7 桃と孝明。

 茜色に染まる住宅街を、孝明は歩いていた。久しぶりに足を踏み入れたそこは、幼い頃からそれほど変わっていないようで、懐かしさと共に郷愁じみた感覚が沸き上がってきた。


「……あ、三太が大泣きした公園」


 犬に追いかけられて号泣している三太と、慰めるみどり、あおい、桃、そして自分が、目の前にありありと蘇ってきた。


「あいつ、女子たちをかばって自分から犬に突っ込んでいきやがって……へ、変わんねえよな」


 なぜか、満面の笑みで手を振っている幼い三太が、思い浮かんだ。


「……っと、感傷に浸るほど、年取ってねえっての」

 目頭を押さえつつ、歩みを再開した。


 さらに五分ほど歩き、一軒のごく普通の住宅の前に立つ。スマホを取りだした孝明は、SNSで桃にメッセージを送った。


            大丈夫か?


 少しして、返信がある。


 うん、大丈夫だよ。


            今、おまえんちの前。


 え?


 二階の一部屋のカーテンが申しわけ程度に開けられ、桃の顔がひょっこりと現れた。と、孝明のスマホが震える。一瞬戸惑いの色がその顔に浮かんだが、ゆっくりと応答した。


「もしもし」

『……どうしたの?』

 桃のほうが戸惑っているよな、そんな声だった。


「いや、おまえ、今日休んだだろう? 昨日のあれが……原因、だよな?」

『……ごめんね。また孝ちゃんを、巻き込んじゃった……』

「だから、それはいいんだよ。あの時だって昨日だって、桃のほうがつらかっただろう?」


 孝明は、大きく身振り手振りでも訴える。


『でも……結果的に孝ちゃんだけがあんなに傷ついて……孝ちゃんがまたおんなじ目にあったら、私……』

「大丈夫だ。三太もいる。新しい仲間もできた。それに、すす、スカートめくりに対して、少し恐怖心が和らいだんだぞ」

『そう、なんだ』

「ああ、だからもう、桃が気にすることなんて何もないんだよ」

『……それでも……今、孝ちゃんがこうなってるのは、私のせいだから』

「桃……」

『また孝ちゃんに助けてもらう資格なんて……私にはないんだよ……』

「……」


 拒絶するような言葉に、孝明は苦悩する。


『今日はありがとね、孝ちゃん。明日は学校行くからね』

 見抜けるような作り笑いでそう言うと、桃は電話を切った。


 耳に当てているスマホから、無機質な、ただ硬いだけの感触が伝わってくる。


 小学生の時に起こったあのことは、どこまで俺たちを苦しめるのか? 孝明は、無力感でいっぱいだった。


 そして。


「……俺は、どうしたらいい?」


 やり場のない怒りに、孝明の肩が大きく震えていた。

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