は日にちに荒廃の色を濃くして行ったけれど、それでも啓輔は独り住み続けた。 愛娘、とは終ぞ思えなかった娘の還りを待つために。

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