3 美麗の提案。
戸惑うような表情で桃は視線を落とした。思いの丈を吐露してもいいのだろうか? そんな切なげな瞳が、ぴかぴかに磨かれている床にぼんやりと向けられていた。
その様子を、舞奈はもちろん美麗も静かに見守っている。見れば、まんじゅうファイト中の二人も、両の手にまんじゅうを持ったまま戦いを中断していた。
数瞬の熟考の後、桃は何かを決意したかのように口を開いた。
「あ、あの舞奈ちゃ……じゃなくて、ミルキー☆イェイさん」
「うん、何でも言って」
「その、ええと……とってもうれしいんだけど、魔法とかじゃなくて……舞奈ちゃんとして力を貸してもらうのは……だめ、かな?」
「……ん?」
少し面食らったような舞奈は、桃の瞳を探るように見つめた。
「あのね……恋愛とかって、やっぱり自分で頑張ることに意味があるんだと思うの。いっぱい悩んで時には友達に相談に乗ってもらったりして……だから、私も少しがんばってみたい……もちろん、舞奈ちゃんには協力してもらって……」
ぎこちなく微笑む親友に、魔法少女の胸は締めつけられた。友達としては必要とされているが、魔法少女としては……。
ねえ、魔法少女って、なに?
舞奈は不安に満ちた視線をでにっしゅに向けた。
大丈夫、今にわかるから。
黒猫はそう言ってこくりと頷いた、ように見えた。そして、舞奈を安心させるためだろうか? 右手で器用に持っている大きなまんじゅうを、豪快に頬張ってみせた。
『むぐぐぅう!?』
が、頬張りすぎてのどに詰まらせたのだろう。顔面蒼白? な黒猫は、目を白黒させてじたばたしだした。
「だ、大丈夫?」
佳奈が慌ててミルクティーの入ったカップをでにっしゅの口もとに運ぶ。必死の形相の彼女はそれに飛びついた。
ごくごくごく……ごっくん!
『ぷっはーっ! って、あまーいっ!? いや、熱ーいっ!!』
一難去ってまた一難……猫舌で甘い×甘い×熱いの洗礼を受けたでにっしゅが、そのしなやかな身体をぶるぶると震わせた。
「あ、ごめん」
すまなそうな表情を微かに纏わせた佳奈が、すー、と水を取りに給湯室へ消える。
「……ふむ。さすがわたくしの恩人ですわね。魔法に頼らずに頑張ると仰ったその心意気やよし、ですわ」
美麗は上気した顔で一人盛り上がっていた。
「わかりました。お二人の熱い友情……それからラブに対する真剣さに敬意を表しまして……不肖ながらこのわたくしからご提案させていただきますっ!」
急かすように舞台上の舞奈に手招きし、桃の隣に呼び寄せる。そして、二人の手をぎゅう、と握る。
「あなた方のご意向を過不足なく実現させる……そのためには……ダブルデートしかありませんわっ!」
ラブにラブラブなちびっ子が、ことさら盛大に吠えた!
「「え?」」
だだ、ダブルデート!? と、二人の瞳が驚愕していた。
「はい。わたくしのラブレーダーからすると、山尻さんは藤代さん、星川さんは……あのまぬけ面……たしか、青山さん、でしたか」
桃の頬が、ほんのりと朱に染まる。舞奈は大きくのけぞり、口をぱくぱくさせていた。
「それぞれが互いに親睦を深めつつ、さらには星川さんが山尻さんのフォローをする……う~ん完璧ですわ!」
握っている手をぶんぶんと振りながら、さらに続けた。
「もちろん、わたくしもできる限りサポートいたします!」
「……あ、会長、私も、行く」
でにっしゅに水を飲ませながら、どこかそわそわしているような佳奈も手を挙げた。
「あら? ラブレーダーがまた……?」
「それは、いいから」
美麗の言葉を遮る佳奈の頬が、どこか赤みを帯びているように見えるのは、気のせいだろうか……。
「そう、ですか……」
美麗はちょっぴり残念そうに佳奈から視線を外した。
「では、お二人は早速彼らをお誘いになって下さい」
だが、すぐに復活したきらきらな瞳が、問答無用で指示を出した。
「「……」」
「さあ、早く!」
無言の抵抗もむなしく、舞奈と桃は委員会室を叩き出された。
中庭のベンチに座ったSKMDの野郎三人が、何やら話している。
「それにしても桃ちゃんの件、ぼくたちの知らないところで色々あったみたいだね」
「ああ、そうだな」
「統制委員会のお二人が、特にすごかったみたいですよ?」
「まあ、『花村』だしね……」
三人は、ぶるる、と身震いした。
「そういや星川が桃の友達になってくれたんだが……」
「へ、へえー……」
どこかわざとらしい相槌だった。
「おまえだろ?」
「な、何が?」
「いや、桃と星川の接点がな、おまえしか思いつかん」
「え、えーと……」
「ありがとな」
本当に珍しい孝明の礼に、三太はどこか居心地が悪かったようだ。だから。
「ま、まあ、ちょっとだけね、星川さんに頼んでみたけどさ、結局は二人の相性がよかったんじゃないの?」
早口でそうまくし立てていた。
「そうか。じゃあ、そういうことにしておくか」
「そ、それがいいよ」
お互い前を見たまま、柔らかい表情だった。
「ふふっ」
「なんだよ、山瀬?」
微笑ましかったのか、康司の口から笑みが漏れる。
「な、なんでもないです」
「「「……ふふふっ」」」
そして、何故だか笑ってしまう三人だった。
「でもさ、もうすぐタイムリミットなんだけど……」
「どうしますか?」
二人が孝明の顔を見る。
「すまん、おまえら。俺にはどうやっても……あいつのスカートなんてめくれそうにない」
「そっか……うん、そうだよね」
「はい」
頭を下げている孝明に、二人は納得の視線を向けていた。
「これで心もおまたもすっきりだね!」
「はい。ムダ毛処理の手間が省けてラッキーですよ!」
「お、おまえら……」
から元気な二人に、孝明の目頭が熱くなる。
「ああ、あのう~……お取込み中のところ……失礼いたします」
一蓮托生の決意にしんみりとしていた野郎どもの背後から、カチコチに固まった舞奈が声をかけてきた。その小さな背中の後ろには、さらに小さくなって隠れる桃がいる。
ん? と三人は振り返った。
「星川さん……と桃ちゃん? どうしたの?」
「「……」」
三太は普通に返したが、
だが、そんな二人には気づかずに舞奈は暴走した。
「だだだ、ダブルデートだよ、青っち!」
「「「……三人と二人でダブルデート……とは?」」」
ずびしっ! と指さされた三太はもちろん、絶賛紅潮中の野郎二人も困惑の表情を浮かべていた。
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