5月編 第3章
1 ましろの失踪。
坂崎高校最寄り駅のすぐ近くにあるタワーマンション『フラワーヴィレッジパレス坂崎』は、それほど都会ではないこの地域には不釣り合いな物件だったが、入居者は多かった。主な住民は地元民ではなく、都会暮らしは捨てたいが、田舎のコミュニティ特有の濃い人付き合いはしたくない、そんなどっちつかずな富裕層だった。
その、一部屋ウン億円とも言われているマンションの高層階の一室に、佐野ましろは一人で住んでいた。
闇に飲み込まれたような真っ暗な部屋のベッドの上で、ましろは目覚めた。ぼぅ、とする意識に、夢なのか現実なのか判断が追い付いていないようだった。
そのまましばらくは天井を見つめていた。もっとも、一切の光が届いていないその部屋の中では、天井自体は見えなかったのだが……。
意識が少しづつはっきりとしてきた。どうやら自分は、あの二人に負けたらしい……そして、どうやって部屋までたどり着いたのか。いくら記憶をたどってみても、思い出せなかった。
少しずつ、悔しさが込み上げてきた。すぐにでもリベンジしたい気持ちが湧き上がる。が、同時に、佳奈の闇に飲み込まれた時の恐怖が蘇ってきた。
「……へ、へへっ」
苦し紛れのような笑いが漏れた。その身体は、武者震いなのか、怯えからくるものなのか……小刻みに震えていた。
「痛っ」
身体を起そうとして、激痛に顔が歪む。結果、起き上がることはできなかった。仕方なく枕もとのスマホを何とか握り、画面を確認した。深夜三時。しかも、敗北を喫した日から二日が経過していた。
「オレは……そんなにダメージを喰らったのか?」
元々強力なブラックホール使いのましろは、闇に対する耐性が異様に高かった。その耐性を貫通して見せた佳奈の闇の力は、いったいどれ程の物なのだろうか? ましろはその佳奈の
カーテン越しの朝日が、部屋を侵食し始めた。だが、身体は一向に動かない。そんな中、ましろは一つの推測を始める。
「まさか……オレは……弱くなった……?」
あの時、美麗は三太を盾にすればいいと言った。
「そうだ。以前のオレなら、ノビていようがいまいが青を盾として使ったはずだ」
現に四月の戦いの時には、躊躇なく三太で光撃を受け止めていた。
それが。
「なんで、できなかった?」
思い当たる節がある。しかも、複数。
「オレは……あいつらが……大切なの……か?」
ありえない。オレはいつだって一人だ。あいつらは、単なる駒だ。オレの地位を守るための……。
脳裏にSKMDのメンバーたちが浮かんできた。笑っている三太。おろおろしている康司。ドヤ顔のあおい。あきれているみどり。そして、キメ顔をしているくせに、どこかぬけている孝明。
「なっ……だから、ありえねーんだよっ!」
叫んで、激痛に身体が悲鳴を上げる。同時にましろの頬に涙が伝う。それは、痛みによるものなのか、負けた悔しさのせいなのか、それとも……。
すっかり明るくなった部屋のベッドで、ましろは天井を見つめていた。
「修行だ……腑抜けたオレには……修行しかねえ!」
五月も中旬に差しかかったこの日を境に、佐野ましろは姿を消した。
「佐野さん、今日もお休みだったねえ……」
「ああ」
「そう、なんですか……」
放課後。中庭のベンチに三人で座り、黄昏ていた。ましろが学校を休みだし、もう一週間が経過していた。
「それにしても……もうすぐ五月も中旬が終わるわけなんだけど……」
「一向にめくれてないな」
「はい……」
今やましろのジャミングがなければ、三太たちが活動するのはほぼ不可能と言えた。仮に間隙を縫ってめくろうとしても、今の委員会の二人には勝てないだろう。
あきらめムードが、誰ともなく漏れ出していた。
「はあ、パイパンかあ……」
「言うな」
「もしかしたら、こんなに悩む必要がなくなっていっそ清々しいかもしれま……いえ、それはないですねえ……」
はあ、と三人の極大ため息が中庭に響いた。
「ちょっと、どうしたの?」
遅れてやってきたあおいが、あきれながら聞く。
「どうしたもこうしたも……」
「佐野がいないんじゃな……」
「……はい」
お通夜状態の三太たちを見て、心底ドでかいため息があおいの口から漏れた。
「ねえ、もともと今の戦いは、三人で始めたものなんでしょう?」
「ぼくたちが始めたって言うか……」
「あのクソ女神にやらされてるんだよ」
「はい」
むう、と軍師が睨む。
「「「ひっ!」」」
野郎どもは縮み上がった。特に孝明は尋常ではない怯えっぷりだ。
「それでも、やらなければ大変なことになるんでしょう?」
三人にパイパンという言葉が、のしかかった。
「そ、そうだね」
「ああ、あおいちゃんの言う通りです」
「は、はいっ」
「だったらましろちゃんに頼らずに行動しなきゃ。ちなみに、この一週間で何人めくったの?」
「……ねえ?」
あおいの背後に、ゆらゆらと陽炎が立ち上る。
「でで、でもさ、ぼくたちの能力じゃあ、委員会の人たちに勝てないよ……」
「情けない話だが、能力のスペックに差がありすぎる」
「この間は手も足も出ませんでしたし……」
だ・か・ら! そう言って、あおいは自分を指さす。
三人はそろって『?』を提示した。
「もう! 何のために軍師がいると思ってるの?」
「あっ!」
「そそ、そう言えば……しょしょ、諸葛亮……ひいっ!」
「何か策があるんですか?」
「当然よ!」
目もくらむようなウインクを、ぱちり☆ とかましてあおいは叫んだ。
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