5 ましろ、委員会に協力を仰ぐ。

 保健室に運び込まれた男子生徒たちが目を覚ました。彼らは孝明の見事な能力操作のおかげでほぼ無傷だった。


「……な、何が起きたんだ?」

「や、焼け死ぬかと思った……」


 呆然としている二人に、三太が声をかける。

「キミたちさあ、『桃尻山』って、なにかな?」


 にっこり。


「げ、青山……」

 二人はおびえた表情を見せた。

「力士のしこ名にしては、何だか色っぽいねえ?」

 ばきばきと、指を鳴らす。

「い、いや違うんだ……」

「何がどう違うのさ?」

「お、おまえだって山尻の事、そういう目で見てるんだろう?」

「は? 誰が誰をそういう目で見てるって?」


 ここには、羅刹がいた。


「桃ちゃんは、ぼくたちの幼なじみだよ?」

「「ひっ!」」

 鋭い眼光に、悲鳴が漏れる。

「あの~、横やりですいませんが、あなたたちは坂崎南中の青山、藤代コンビって知ってます?」

 康司が、今にも殴りそうな三太を止めつつ言った。

「自分は最近知ったんですが、相当やばかったらしいですね?」

「……知ってるさ……だから……」

「怯えている、と?」

 こくこく、と頷く二人。

「だったらそんな言い訳してないで謝ったほうがいいですよ。青山さんもヤバイですが、藤代さんは本当に超絶ヤバイですからね……自分もついこの間、ひどい目にあいました……」


 若干頬を染め、瞳を潤ませる康司。演技ではないリアルが、滲み出ていた。


「あああ、青山、いや青山さん! すす、すいませんでしたあっ!」

「藤代さんには藤代さんにだけは……どうかご勘弁をおおおっ!」

 怯えきった野郎が二人、ベッドの上で土下座していた。

「青山さん、こう言ってますし、許してあげませんか? 藤代さんの言う通りで、その山尻さんという方が、悲しむだけだと自分も思います」


 出会った頃からは想像できない康司の発言に、三太は拳を収めた。


「山瀬くんがそこまで言うなら、わかったよ。でも」

 土下座の二人を再び睨む。

「もしもまた、ぼくの知り合いにふざけたことしたら、ただじゃおかないからね?」

「「はいいいっ! 承知いたしましたああっ!」」


 二人は逃げるように保健室から出ていった。


「山瀬くん、ありがとね。もう少しでぶん殴ってるとこだったよ」

「いえ、青山さんに離脱されて、パイパンになる方がシャレになりませんから」

「そ、そうだね。今後は気をつけるよ」

「はい。何かあったら物理じゃなくて、能力でいきましょう」

「恋ちゃん、ゆるしてくれるかなあ?」

「今度、聞いてみましょう」

「まあ、ぼくの能力は、男子相手じゃ厳しいんだけどね……」


 自虐的に微笑むと、二人で帰路についた。




 帰宅時間もすっかり過ぎ、月明かりが柔らかく降り注ぐB棟屋上に、人影があった。パンチラ統制委員会の委員会室に続くドアの前で、それは佇んでいた。と、ガチャリ、とそのドアがおもむろに開かれ、中から女子生徒が二人、疲れた様子で現れた。


「あら? 誰かと思えば、佐野ましろさんではないですか?」

 美麗が怪訝な瞳を向ける。

「また、やるの?」

 佳奈は素早く身構えた。

「いや、今日はやる気はねえ」

 両手を上げて、戦う意思のないことを示した。

「では……?」

 会長は、半信半疑でましろの顔を見つめる。

「ちょっと相談……って言うか、協力してほしいことがあるんだが、いいか?」

 その真剣な眼差しに、美麗は答える。

「……ふむ。いいでしょう。さあ、中に入って下さい」

「え、会長、いいの?」

「よいのです。あ、相馬さん、お茶とお茶菓子をご用意してくださる?」

「わかった」

 二人はましろを委員会室に招き入れた。



「で、どのようなお話なのですか?」

 優雅にミルクティーを飲みながら、美麗が尋ねる。

「ん? ああ、じつはな……」


 え? ミルクティーのお茶請けが、まんじゅう? と戸惑いつつ、ましろは口を開いた。


「おまえら統制委員会は、女子が性的な視線にさらされ、言葉でなぶられるような事案については、どう思う?」

「? パンチラ関係なく、ということですか?」

「そうだ。ちょっと今、俺のクラスで厄介なことが起きててな」


 甘い×甘い、で口が甘々になり、顔をしかめるましろ。


「厄介、ですか……」

「ある一人の女子がな、ボインボインのグラマーさんなんだよ」

「「……」」


 美麗と佳奈が自分の胸に目をやり、死んだ魚のような目になっていた。


「い、いや、会長はよ、まだ子供? じゃねえか? それに副会長も、何だかセクシャルな事は嫌いそうだが……お、落ち込むなよ……」


「わたくし、あなたの年上ですが……」

「それとこれとは話が違う」

 言って、美麗はずずずーっ、とミルクティーをあおり、佳奈はばくばくとまんじゅうを食べた。


「な、なんかすまん……」

 ましろの胸元に、厳しい視線が注がれていた。その胸を両手で隠しながら、軌道修正をする。

「ま、まあ、オレもなかなかなボインだが、そいつのボインは半端ねえ」


 いや、修正していなかった。二人はまんじゅうを投げつけそうだった。


「あ、や、自慢じゃねえ、ほんとにすまん」

 ましろが、しょんぼりしている。それが委員会の二人にはなぜだかおかしくなったようで、笑みがこぼれていた。

「あなたでもしおらしくすることがあるのですね」

「なんか、かわいい」

「うう、うるせえよっ!」

 顔を真っ赤にしてましろが吠える。


「それで、わたくしたちは、何をすればよろしいのかしら?」

 美麗の言葉に、佳奈も頷いていた。

「すまねえ。じつはその女子がよ、クラス中、いや、下手したら学校中の野郎どもからいやらしい視線を向けられていてな」


 佳奈の顔色が、あきらかに変わった。能面が、さらに能面になっていた。


「会長、る?」

「まあまあ、落ち着いて」

 佳奈をなだめながら、美麗が続ける。

「男性というものは、少なからず魅力的な女性を目で追うもの。特に胸などは、本能的に追うようですが」

「ああ、オレもそれには困ってる。まあ、オレの場合は女王だからよ、ヤツら何も出来ねえんだが、それ以外の女子となると」

「被害を被る、と?」

 首肯するましろ。

「特におとなしい女子は、格好の的だな」

 ふむ、と美麗が考え込む。


「わかりました。パンチラを統制しようにも、その持ち主の女性が、女性らしくできないのでは、統制以前の問題ですね。その原因が男性にあるというのならば、わたくしたちの敵。明日にでも全校集会を開催いたしましょう」

「オレも立ち会っていいか?」

「よろしいですが……それほど一生懸命なのは、なぜですの?」

「そ、それはだな、オレがこの学校の支配者で、その下僕が困っていたら、助けるもんだろう?」

 どこか焦りながらましろは言った。

「支配者、というのは気に入りませんが、まあよいでしょう……はて? わたくしのラブ・レーダーが、うっすらと反応を……」

「とにかくだ、明日は頼むぜ」

「わかりましたが、あなたが直接言ってもよろしいのでは?」

「いや、女王と暴君がそろい踏みした方が、おもしれえだろう?」

 総毛だつような笑みに、美麗も同等な笑みを返す。


(けっ、つくづくオレも、おせっかい野郎だぜ……)


 ましろはミルクティーを一気に飲み干した。

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