8 女神さまのお願い。

 美麗が女子生徒たちに鉄槌を下した日の昼休み。委員会室で昼食を終え、優雅にミルクティーを味わっていた二人のもとに女神さまが現れた。


「はあい、ご機嫌いかが?」

 言いながら断りもなく美麗の正面の席に腰を下ろした。

「あら、女神さまがこちらにいらっしゃるなんて……明日はまたぱんつでも降るのかしら?」

「あれは、ダメ」

 美麗はチクリと皮肉り、佳奈はよく見ないとわからないくらいに頬を染めて苦情を述べた。


「なになに? みれみれもかなかなもご機嫌斜め?」

「みれみれ……ま、まあそれはよいとして……」

「え? いいの?」

 どこかうれしそうな美麗に、佳奈は驚きを隠せなかった。

「んんー、こほん。それより女神さま」

 咳払いでごまかすと、恋ちゃんに視線を向ける。

「なあに?」

「と、その前に。相馬さん、女神さまにお茶とお茶菓子をお願いします」

「了解」

 佳奈は、すー、と給湯室に消えていった。


「改めまして……女神さま、一つお伺いしたいのですが」

「あ~ん、何でも聞いてっ!」

 美麗はこのテンションが少し苦手なようで、その幼い太ももをつねり、嫌悪感が顔に出ないよう努めていた。

「さあさあ、早く早くう~っ!」

 が、容赦ない追い打ちにこめかみがぴくつく。それでも負けじとさらに力を込めてぎゅぎゅ~! と清純なお餅をつねりあげた。

「みゃあっ!?」

 相当痛かったのか、かわいらしい悲鳴を漏らした涙目が、ぷるぷると肩を震わせていた。


「あらかわいい! これは恋の女神さまもいけない気分になっちゃうわんっ!」

 大怪盗も真っ青なダイビングをかます女神さまの額を、美麗は冷静にレーザーで打ち抜いた。

「ああん、これはこれで……いいっ!?」

 恍惚な表情を浮かべて床に崩れ落ちる女神さま。そのボロ雑巾に、美麗は蔑むような瞳を叩きつけていた。


「はーい、おまたせしました……ん?」

 銀製のトレイにミルクティーとまんじゅうをのせた佳奈が戻ってきた。

「これは……なに?」

 すっかり変わり果てた女神さまだったものを、訝しそうに見る。


「おー、絶景絶景! いいよいいよ~! かなかなのは、今日のもかわいいねえ~」

 なんと、にやけ面の変態が、佳奈のスカートの中身をはあはあ、と凝視していた!

「っ!?」

 すっ、と赤らんだ佳奈は、スカートを空いている手で押さえると、躊躇なくその頭を踏み抜いた。

「ああんっ!? 物理もいいっ!」


 がっくりと力尽きたおっさん女神のダイイングメッセージは『今日も白!』だったという……。



「ふ~、冗談はさておき」

 生きてんなよ……と、委員会の二人は呆れた視線を向けていた。

「聞きたいことって、何かな?」

 ミルクティーを一口飲むと、大きなまんじゅうに目をやり、戸惑っていた。

「はい。女神さまは、なぜ彼らの事をひいきなさるのですか?」

 意を決してまんじゅうを一口頬張ると、口の中が甘い×甘いになってしまい、その美しい顔が歪んだ。


「ん~、別にひいきはしてないけど……」

 口直しに、ともう一口ミルクティーを飲んでさらに甘みを上乗せしてしまい、ぶるるっ、と体を震わせる。

「ですがっ──」

「能力的には、キミたちの方が全然上だよ?」

「ですが……彼らとはあんなに楽しそうに……」

 寂しそうな瞳を、自分の手の中にあるティーカップに落とす。


「なになに? 気の強そうな雰囲気とは裏腹に、さびしんぼさんなのかな?」

「ち、ちが──」

 慌てふためいた美麗が、顔を上げて口を開く。

「別にいいんだよ。人間だれしもそんなもんでしょう? ま、神様の中にもそういうの、いるしね」

 女神さまはふふっ、とどこか楽しそうに微笑んでいた。だが、美麗はなにか腑に落ちないような顔をしている。


「えとね、みれみれがそういう風に見えるのは、たぶん、あの子たちがね、あたしの事を女神と思っていないような言動で接しているからなんだと思うよ」

 え? と美麗。

「酷いんだよ~。クソ女神とかエロ女神とか、もう罵詈雑言ばっか」


 二人は、ああ、それわかる……彼らが正しい……と、遠い目をしていた。


「だからね、あたしも諸々気にしないで接してるの」

 弾ける笑顔。だが、いや、諸々気にしないのはいつもですよね? と美麗の瞳が言っていた。


「さっきの二人の反応はよかったよ。あんな感じでいいんじゃない?」

「は、はい……女神さまがそう仰るのなら」

「ああん、硬い硬ーいっ! って、痛っ!?」

 両肩を抱いてもだえる女神さまの後頭部を、佳奈がぺしり、と叩いた。

「そういうネタ、嫌い」

「……そうそう! いいね、かなかな!」

 だが、つーん、と佳奈はそっぽを向いた。

「ま、そんな感じでキミたちも、もっとフランクでいいわよ? ……フランク……ぽっ」

 そう言って、なにかフランクフルトソーセージを想像したのか、女神さまは頬を染めた。


 もちろん、光と闇のお仕置きが、さらに女神さまを喜ばせたことは言うまでもない。


「さてと、じゃあ今度はあたしからのお願いなんだけど」


 よろよろと席に戻り、真剣な表情に戻った。そのギャップに二人も息をのむ。


「キミたちが成敗した四人の女子……と、桃ちゃんに暴言はいた野郎二人なんだけど……」

「はい。その方々でしたら、本日中にこの地域から出ていっていただきますが……何か?」

 美麗はブリザードのような瞳を女神さま向けた。


「う~ん……ちょっと、ゆるしてもらえないかな?」

 整った顔の前で、お願い、と手を合わせる。

「いくら女神さまのご要望とはいえ、この件だけは承服しかねます」

「いじめ、ダメ。エッチなのも、ダメ」

 二人は頑として聞く気はないようだった。


「あ~、ちょっといきなり六人もいなくなるのはマズいのよ、あたしたち的に」

「神様的に、でしょうか?」

「うん。学校ってね、いろんな神様が携わって治めているのね。で、今回みたいに急に大人数がいなくなっちゃうと、学校内の色んなバランスが崩れて、よからぬことが頻発するようになっちゃうのよ」

「ですが、何の罰も与えないというのは……」

 美麗は深く思案しているような表情を浮かべていた。

「そこはね、あたしの方できつーい罰を与えておくから、ね」

 そう言って、再び美麗を拝み倒す。


「……わかりました」

 女神さまに拝まれるなんて恐れ多い、と彼女は首肯した。

「ときに、どんな罰を差し上げるのでしょうか?」

 念のため、そこは確認しておく美麗であった。


「うーんとねえ……女子たちには、そうだなあ……Iカップくらいのお胸になってもらって、様々なハラスメントを体験してもらおうかな。で、いろいろ改めないとさらに呪うぞ、って脅すの」


 美麗と佳奈は『Iカップ』に反応して、がたたっ、と立ち上った。


「ん? どしたの?」

 真顔の恋ちゃんに、い、いえ、と座りなおす二人。


「で、野郎二人はね、くくくっ」

 邪神のような微笑みに美麗は恐怖し、佳奈はさらに能面になっていた。

「タマタマをさ、サッカーボールくらいにしちゃおうか?」

「「……」」

「で、キックオフ!」

「「……っ!?」」


 それは、女子には決してわかるはずのない痛みなのだが、何だか委員会の二人は、おまたの辺りがぎゅうぅ、となった、ような気がした。

「どうかなどうかな?」

 じゃあそれで、と二人の怯えた瞳が言っていた。




 後日、六人の枕元に立った女神さまが、その罰を実行した。夢なのか現実なのか、当人たちには定かではなかったが、しっかりと恐怖を刻まれたその六人は、二度と非道な行いをすることはなかった。


 それに併せるように坂崎東小出身者が『花村』の恐怖を吹聴したこともあり、関係者と認識された桃やその幼なじみたち、さらには舞奈に対しても誰も何も言わなくなった。

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