第34話 世界、へ
雨あがり、ピチピチと囀る小鳥の声がする。雨が上がった後の鳥たちの囀りは歓喜を帯びて、また独特だ。
小夜子はものすごく長い夢を見ていたような気がして、右の手で目の当たりをゴシゴシと擦った。何だろう、何かを擦るこの動作、つい最近もしたような気がする。そう感じた刹那ガァちゃんとの旅の全てを思い出した小夜子はガバッとベッドから上半身を跳ね起きさせた。途端に部屋のドアがばんっと乱雑に開いて、「小夜子!大変よ!近くに雷が落ちて火事だって!」と云う母の声が耳にキーンと響いた。雷?火事?確かに消防車らしき物の音や喧騒が微かに聴こえる。そして自分の云った言葉も忘れたように「ちょっと何なのこれ!!」と母は昨夜の嵐でバタンバタンと開閉を繰り返していた小夜子の部屋の窓がもたらした惨劇に悲鳴を上げた。小夜子はそんな母の憤りなどつゆ知らず、と云うか省みることも出来ぬほどに胸騒ぎが過ぎて、母に「雷が落ちたのは何処なの!?」と珍しく乱暴な口調で問い質した。小枝や葉や水滴で小さな水たまりを作っている小夜子の窓辺を見て半狂乱になっていた母はそれでも「
パジャマのまま素足で外に飛び出した小夜子は、母の悲鳴を聴いたような気がしたけれどそれどころではなく、足の裏がアスファルトの小さな突起で傷付くのも構わずに全力で駆け出した。これよりもっとひどい痛みに耐えたことがある。そう、つい最前に。
洋館に近付けば近付くほど人通りは増えて、しかしみんな小さな町に起こった珍事に夢中で小夜子の見てくれなど気にも止めていなかった。漸っと洋館に辿り着く。己の運動神経の疎さが恨めしい。洋館の敷地の前には二、三台の消防車が詰めていて、朝早いにもかかわらず、その周りに人集りが正に灯りに群がる羽虫のように群がっていた。小夜子はより近くで状況を把握したいと人混みをすり抜け掻き分け、幾年も見慣れ、だいぶんてかりを帯びたコーデュロイのズボンの腰辺りにぶつかった。
思い切り鼻面を打った小夜子は涙目で「ご、ごめんなさい…」と謝辞を述べたが、「なんだ、小夜子か」と云うまたもや聴き慣れた声に顔を上げた。「お父さん!」 父は特に小夜子に対しては何も云わず洋館の方に顔を遣り、独り言のように「全て無くなってしまったよ」と呟いた。その言葉に消防の規制線ギリギリまで身体を寄せた小夜子はその体を見て言葉を失った。
彼の人の石像が粉々に砕け散っていた。
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