5月編 第2章

1 微睡みと思い出と……

『新入生のみなさん、入学おめでとう』

 壇上の少し太った髪の薄い校長先生が、祝辞を述べた。周りを見れば、ガチガチに緊張した幼い顔が、そこここにある。

『今日からみなさんは一年生です。友達をたくさん作って、勉強にスポーツにがんばりましょう』

 後方にいる父兄が、様々な機器で写真、動画を撮っていた。

『ですが、一番大切なのは遊ぶことです。友達と思い切り遊んでください』

 その言葉に、顔をこわばらせていた新入生たちの瞳が、きらきらと輝きだす。誰もが希望に満ち溢れ、これから始まる小学校での生活に、思いを馳せていた。



「はい、じゃあみんな並んで~」

 校門に掲げられている『入学式』の立て看板を背に、五人の子供が並んでいた。左から、あおい、三太、みどり、桃、孝明だ。みな制服に着られているようで、初々しかった。大きなランドセルが、どこか微笑ましかった。


「はい、こっちに注~目!」


 三太の母が、デジタル一眼レフカメラを構える。おすましの女子三人に、なぜか変顔をする三太。孝明は、正義感にあふれる瞳でカメラを見ていた。


「こら、三太! そんな顔しても面白くないよ……ぷっ」

 しっかりとウケてしまう三太の母、春香はるかであった。


「もう! そんな変な顔しないでよ」

 みどりが三太の頬をつねりあげる。

「痛い痛いよ~、やめてよみどりっ!」

「そうだよお姉ちゃん、やめて!」

 あおいが三太をかばい、右腕をつかむと自分の方へ引っ張った。

「あおいは三太に甘すぎるの!」

「お姉ちゃんは厳しすぎるの!」

 むうー、と睨み合う姉妹。


「はっはっは、モテモテだな、三太くんは」

「なんかすいません、中谷さん」

 みどりたちの父、明夫あきおに頭を下げる三太の父、はじめ


 と、姉妹から声が上がる。


「お父さん、わ、わたしは三太の事なんか……」

「わ、わたしは……」


 赤面で否定するみどり。あおいは俯いて、もじもじしていた。


「じゃあ、そういうことにしておこう」

 明夫の言葉に、三家族の大人たちが暖かい微笑みを漏らした。


「は、春香さん……は、早く撮ってよ……か、顔があ……」

 決め顔のまま待っていた孝明が、限界を迎え変顔になっていた。

「うわ! さすが孝明!」

 三太も負けじと変顔で応戦。

「もう、それやめてって言ってるでしょ!」

「いいじゃない、お姉ちゃん」


「……う、う、ひっく」

 わちゃわちゃと揉めだす様を見て、おどおどしていた桃が、不意に泣きだした。



「今のは三太が悪い」

 つり気味の顔面を押さえながら孝明。

「え? あ……うん。ごめんね、桃ちゃん」

「わたしたちも悪かったね。ごめん、桃」

「桃ちゃんごめんなさい」

 三人は、素直に頭を下げた。


「あ~、桃。大丈夫だから、もう泣くな」

 若干頬を染めた孝明が、少しそっけなく言う。

「……う、うん」

 涙をハンカチで拭い、頷いた。


「は~い! じゃあみんな、最高の笑顔を頂戴ねっ!」


 ぱしゃり!


 五人がぎゅっと固まって、弾けんばかりの笑顔が咲き乱れていた。




 机の上のフォトフレームを見ながら、桃は微笑んでいた。

「この頃に……戻りたいなあ」


 そのまま机に突っ伏していると、いつの間にか微睡んでいた。





「おい、こいつぶつかったくせに、謝らないぞ?」

「え~、いけないんだ~」

「あ、あの……」


 入学して一週間が経った頃、桃は二年生の男子に廊下でぶつかり、責められていた。謝りたい気持ちはあったのだが、元来の気の弱さから口ごもるばかりだった。


「おい、何とか言えよ! いじめちゃうからな?」

「そうだそうだ」

 どこで覚えたのだろうか、チンピラのように桃に絡む上級生たち。


 そこへ。


「やい、桃ちゃんに何してる!」

 三太がいきなり上級生に飛びついた。

「この一年坊主がっ! 何すんだよっ!!」

 しかし体格差がありすぎて、あっさりと投げ飛ばされる。

「こいつがぶつかってきたのに、謝んねえのが悪いんだろう?」

 言いながら、転がっている三太を蹴りに行く。


 ドスッ、と鈍い音が廊下に響いた。


「た、孝明?」

 三太を庇った孝明の左足に、蹴りがめりこむ。

「あ、あの、俺が謝りますから、こいつらの事、許してください」

 顔をゆがめながら、頭を下げた。

「はあ? 何おまえ? 関係ねーだろ?」

 無抵抗の後頭部が、そのまま叩かれた。それでも孝明は、頭を下げ続けた。

「なあ、こいつらちょっと生意気だよな」

「ず~っといじめてやろうか? ん? あっ!」


 二年の一人が、遠巻きに見ていた花村美麗を見つけ、悪巧みを思いついたようだ。


「なあ、ごにょごにょごにょ……」

「はははっ! いいな、それっ!」

 二人は、下劣な笑みを孝明に向けた。


「おまえさあ、あいつのスカートめくったら、許してやるよ」

 既に神々しさを漂わせている美麗を指さす。

「え!?」

 曲がったことが許せない孝明が、青ざめた。

「どうすんの? やるの? やらないの?」

 蹴りを入れたヤツが三太を、もう一人が桃を殴ろうとしていた。


「……」

 うっすらと眉間にしわを寄せ、美麗を見据える。

「ごめんなさい」

 言うと一気に駆け出した。

「うわ、やべえぞやべえぞ!」

「あいつ、終わった!」

 上級生が、茶化すように笑っていた。



 ぐんぐん美麗に迫る孝明。不思議そうにそのさまを見ている彼女。

「お嬢様、お下がりください」

 突然、同い年くらいの女の子が、美麗の前に立ちはだかった。そして、抜刀する!?

しのぶ、校内で抜刀は、いただけませんね?」

「大丈夫ですお嬢様、模造刀ですから!」

 孝明に切っ先を向けつつ、答えていた。


「え?」

 一瞬ひるんだが、友を助けたい思いが孝明を突き動かす。

「ごめんなさいっ! スカート、めくらせてもらいますっ!」

 そして、言わなくていいことまで、叫んでいた。

「な!? 無礼者っ! 我が刀の錆となれいっ!」


 構わず突っ込む孝明。


操神あやがみ流活殺剣 『飛翔裂波ひしょうれっぱ 』!」


 とんでもない速さで刀を横になぐ。その一太刀から発生した衝撃波が、孝明を襲った。


「ええっ!?」

 ただただ唖然。しかし、止まることはできない。

 咄嗟に真横に飛び、小一とは思えない体さばきでその斬撃をかわして見せた。


「は?」

 今度は忍のぽかん顔である。

 今まで大人でさえ、その一太刀をかわせるものは少なかった。それが、年下の小童に難なくかわされたのだ。驚愕に、体が固まる。そして、一瞬訪れた静寂の後、廊下のはるか後方で、どがーん、とそれが爆ぜていた。


「あ……」


 やってしまった、そんな顔でうろたえた様子の彼女の横を、をするりと駆け抜ける孝明。忍は目だけでその動きを追った。


 スローモーションのように孝明の右手が伸びていき、お嬢様のスカートが軽やかに跳ね上げられた。


 美麗が人生初のスカートめくりをされた時のそれは、小学生らしい魔法少女のプリントがある、白だった。

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