8 闇 VS 光……時々闇

 誰もいない放課後の教室で、山尻桃はため息をつく。そして、ゆっくりと机に突っ伏した。一日休んで登校してみれば、今までのような視線や暴言はなくなっていたが、なんだかとても居心地が悪かった。


 男子たちの腫物を扱うかのような態度。女子たちはヒソヒソするのをやめたかと思えば、無視を決め込んでいるようだった。


 でも、一番堪えていたのは孝明の事だった。


 昨日は久しぶりに電話でだったが話せた。少しうれしかったのだが、やはりあの問題が原因で気まずくなってしまった。それを引きずってしまい、結局今日も何もできていない。


「……はあ」


 もう一度、ため息をついた。と。


「あ、あの、委員長」

 後ろからかけられた声に、桃はどきりとして振り返る。

「ほ、星川さん?」

 舞奈がぎこちない笑顔で佇んでいた。

「な、何かありましたか?」

 若干驚いた表情を消し、事務的に聞く。

「う、うん……」

 頷いて肯定したが、その後が続かない。もじもじと俯くばかりだった。


(舞奈ちゃん、何やってるの? やるって決めたんでしょう?)

(そそ、そうだけど~……あ、あたしが引っ込み思案なの、知ってるでしょ~)

(あのねえ、これも魔法少女のお仕事なんだよ。そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?)

(そ、そうは言っても、いざとなると……)

(はあ、舞奈ちゃん、友達少ないわけだ……)

(言わないでっ!)


「あの、大丈夫?」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 心配そうに桃が声をかけると、舞奈は飛び上がった。

「あ、あふ、ああ、や、だだ、大丈夫です?」

 そして、ぶんぶんと両手を振って大丈夫度をアピールした。


「ふ、ふふっ……」

 その真っ赤な舞奈の顔を見て、桃はなんだか笑ってしまった。

「あ、ご、ごめんなさい。急に笑っちゃって……」

 そして、わたわたと謝罪した。

「いい、いやいや、頭をお上げください?」

 言って舞奈も何故だか頭を下げる。と、舞奈の額が桃の後頭部にこつり、とぶつかった。


「「ぷーっ」」


 二人は声をあげて笑っていた。本当に楽しそうに、もう目一杯笑った。



「はあ、はあ。で、星川さん、何?」

 目頭をハンカチで拭いながら、少し砕けた様子で聞いた。

「う、うん。あのね、よかったら……あたしと、友達になってくれないかな?」


 はにかみながら言う舞奈。


「え?」

「あのね……あたし引っ込み思案でね、その……お友達とか、あんまりいないんだけどね……委員長は、どこかあたしに似ているような感じで……」


 そこまで言って舞奈ははっとした。


「ちち、違うんだよ? 別に委員長の事、悪く言ってるんじゃなくて……ええと、その……」

 またしても真っ赤な顔を提示していた。

「大丈夫だよ。それ、当たってるから」

 桃はやさしく微笑んでいた。

「……え?」

「私みたいなのでよかったら、お友達になって下さい、星川さん」

 桃は立ち上がり、舞奈に手を差しのべた。

「う、うん。よろしくね、山尻さん」

 その手を取って、舞奈は満面の笑みを浮かべた。



 その様子を、教室後ろのドア陰から孝明が見ていた。


(よかったな、桃。星川も、ありがとう)


 すっ、とその場を離れ、歩きだす。その顔は、どこか決意のようなものを含んでいるように見えた。






 ましろの目の前で、美麗は不敵に微笑み、佳奈は能面のような表情ながら、どこか殺気のこもった視線を飛ばしていた。


「上等だ」

 ヒロインは、二人を鋭く睨みつける。

「また、思い知らせてやる……誰が、この学校の支配者なのかをっ!」

 ましろの前面に展開された小さな闇が一気に膨らむと、そのまま彼女たちを飲み込む勢いで殺到した。

「まあ、怖い」

 全く恐怖を感じていないような口ぶりで美麗は言った。そして、光の鞭シャイニング・ウィップで地面を一度ぴしりっ、と打つと、闇にそのまま鞭を絡みつかせる。


螺旋の舞スパイラル・ダンシング!」

 すぱぱっ、と闇が大根のように輪切りになった。

「あめえっ!」

 ましろの声に反応するように、輪切りになった複数の闇が美麗に飛びかかる。

「あまいのは……あなたですわよ! 光の盾イージス・シールド!!」

 その左腕に急激に光が収束したかと思うと、神々しい盾が形成された。それが、ぱあっ! と激しく輝く。


「な、なにっ!?」

 あまりのまぶしさに瞳を閉じた、が、その光に瞼を貫かれ、ましろの顔が歪む。

「で、お終いですの?」

 再び瞳を開けた時には、天使のように輝く美麗がいるだけだった。

「ぬかせ──」

「次は、こっちの番」

 ましろの言葉を遮るように、佳奈が口を開いた。

「もう、あなたの闇には、負けない」

 佳奈の前で粛々と凝縮していた闇が、一気に膨れ上がりながらましろを襲う。

「て、てめえっ!」


 さっと右腕を突き出すと、ブラックホールが……展開されなかった。


「なっ!?」

 美麗の鞭がましろの腕に巻きつき、その自由を奪ったのだ。

「おしまい」

 佳奈の闇が、するすると這い寄る。

「あちらに転がっているまぬけ面の盾でもお使いになったら?」

 会長は、ニヤニヤと言う。

「!」

 ましろの顔色が、明らかに変わった。


 にやあ、とヒロインが笑む。


「そうだなあ……」


 左腕を突き出す。ヴヴヴ、と重力が唸りを上げた。


「だが、なめるなあっ!!」


 たーん、と地面を蹴って、そのまま美麗に左腕の重力波を叩きつけた。


「なめてなどいません」

「あ?」


 ましろ渾身の一撃が、がっしりとその盾で防がれていた。


「この間の敗北……その悔しさで……そんな感情、一切捨て去りましたのっ!」


 美麗が右腕を振り上げると、ましろは鞭に引っ張られ、宙づり状態になる。


闇弾ダークネス・ボム


 そこへ、無慈悲な佳奈の声が響いた。


 あ、とましろが凍りつく暇も与えず、その身体はするりとそれに飲み込まれた。


 一瞬の静けさの後、ゆらゆらと蠢いていた闇が、爆ぜた。


 身体にばちばちと黒い電流を走らせ、ましろが地面に落ちていく。

 その表情は、前髪に隠れてしまっていて、見ることができなかった。


 そして、静かに、ゆっくりと地面にたたきつけられた身体が、びくん、と脈動し、動かなくなった。



 佐野ましろ、人生初の、敗北であった……。

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