5 カフェ VS 牛丼屋
「とりあえず……何か食っとくか?」
言いながら孝明は平静を装っているようだった。
「そうだね。結構お腹すいてるし……牛丼なんてどうかな?」
デートのデの字も知らない三太である。
「「「……」」」
当然、三人分の冷たい視線を浴びた。
「え? ええ? 牛丼、おいしいよ? 特盛に卵……え?」
牛丼は確かにうまい。だが、デートでは……。
「三太、特盛は今度ゆっくり付き合ってやる。だから……今日はあそこだっ!」
孝明が駅前の小洒落たカフェを指さした。
「か、カフェ、だと……?」
完全にアウェーじゃないか……。
三太の目が悲しく泳ぐ。
『えー、ボク牛丼食べたいっ! 食べたい食べたいたーべーたーいっ!!』
だが、唐突な援護射撃が!
「そ、そうだよね? やっぱりでにっしゅさんはわかってるなあ!」
三太はなんとか息を吹き返した。
えー? と言う表情の三人と、何屋が好きですか? と盛り上がる食欲魔人二人。
『では、別行動なんていかがでしょうか?』
降ってわいた天の声にぎょっとしてその方向を見る。
駅前のロータリーに、あのリムジンが停車していた。
『別行動は……ダブルデートのお約束ですわ!』
そこには後部座席の窓をほんの少しだけ開け、拡声器で囁く美麗の顔があった。
それを聞いた舞奈と桃の表情が、心なしか怒りに燃えているようだった。始まったばかりで別行動とか不自然すぎ! 瞳はそう言っているように見える。だが。
「そっか! うん、そうしよう! じゃあ、ぼくとでにっしゅさんは牛丼屋で、三人はカフェってことで!」
朴念仁、ここに極まれり。
「と、言うわけで、星川さんごめんね」
さっと舞奈の顔からめがねを取った。
「ひひ、ひやああぁっ!」
当然かわいらしい悲鳴が上がる。
「え? あれ? って痛っ!?」
真っ赤な舞奈をかばうように、桃が三太をこつり。
「もう、ダメだよ三ちゃん。急に女の子の顔をさわるなんて」
「え? 触ってな──」
「う~ん?」
めずらしく鬼瓦な桃。
「す、すいませんでした」
逆らえるはずもなく深々と頭を下げると、めがねを持ち主に返した。
『ねえー、舞奈ちゃーん! 牛丼……お願い!』
だが、引き下がらない駄々っ子が一匹。
「……はあ、わかったよ」
舞奈はそう言って桃に耳打ちをする。
(ちょっと早いけど、一旦別行動だよ。桃ちゃん頑張って!)
(そそ、そんな……心の準備が……)
(大丈夫、あたしもだから)
二人は目を合わせると、やわらかく微笑んだ。
「じゃあ、いこっか」
「星川さん、いいの?」
「だって、でにっしゅは言い出したら聞かないんだもん」
『わーいわーい! 牛丼んっ!!』
渋い顔をする舞奈とは対照的に、有頂天なでにっしゅ。
「そっか。よ~し、それじゃあぼくに続け~!」
「『おーっ!』」
楽しそうな勝鬨が、辺りにこだました。
「あ、おいっ! 三太、星川!」
その声に振り向いた二人が、満面の笑みで手を振る。
「……おい」
「い、いっちゃったね。私たちも、いこっか?」
少しぎこちなく孝明の顔を覗き込む。
「お、おう……」
こちらもぎくしゃくと頷いた。
「で、結局持ち帰りになっちゃたね……」
「ごご、ごめんね、青っち。でにっしゅのせいで」
「いや、しかたないよ。飲食店は普通ペットの入店禁止だし」
『な、ボクはペットじゃありませんっ!』
「「まあまあ」」
ぷりぷりと怒るめがねを二人でなだめる。
「それよりでにっしゅさん! ほら特盛、特盛だよっ!」
「あたし食べきれるかな? 特盛……」
『そうだった……特盛……じゅるり』
「で、どこで食べよっか?」
『ここで! すぐにっ!!』
「じゃあ、あのベンチで……」
「いや、さすがに駅前のロータリーは恥ずかしいよ……」
本能に忠実なでにっしゅに引っ張られ、三太もありえない提案をした。舞奈の顔が、ずんずん真顔になっていく。ところへ。
『みなさん、こちらへいらっしゃいな』
再び美麗のささやきが……。
「す、すいません、会長」
「え、えーと、ぼくも……いいのかな?」
舞奈はかしこまり、三太は戸惑っていた。
「よくってよ。ささ、早くお乗りなさいな」
にこやかな美麗につられ、二人はリムジンに乗り込んだ。
「あ?」
牛丼の食欲をそそる良い匂いが、三太の鼻腔をくすぐった。そう、既に車内は牛丼の匂いで満たされていたのだ。
「……あ」
もりもりと牛丼を喰らっていた佳奈が動きを止め、目の前に座った三太を見つめる。
「……っ」
そしてどこか恥ずかしそうに顔をそむけた、ように見えた。が、すぐにまた牛丼を頬張る。もりもりが、もり、くらいになっていたのは、乙女の恥じらいだろうか?
「先輩、失礼します。しかし、いい食べっぷりですね!」
「~~~~~~っ!?」
「って、痛いですっ!?」
デリカシーゼロの三太の太ももが、ぎゅう、とつねられていた。
「へー……青っち、副会長さんとも仲いいんだ?」
「へ? なんで? 普通だけど?」
ジト目の舞奈は大きくため息をつき、能面の佳奈はどこか怒ったようだった。
「はあ……ま、青っちだし仕方ないか……」
「……同意」
舞奈はそう言うと、いただきます、と手を合わせ、牛丼をかっこんだ。佳奈も頷くと、また鬼のようにもりもりと喰らいだした。
『おう、いい食べっぷり! じゃあボクも失礼して……いただきまーす!』
「え? ええ?」
『くうぅ、この甘辛い味付けが薄切りの牛肉にベストマッチなんだよね~』
戸惑う三太を置き去りにして、三人はフードファイターよろしく食べ続けた。
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