4 タオルとスポーツドリンクとおまんじゅうと。

 聡美から何とか逃げ切ったあおいが中庭に戻ってきた。ぜえぜえ、と肩で息をし、その顔はどこかやつれて見えた。


「……あー、びっくりした……」

 孝明と康司は大丈夫? と出迎えたが、ぷりぷりとした空気を滲ませている男が一人。


「……あおいちゃん、ちょっとここに座りなさい」

 感情を抑えるような口調で、三太はベンチを指さしていた。

「はあ、はあ……ん?」

 息を整えながらあおいはベンチを見た。どこから持ってきたのだろう? 古びたベンチの上に、座布団が三枚重ねで置いてあった。


「ここに、正座」

 あ、久しぶりにやっちゃった……と、あおいはしゅんとしてそのふかふかな簡易反省室に正座する。

「あ、あの三太くん──」

 その言葉を遮って、あおいの頭にタオルがかけられた。

「え?」

「はい、これも」

 目を丸くしているその前に、ペットボトルを差しだす。

「あ、あの……」

「タオルは使ってないから安心して。ふたは開けられる?」

「だ、大丈夫……」


 ほうけた赤面が、震える手でペットボトルを受け取る。


「あ、これ……」

 あおいが好んで飲んでいるスポーツドリンクだった。えへへ、と微笑むと、もぎゅり、とそのふたを開けた。

「ありがと……」

 ぼそりと言って一口飲むと、にやける顔を隠すようにタオルで汗をぬぐった。


「はい、落ち着きましたね?」

 めずらしく鬼瓦な三太がにっこり。

「は、はい……」

 こちらも珍しく神妙な面持ちの幼なじみはしょんぼり。


「あおいちゃん……何でぼくが怒ってるかわかる?」

「……はい。勝手にスカートをめくってすいませんでした」

 うんうん、と三太。

「別にね、誰がめくったっていいんだよ? でもね、本当に危なかったんだからね」

 さらにあおいは小さくなった。

「副会長さんの攻撃は、佐野さんでさえ大ダメージだったんだよ? それに会長さんのは……」

「さ、三太くん?」


 ずーん、と表情を曇らせる三太をあおいは気遣った。


「ほほ、ほんとーに痛いんだからね? それなのに……それなのに佐野さんときたら、何度も何度もぼくで受け散らかして! 変な癖になったらどうしてくれるのさっ!!」

 見れば康司が頬を染め、うんうんと頷いている。

「あ、あの~、お話がずれてますよ~」

 申し訳なさそうに、あおい。

「とにかく! 今後は必ずみんなに作戦を共有してもらうからね?」

「は、はい」

「まったく……その上また変な女子に追いかけられて……体調崩したらどうするのさ……ん? 何かな?」

 怒られているはずのあおいが、なぜかにまにまとしている。

「べ、べつにー」

 そしてまた、にまにま。


「まあ三太。今回は一めくり追加だし、自分たちだけでもやっていけそうなことがわかったんだ。ひとまず良しとしよう」

「そうですよ」

「みんながそう言うなら……だから何かな?」

「べつにー」


 その日は最後までにまにまなあおいであった。





「会長、これ、見て」

 パンチラ統制委員会の委員会室で、佳奈がモニターを指さす。

「ふむ」

 腕組みをした美麗が、その映像を確認した。

「これは……ドローン?」

「たぶん」

 監視カメラの録画映像を解析して、今回の敗北の原因を洗い出していたのだ。

「巻き戻す」

 佳奈はそう言って、三太の手から離陸するところまで戻し、再び再生した。


「……あら……何かを観測しているのかしら?」

 ドローンは、学校全体を捉えられそうな高度でずっとホバリングしていた。


「あ、移動しましたわね」

「彼らも、動いている」

 ドローンと三太たちが連動していた。

「で、体育館裏」

「……これは、確実にパンチラチャンスを見破っているようですわね」

 佳奈はこくりと首肯した。


「撃ち落とす?」

 そして物騒なことを口走る。

「いいえ、泳がせましょう」

「なんで?」

「あちらから来てくれるのですよ?」

「あ、手間が省ける……でも──」

 佳奈は続けて何かを言いかけたが、美麗が話をかぶせた。

「そうです。あの張飛の……ぷーっ」

 どうしても張飛なみどりで笑ってしまう美麗であった。


「失礼。あおいさんでしたか」

「諸葛亮」

「ええ。なかなか切れるようですが、わたくしにかかれば……うふふ……」

 リアル童顔が、凶悪な笑みを浮かべた。

「会長、司馬懿?」

「やめて下さいな。わたくし、あの方に走らされたりはしません」

「はーい」

「それに、わたくしは花村美麗であって、他の誰でもありませんわ」

 むふー、と鼻息荒く胸を張る。


「わかった。でも……」

 佳奈が言い淀んだ。

「なんですの? 仰りたいなら仰りなさいな」

 数瞬考え込んだ無表情がこくりと頷くと、美麗を見つめ口を開いた。

「できるなら、パンチラチャンス、やめたい」

「なっ!? なぜですの? せっかくトラップになるというのに」

「だって、一人だけ解除するの、大変」

 その顔は、どこか陰っているように見えた。


「わわ、わたくしも大変ですが……皆さん、特に男子生徒たちへの飴としてですね──」

「会長だけ飴玉……ずるい」

 表情はほぼ変わっていないが、美麗はその能面に気おされる。

「それに、もともと、パンチラ、嫌い」

 すー、と睨むような視線に美麗の膝が震えた。


「わわ、わかりました。明日のお茶から、おまんじゅうを一つ余計に差し上げます」

「……」

 佳奈はさらに圧力をかけた、ように見えた。

「……もう一つ、け、計三つでいかがかしら?」

「え、いいの?」

「は、はい! ですので今後もパンチラチャンスは継続でお願いします」

「わかった」

 微かに満足そうな佳奈の声であった。


 ちなみに委員会は、二限目の休み時間、昼休み、放課後に入ってすぐの計三回お茶をたしなんでいた。


 佳奈よ、一日に九個のまんじゅうを喰らうのか……。

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