4 どぎまぎな昼休み!?

 山尻桃が一日ぶりに登校すると、教室に微妙な空気が流れだした。


「……ぉ、ぉは……」


 元々そういったことに敏感だった桃は、挨拶を飲み込み、俯いたまま席につく。男子たちは気まずそうに彼女から目を逸らし、女子たちはそんな男子どもを睨みつけていた。


 ホントこいつら最低。気持ち悪い。スケベ……。


 ひそひそと女子たちの非難は止まらない。


「おはよ~」

 そこへ、ましろが可憐な笑みを振りまきながら教室に入ってきた。途端にクラスのほとんどの女子がその席を囲む。

「佐野さん、昨日は大変だったね」「大丈夫?」「何かあったら、私たちにも協力させて」

 等々口々にましろを気遣う。

「うん、大丈夫だよ。それよりみんな、ありがとう!」

 にっこり。

 きゃーっ! と沸き起こる歓声。ましろはにやけるのを必死にこらえているように見えたが、内心では『もっと気遣え!』と叫んでいるに違いない。


「あ~あ……あれじゃあ佐野さんが被害者じゃないか。しかも、桃ちゃん女子たちに飲み込まれちゃって、大丈夫かなあ……」

 三太は自分の席から教室前方の爆心地を見ていた。

「ねえ青っち。昨日佐野さんが言ってたのって、委員長の事?」

「ん? そ、そう……だね」

 めずらしく席についている舞奈に聞かれ、歯切れ悪く答えた。

「そっかあ……あたしもね、ちょっと嫌だったんだ」

 キュートな顔をしかめ、舞奈は続ける。

「女の子ってね、そういう視線には敏感なんだよ」

「す、すいませんでした」

 何だかいたたまれずに、三太は頭を下げた。

「ああ、青っちはそういう目で見ないじゃん? だ、だから大丈夫だよ」

 わたわたと手を振っている。


「それに、男子だけじゃなくって……女子の中にも嫉妬……みたいな目で見て、委員長のこと悪く言ってた人もいるし……」

 反射的に三太が立ち上がっていた。椅子が大きな音を立てて倒れた。一斉に教室中の視線が三太に集まる。そして、みな恐怖した。その顔は無表情なのに、圧倒的な怒りの渦が三太にまとわりついていたのだ。


 静かなる激昂を孕んだその口が、ゆっくりと開く。


「おま──」

「おはよう、三太くん!」

 が、突然目の前に現れたあおいに遮られた。目をぱちくりとさせ戸惑う三太。


「おまんじゅうがどうかした?」

 続けながら、耳もとに顔を寄せる。

(今はだめだよ。落ち着いて)

 そのささやきに、軍師の顔を見る。三太はゾッとした。めちゃくちゃ怒っているときのあおいだったのだ。


『おまんじゅうリーチっ☆ てへ!』


 不意に、でにっしゅの声が響いた。あの中の人のようなデフォルメしまくった声だ。それにつられて今度は舞奈に視線が集中する。


「え? ええっ!?」

(舞奈ちゃん、青っちくんから注意を逸らしたよ。後はがんばって!)

(な、何をどうがんばればいいのよっ!?)

(それは舞奈ちゃんが考えて!)

(やい、でに!)

(みんな注目してるよ? さ、早く早くぅ♪)


 くうぅ、と唇をかみしめながら舞奈は立ち上がった。赤面が、瞬時に思案を巡らせる。そして、可憐なくちびるが動いた。


「あ、それロンでーす。えーと、つぶあん、こしあん、白あんにうぐいすあん……スーあんこで、役満でーす……」


 沈黙。


「う、うう……うわーん!」

 耐えきれずに舞奈は逃げだした。めがねの辺りから、げらげらと笑い声を響かせて。



「と、とにかくみんな、ありがとう! さあ、もうすぐ授業だよ、席につこう?」

 ましろが取り繕うように言うと、女子たちは素直に自分たちの席に戻っていく。


(あおい、よく制してくれたな。魔女っ子も……ぷっ! だが青は、この後説教だ……)

 みんなに気づかれないように三太を睨むましろであった。


 そして、始業チャイムが鳴るギリギリに戻ってきた舞奈はどこかげっそりとしていて、さらに、どこからともなくえぐえぐとしゃくりあげる声が響いてきていて、誰も声をかけられなかった……。




 昼休み。

 三太は舞奈がどこかへ行ってしまう前に声をかけた。

「あ、星川さん、さっきはありがとう」

「い、言わないで……」

 机に突っ伏して、ぐったりとする。

「あそこで止めてもらわなかったら、みんなに怒鳴ってたよ……そしたら、桃ちゃんの立場がますます……」

 三太は顔を曇らせた。

「あ、あたしじゃなくて、お礼はあおいちゃんに言ってよ」

 照れる舞奈。

「それにしても、四あんこかあ。よく考えついたね……って、いだっ!?」

 おもむろに、三太の頭を殴る舞奈。

「青っちだからって、容赦しないんだからね!」

『なーにが容赦しないんだからね! だよ。こつん、とか殴った内に入りませーん』

 でにっしゅが声をひそめて言った。

「なな、なによう、何か文句でもあるの、でにっしゅ?」

 舞奈も声を落とす。

『ありますうっ! ボクには容赦せずに、またおトイレの水に……中の水にいぃ……びえーん!』

「今度はついてないでしょう?」

『あの恐怖感は、舞奈ちゃんにはわからないんだーっ!』

「もう、わかったから泣きやんでよ~。赤身でいい?」

『うむ、結構!』

 話がまとまった? ところで、三太が話を変える。

「よかったらお昼、一緒に食べない?」


 その提案に、ん? となる舞奈。呆然としたような彼女には、教室の喧騒が遠くから聞こえているようだった。


 そして、言われるがままに教室を出る二人と一匹。


「ええっ!?」


 中庭のあのベンチに二人で座る。


「ええっ!?」


 舞奈はまだ目を白黒とさせていた。


「じゃあ、食べようか。あ、星川さんもお弁当なんだね」

 弁当のふたを開けつつ三太は舞奈の手元を見た。

「ううう、うん? お弁当?」

 ぎぎぎ、とふたを開ける舞奈。と、ぽん、とめがねが黒猫に変化して、二人の間に陣取った。


『ふっふっふー! 今日は二人前。選び放題だね!』


 言うが早いか、でにっしゅは舞奈の弁当箱から焼き鮭をかすめ取り、ほおばった。

『むむお、んまいー』

 恍惚とする黒猫。そこではっとして身構えた。が……。

『あれ? 拳が飛んでこない、だと?』

 舞奈を見れば、何だかもじもじしていて、いつもの勢いがなかった。

『では、遠慮なく』

 ひょいぱくひょいぱく! 次々と弁当の中身を口にする。

「でにっしゅさん、すごい食欲だね!」

『めがねに変化してるとね、すっごく魔力を使うんだよ』

 あむあむ、と夢中である。

「へー、大変なんですね」

『そ、大変なの』

 今度は三太の弁当に、ロックオン。

「あ、いいですけど、これは星川さんに!」

 ひょい、とからあげを箸でつかむと、舞奈の口もとに運んだ。



「……え?」

「ん?」

「……は?」

『はい、あーん』



 一瞬、素の表情を見せた舞奈が、光の速さでベンチの端に逃げた。


「ななな、なにををっ!?」

『こんなチャンス、もう一生ないかもよ? 素直に食べれば?』

 でにっしゅと三太を交互に見る。

 黒猫はにまにま、三太は笑顔。


「はい、母さんのからあげ、おいしいんだよ!」

 目の前のからあげをじっと見る。まだ、戸惑いが拭えない。

「今日のお礼だから、ね?」


 ゆっくりと三太を見つめると、決意したかのように瞳をぎゅぎゅっと閉じた。


「い、いただきます……」

 ふるふると震えながら、小さくぱくり、と一口。


「~~~~~~~~っ!?」


 真っ赤な顔から声にならない悲鳴が上がった。

「ね、おいしいでしょう?」

 にこにこと三太。

(いや、からあげの事じゃないよ?)

 黒猫は心の中で突っ込んだ。

『ねえ青っちくん。舞奈ちゃんのおべんと箱に入れてあげればよかったんじゃない?』

 そして、ド正論を叩きつける。

「あ、確かに! さすがでにっしゅさん!」

 はい、と舞奈の弁当箱に、その食べかけのからあげを置いた。


 すーん、と舞奈。そして、でにっしゅのおしりをつねりあげるのだった。

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