7 桃の願い。

「お姉ちゃん……三太くんたち、見失っちゃったみたい」

「え?」


 中谷姉妹は牛丼屋を出たところで呆然としていた。


「もう、あおいが、がっついてるのがいけないんでしょう?」

「お、お姉ちゃんだって、牛焼定食ライス特盛食べてたじゃない!」


 三太たちが牛丼屋に行くという情報を得た二人は、先回りして食事をしながら見張るつもりだった。実際テーブル席に陣取り、食事を始めた辺りで彼らの来店は確認していたのだ。が、その後がいけない。





「お姉ちゃん、わたしこういうところ初めてだから、すっごく新鮮なんだけど……あ、三太くん来たよ」

 あおいは目の前のねぎ玉牛丼に釘付けだった。だが、ターゲットが来店するや、視界の端で素早くその行動を監視しだしたのだ。

「星川さん、かなりぎくしゃくしてるね……」

 姉妹の表情が、氷点下を差していた。


「「で、なんで食券買うだけで、あんなにいちゃいちゃしてるわけ?」」


 三太と舞奈は別にイチャイチャはしていなかった。ただ、二人とも超がつく程のド天然さんなので、はたから見ているとその行動が一々そう見えてしまったのだろう。


「あ、あれ? 青っち? ここ押したんだけど、何も出てこないよ?」

「ん? ほんとだ……」

 小首を傾げる舞奈と券売機のタッチパネルをぺたぺた触っている三太。

『……二人とも、お金入れた? もしくはスマホで決済?』


「「あ……」」


「もうやだー、青っちってばうっかりさん!」

「ほ、星川さんこそ~!」

『……あほくさ』


 あはは、とじゃれ合う二人。黒猫はため息を漏らす。



 この時、ばきり、と割りばしの尊い命が二つ、天に召されていた。


「あおい、割りばし取って」

「……はい」


 ぱきっ、と二人は新たなそれを割ると、ものすごい勢いで八つ当たり気味にがっつきだした。


「えい、えいっ! ああっ!? おいしいじゃないの、このねぎ玉牛丼!」

「このっ、このおっ! あんたなんかこうだ! おろしを牛肉で巻いて、こうだあっ!」


 女子高生の食事とは思えない激しい戦いだった。まるで体育会系男子の……いや、それをはるかに超えた凄まじい食べっぷりだった……。


「じゃあ行こうか、星川さん」

「あ、ごめんね、持ってもらっちゃって」

「いいのいいの」

『わーい、牛丼牛丼!』


 店を出ていく二人に気づかないまま、その食事のスピードは加速していく。





「な、なんかバカみたいだね……」

「あおい、それ言っちゃだめ……」


 はあ、と極大なため息が、見事にユニゾンした。


「わたし、部活行くわ」

「わたしも帰ろっと」


 ただ食事をしただけになってしまった二人は、肩を落として別れたのだった。






 週明け月曜日。


「ねえねえ、桃ちゃん。今日はどこ寄っていく?」

「えー、どうしようかー」

 放課後の教室に、二人の楽しそうな声が響く。

「土曜日にみんなで行ったゲームセンター、楽しかったよね~」

 舞奈がうっとりとした表情で思い出していた。

「ふふっ。孝ちゃんと三ちゃん、なんであんなに張り合ってたんだろう?」

 格闘ゲームで対戦した二人は、どちらも勝ち逃げを許さなかったのだ。

「二人とも負けず嫌いだよね~」

「そうだね、ふふっ」


 呆れたような、愛おしく思っているような、そんな笑顔の二人。


「それにしても、委員会の二人も意外だったね」

「う、うん」

 結局美麗と佳奈も加わって、ダブルデートではなくなってしまった。でも。

「またみんなで遊びたいな~」

 桃は心底そう思っていたようだ。

「う、うん……」

 舞奈の顔が、若干曇っている。


「どうしたの、舞奈ちゃん?」

「え? 何でもないけど……」

 三太たちと統制委員会の関係を知っている彼女としては、複雑だった。

「そう?」

「そ、そう!」

 幼い頃から空気を読み、色々なことに気を配ってきた桃は、そんな舞奈の変化を見逃さない。


「ねえ、舞奈ちゃん」

 そして、三太と孝明が、委員会の二人と何だかギクシャクしていた事も、感づいていたようだった。

「な、なに?」

 真剣な眼差しに戸惑う。

「三ちゃんたちに、何かあった?」

「え? なな、何にもないよ?」

 動揺が駄々洩れだった。


「……」

「……あ、あの」


 無言の圧力に耐えかねて口を開く。


「ちょっと……なんかあったみたい……でも、あたしの口からは……」

「そうなんだ……私ね、二年生になってから、昔の事をよく思い出すんだ」


 唐突に自分の事を語りだす桃。


「孝ちゃんがね、スカートめくりをして追い詰められちゃう……小学生の時の事」


 舞奈はそれを黙って聞いていた。


「四月になってからの孝ちゃんの雰囲気が、その時の雰囲気と似てたのかな? それで……」

 一瞬思いつめた様に俯いたが、すぐに力強くその顔が上げられた。

「お願い、舞奈ちゃん。今度は私が孝ちゃんのこと、助けたいの」

 そして、決意に満ちた瞳が向けられている。

「ずっと守ってくれた……自分も傷ついているくせに、ずっと私を……だからっ──」

「わかったよ」

 優しく遮った舞奈が、頷く。


「じつはね」


 そして、四月に起こったことの顛末が、すべた話された。




「孝ちゃん!」


 書きかけのクラス日誌を机に残し、桃は駆けだしていた。

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