2 悪夢は続く……

 跳ね上げられたスカートが、ふわさっ、と元に戻った。美麗は何が起こったのか理解できずに固まっている。周りにいた他の児童たちも、大変なことが起きたと顔面蒼白だった。


「きき、貴様あっ!」

 最初にその呪縛から忍が逃れた。顔を真っ赤にして怒り、孝明の胸ぐらを掴む。

「なんてことをしてくれたんだあっ!」

 そして、怒鳴りながら模造刀の柄で孝明を殴打しようとした。

「や、やめてよっ!」

 すごい勢いで駆けてきた三太が、その腕にしがみつく。

「き、貴様も殴られたいのかっ?」

「わ、悪いのは、あの二人なんだからさっ!」

 忍の腕にすがりつきながら二人を指さす。が、そこにはすでに彼らはいなかった。桃だけが、ガタガタと震えていた。

「女子一人しか、いないんだが?」

「あ、あれ?」



「先生、こっちです!」

 そこへ、爆発に驚いて集まってきていた教師たちをこちらへ導きながら走ってくるあの二人の姿があった。


「あいつが花村さんのスカートをめくったんです」

「そしたら、操神さんがキレちゃって、爆発が起こりましたっ!」

 ニヤニヤとしながら、孝明に都合の悪いところだけを切り取って説明していた。


「本当なのか、君?」

 教師の一人が孝明に問い詰める。

「ち、違う! 違うよ先生!」

 忍の腕を離して三太が叫ぶ。

「君には聞いてないんだよ」

 表面上はやさしい口調だったが、黙れ、と言っているのと同じだった。

「……」

 幼い三太でも、その意味はわかった。


「君が、花村さんのスカートをめくったんだね?」

 三太は泣きそうな顔で、孝明を見る。

「どうなんだい?」

 孝明の視線は、桃を捉えていた。その背後には、あの二人が『自白しろ。じゃなきゃこいつの事……』といった顔で立っていた。


 ふつふつと怒りが沸き上がってくる。間違ったことを、卑怯なことをする人間に。そして、それに対して何もできない自分の弱さに。


「……はい。俺が……スカートをめくりました」

 すべての感情を押し殺して、孝明は静かに言った。今の自分では、桃を守るためにはこうするしかない、そう思ったのだろう。

「君、クラスと名前を教えてくれるかな?」

「一年三組の、藤代孝明です」

「はい。じゃあ、職員室にきてもらうよ」


 孝明のまわりを、教師たちがぐるりと囲み、静かに歩きだす。


 呆然と立ち尽くす三太。

 泣き崩れる桃。

 あの二人は、イェーイ! とハイタッチしていた。


 一方、忍のもとには、どこからともなく現れた五人のSPが集まっていた。その黒ずくめのいでたちは、校舎内ではかなり異様で浮いていた。


「忍、これはどういうことだ?」

 人目もはばからずにそのうちの一人が忍を張り倒した。

「も、申しわけございません」

操神あやがみ家の名折れめ。相応な処分が下ると覚悟しておけ」

「……はっ」

 片膝立ちでかしこまり、言って唇をかみしめた。




 美麗は、湧き上がる得体のしれない感情に震えていた。


 スカートめくり。その衝撃は、花村美麗を完全に貫いていたのだ。


(なに? 何なの? どうしてみんな、感情剥きだしなのかしら? それに、わたくしまで高揚している?)


 ぐるりと見渡せば、児童が、教師が、普段は冷静沈着なSPまでもが、感情をあらわにしていた。そして、自分さえも……。


(も、もしかしてこれは、わたくしが原因……わたくしのが原因なのかしら!?)

 紅潮する顔を押さえつつ、ときめくような胸の高鳴りの正体を探る。

(そ、それしか考えられませんわ)

 一人得心の表情で、連れていかれる孝明の背中を見た。


「美麗様、我々も職員室に向かいます。ご足労願えますでしょうか?」

「ええ、参りましょう」


 美麗は大きな赤いリボンで結わえられたポニーテールを揺らし、華麗に歩を進める。五つの黒い塊が影のように付き従い、その赤を際立たせていた。





 翌日。

 抜け殻のような孝明が登校すると、そこには地獄が広がっていた。児童たちの白い目。ひそひそといわれる悪口。中には堂々と物理的に来る上級生もいた。


 自分の教室にいても、気は休まらない。担任ですら、花村の権力に恐れをなしたのか露骨に孝明を責めた。


「孝明、遊ぼうよ」

 三太がみどりとあおい、桃を連れて席にやってきた。

「……俺にかまうな。おまえたちも……」

「ふん、そんなの平気よ」

「三太くんから聞いた話だと、孝明くん悪くないよ」

 中谷姉妹が、口を揃える。

「わたしがその場所にいたら、そんなヤツぶっ飛ばしてたわ!」

「み、みどりならやりそうだね……あ、痛っ!」

 ぶるぶると震えている三太の耳を、みどりが引っ張る。

「わたしなら、ってどういう意味よ?」

「お、お姉ちゃん! 三太くんの耳が取れちゃうでしょう?」

 周りの目も気にせずに、三人はきゃいきゃいと言い合っていた。


「……た、孝ちゃん、あの……」

 桃がすまなそうに声をかけてきた。

「おう、大丈夫だったか?」

 何でもないように、いつも通りを装っていた。

「……あ」

 でも、桃にはわかってしまった。やつれている顔。泣きはらしたような赤い瞳。

「ごめんなさい、私のせいで」

 頭を思い切り下げ、駆け出す。

「あ、桃っ!」


 その声を振り払い、桃は自分のクラスに戻ると、ランドセルを背負って逃げ出した。


(私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ)

 溢れ出る涙を拭おうともせずに、全力で走った。


(もう、孝ちゃんにあわせる顔がない……一緒にいられない)


「え? 一緒に……いられない……」


 絶望に、足が止まっていく。


「そんなの……」


 そして完全に、足が止まった。


「そんなのいやあっ!」


 細い道路の真ん中で、桃は慟哭し、崩れ落ちた。



「はあ、はあ……また……あの夢だ……」

 机から顔を起こして呆然とする桃。溢れ出た涙は、一向に乾かない。


 今日も、長い夜が、続く。





 ※補足

 小学生の時のクラスは──

 あおい、桃が一年一組。

 三太、孝明、みどりが一年三組です。

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