6 心晴れて……

「星川さん……それで、どうですの?」

 聞きながら美しい所作で美麗は牛丼を一口ぱくり。そして、あら~! おいしいですわ!! と感激して震えている。

「あ、あたしは別に……」

「あなたの事ではなくて、山尻さんの事です」

「あ!? すす、すいません」

 真っ赤になってわたわたする舞奈が、それでもどこか力強く続ける。

「たぶんですけど、大丈夫だと思います」

「そう、ですか」

 その信じ切っている瞳に、美麗は頷くしかなかった。


「それにしても、庶民のお食事がこんなにおいしいなんて……我が家のシェフにも覚えていただかなくては」

 小さな身体のどこに入ったのか、美麗は特盛をぺろりと完食していた。





「「……」」


 窓際の席に向かい合って座った孝明と桃は、注文が終わるとそのまま黙り込んでしまった。他の席の楽しそうな会話とは対照的に、沈黙だけが二人を包み込んでいる。うっすらと流れているクラッシックのBGMが、その耳にはやけに大きく聞こえた。



「お待たせしました」


 料理が運ばれてきた。孝明の前にはホットサンドとコーヒーが置かれ、桃の前にはさくらんぼのパフェが置かれた。


「じゃあ、食うか」

「うん」


 二人は無言のまま黙々と食べる。


「おまえ、またそんなの食って……ちゃんとした飯も食わなきゃだめだぞ」

 不意に孝明はパフェを見つめて小言を言った。

「え? う、うん。でもこれだって……わかった。次はちゃんとしたご飯食べるね」

 出かかった言葉を飲み込み、どこかうれしそうにその苦言を受け入れる。

「な、なんだよ、にやにやして」

「に、にやにやなんてしてないもん」

 照れ隠しのようにさくらんぼを口に放り込んだ。


「「ふふっ」」


 同時に微笑んで、あ、と目を合わせる。


「な、なんだよ?」

「そっちこそ」


 いつ以来だろうか? こんなに穏やかに二人で笑ったのは。




「なあ、ちょっといいか?」

 ホットサンドを食べ終え、コーヒーをじっと見つめながら言った。

「ん? なに?」

 桃も追加で頼んだストレートティーを見つめていた。


 言い淀む孝明。桃はじっと待っていた。


「あのな、小学生の時の事なんだけど……」

 桃の身体がこわばる。だが、その表情は前を向こうと抗っているようだった。

「おまえを助けるつもりだったんだけどな……俺が余計なことしちまって──」

「余計じゃないよ」

 力強く遮った。

「孝ちゃんは私のために頑張ってくれたんだよ。でも、私のせいであんなことになっちゃって……」

「それはおまえのせいじゃない。俺が花村に手を出したのが悪いんだ」

「それだって、あの人達が命令したんでしょう? 私がぶつかったのがいけなかったんだよ」

 二人とも歩み寄ろうとしているのはわかった。それでもやはり何かがひっかているのだろう。互いに自分から引くことはしない。


 険悪なムードが、漂い始めた。


「桃。お互い自分のせいにするの、もうやめないか? この間も言ったが、俺はな、先月色々あってあのトラウマを克服したんだ」

 その空気を払拭するように静かに言った。

「だから、もうお前が気にすることなんて、これっぽちもないんだよ」

「でもっ、孝ちゃんが傷ついた事実は消えないんだよ!」

「大丈夫だ。俺には頼りになる仲間たちがいる。あの後もずっと一緒にいてくれたヤツがいる。新しく力になってくれるヤツもできた。それに、陰ながら見守ってくれている鬼姉妹だって……だから、過去の事なんかもう気にしてない」

「で、でも……」

「おまえも前を向け。あんな過去、くだらなかったって、笑い飛ばしちまおうぜ!」

「でも……」


 苦悶する表情が、涙にぬれていた。


「桃、ありがとな。ずっと俺の事、心配してくれて」

 はにかむようなまぶしい笑顔だった。


「う、うん」


 桃はそれ以上、何も言えなかった。


 だが、きらきらと輝く涙をその瞳にたたえたまま、晴れやかな微笑が孝明に向けられていた。

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