6 三度目の全校集会。

 翌日の放課後。全校生徒は、また校庭に集められていた。美麗は時間をたっぷりと使い、詰めていくつもりのようだ。

『みなさん、今回もお集まりいただき、ありがとうございます』

 ポニーテールを揺らしながら、ちびっこが頭を下げる。もちろん生徒たちは、びくつきながら固唾をのんでいた。

『わたくしたちがパンチラの統制を始めて、間もなく一ヶ月となります』

 今度はどんなとんでもないことを言い始めるのか? 不安な眼差しが、お立ち台上の美麗に集まる。


『少々イレギュラーなこともありましたが……』

 群衆の中にいる三太たち三人を目ざとく見つけ、鋭く睨めつけた。

『まあ、大筋では成功を収めております』


(ねえ孝明、今日は何の話なんだろうね?)

(さあな。でも、まあ、ろくなもんじゃあないだろう)

(しかし、佐野さんはどうして自分たちにも来い、とか言ったんでしょう? あんな所にいますし……)

 三人は、会長の後ろにいるましろを怪訝そうに見た。


『しかし、ここにきて大変な問題が浮上しました』

 マイク越しの声が、怒りに震えているようだった。

『これは、わたくしたち統制委員会のアイデンティティを、大きく揺るがすものなのです!』


 叫んだ美麗が、すーはー、と息を整える。


『この件につきまして、佐野ましろさんからまずはご報告いただきます』


 生徒たち全員が気になっていたましろにマイクが渡された。すっ、と会長と立ち位置を変える。その動き一つにも一切の無駄がなかった。完璧なヒロインの所作だった。そして、流れるように一礼すると、眩しいヒロインスマイルが炸裂した。


 おおぉっ、と男子女子問わずため息が漏れた。


『みなさんこんにちは。佐野ましろです』

 一部の男子たちが、うおーっ! と叫ぶが、すぐに周りの女子たちから、るさいっ! と鎮圧される。

『……今回は、とっても残念なお知らせがあります』


 ましろの顔が、瞬時に曇った。その瞳が、潤みだしていた。たまらずにざわつく生徒たち。


『昨日の事なのですが、わたしのクラスメイトにとっても酷い事が起きました。心無い視線が、言葉が、彼女を蹂躙したのです』


 ましろが、わっ、と顔を抑える。


 途端に群衆から、誰だそいつはっ! 吊るせっ! 最低っ! と怒号が飛び交った。


 顔を覆った手のすきまからその様子を見て、ましろがほくそ笑む。三太たちはその顔に気づいてしまい、苦笑いするしかなかった。が、同時に、桃のことを何とかしようとしているましろを、少し見直したようだった。


『うっうっ、ごめんなさい……泣かないって……決めてたのに……う、ううっ』


 さらにヒートアップする生徒たち。ヒロインのテンションも爆上がりだ。


『わたしは、その人たちを許せないっ! ひどいっ! あんまりですっ! 同じ女性として、絶対に許したくないっ!』


 当事者の男子二人は、青ざめた表情でガタガタと震えている。


『びえ~ん、で、でも……ひっく……わたしは……許します……悪いのは、その劣情なのですから……』


 聖女のような眼差しのましろ。その後光のきらめきに、全生徒がありがたや~、と拝んだのは言うまでもない。


 その場を散々煽ったましろは、ハンカチで目元をぬぐいつつ、美麗にマイクを返し、元の位置に戻った。


『……佐野ましろさんが許しても、パンチラ統制委員会は許しませんっ!』


 美麗の全身から、光が溢れ出していた。見れば、ましろの横にいる佳奈からは、どす黒い闇が滴っていた。


 あ、やべ、と全校生徒が息をのむ。


『男性が女性の事を目で追うのは本能ですから、仕方ないのでしょう。ただ……』


 ぎろり。


 男子たちが震えあがった。


『言葉で攻撃するのは、いただけませんわね?』

 は、卒倒しそうだった。

『この問題をこのまま放置していたら、女子たちが女子らしい格好、つまりスカートをはけなくなってしまいます。それは、パンチラの絶滅を意味しますっ!』


 ん? と生徒たち。


 途中までは高得点だったのに、と三太たちも顔をしかめた。


『これは、統制委員会への宣戦布告と捉えました。よって、本日只今より……異性に対する行き過ぎた言動も、処罰の対象と致します。パンチラを守り、さらに統制するために、ご協力よろしくお願いいたします』


 静寂。


『あ、見えっこない、聞こえっこない、はございませんから。わたくしたちの能力、何でもありですので』


 なぜか佳奈がまな板にキュウリを載せて美麗の前に差しだした。右手人差し指に集めた光が収束し、包丁の体をなす。


『例えば、こういった罰も……ございますのよ?』


 たーん、とキュウリがぶった切られる。

 男子生徒たちが、一斉に自分の股間を押さえた。


『それでは本日はここまでといたします。みなさん、ご清聴ありがとうございました。ごきげんよう』


 壇上の三人は軽く会釈すると、静々と退場していく。


 残された生徒たちは、しばらくの間、動けなかった。




 三太たちは、中庭に移動していた。


「でも、桃ちゃんがいなくてよかったね」

 今日桃は、久しぶりに学校を休んでいた。

「ああ、そうだな。あんなの桃には、地獄だ」

「それにしても、委員会に加えて佐野さんが訴えたのは、よかったんじゃないですか?」

「うん、そうだね。佐野さんの言葉は、かなりの抑止力になると思うよ」

「キュウリの演出も、効果大だったな……」


 三人は自分の股間を押さえつつ、再度震えあがった。


「やっぱり強敵だね」

「あ、ああ」

「じ、自分たちにとっては地獄ですよ」

 ははは、と力なく笑う。


「ところで、孝明は行くんでしょ?」

「は? どこへ?」

「桃ちゃんのお見舞い」

「い、いかねえよ」

「お話を聞いた限りでは、行った方がよいのでは……」

「いいんだよ」

 落ち着かない様子で孝明がベンチから立ち上がった。


「今日はもう帰るわ」

 そのまま二人を置き去りにして歩き出す。


「もう、素直じゃないんだから」

「藤代さんらしいですね」


 二人は、肩をすくめてその背中を見つめていた。

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