3 パンチラ統制委員会、再始動!

 ゴールデンウィーク中に、坂崎高校では大規模な工事が二つ行われた。一つは、学校のありとあらゆる場所に監視カメラが設置された。これらは巧妙に死角に配置されていて、その存在はまず認識されないだろう。そして、もう一つは学校敷地の地下に、広大な特訓場が造られたのだ。


 連休明け初日の放課後。パンチラ統制委員会会長花村美麗と副会長相馬佳奈は、委員会室から伸びる特訓場への直通エレベーターの中にいた。


「ふふ、流石はお父様。委員会室の時もそうでしたが、お仕事が早くて助かります」

「会長の家、お金持ち?」

「まあ、それなりですが、相馬さんはフラワーヴィレッジという総合商社をご存じかしら?」

「あ、知ってる。色々手広くやってる」

「そう。わたくしの父がトップで親族経営している会社ですの。まあ、今は大っぴらには言えないですが、いわゆる財閥というやつです」

「花村財閥?」

「そうです。花村財閥は、解体されてはいないのです。ですが、このお話は公共の場ではNGですわよ?」

「わかった」


 佳奈がこくりと頷くと同時に、ぽーん、とエレベーターが目的地に到着したことを告げた。滑らかにそのドアが開くと、そこには地上と見まがうばかりの空間が広がっていた。


「わー、広い」

 佳奈が感嘆? の声を上げる。そのはずだ。坂崎高校の敷地の広さ、が地下五百メートルのところに存在しているのだから。

「お父様、やりすぎですわ」

 うれしそうに美麗はつぶやき、天井からの眩い照明光に目を細める。もっとも、その天井自体は二百メートルほど上にあるので、目視することは難しいのだが。


「さあ、相馬さん。特訓開始ですわ!」

「おー」


 校舎を思わせる遮蔽物が乱立する中、二人は相対する。


「相馬さん、わたくしたちは……敗北しました」

「……」

「しかし、負けたのは、あの佐野ましろただ一人にです」

 美麗の瞳が、静かに燃えていた。

「藤代孝明、山瀬康司は撃破しました。青山三太は……予想外でしたが、まあ取るに足らないでしょう」

 佳奈の表情が、微かにこわばる。

「佐野ましろさえ押さえ込めれば、もう二度とスカートめくりなど出来ないでしょう」

「会長、新しいSクラスの助っ人は?」

「中谷あおい、でしたか……女神さまも彼女には能力がない、と仰っていましたので、その点は問題ないでしょう。ただ……諸葛亮と言われていた事が、伊達では無ければ要注意ですね」

「張飛は?」


 そこで美麗が、ぷーっ、と噴き出す。そして笑いをかみ殺しながら続けた。


「あ、あのお馬鹿さんにはお似合いなあだ名ですわね」

「あんなに美人さんなのに、かわいそう」

「相馬さん、同情は不要です。わたくしたちの高尚な理念がわからないような輩は、知力の低い張飛がお似合いです」

「とすると、武力は高いから、要注意?」

「いいえ。彼女も能力は持っていません。それに、非協力的に見えますから、スルーで大丈夫でしょう」

「星川さんは?」

 そう言って、佳奈はしょんぼりとした。美麗もどこか複雑な表情をしている。

「……腹話術、楽しかった……」

「あの時はああは言いましたが、今なら星川さんの考えも、少しは理解できます……魔法少女は、様々な困難を乗り越えて成長するもの。今は袂を分かっていますが、いずれまた共闘できることを祈りましょう」

「……うん」

 二人の願望のこもった声が、優しく響いていた。

「ところで、本日転入してきたもう一人の2-Sの女子ですが……」

「はちゃめちゃだった」

「ええ。能力が高そうでしたのでお仲間に、と思ったのですが、あれではまるで小学生ではないですか……」


 小学生な見た目の美麗が、小学生と比喩する転入生とは……。


「パワーはすごかったけど、知能が子供以下」

「あの方はあきらめましょう。とりあえず、今は二人で成長あるのみです」

 こくり、と佳奈。その瞳もまた、決意にあふれていた。

「さあ、おしゃべりはここまでですわよ!」

 言って、右手を佳奈に突き出す。

「了解」

 佳奈の前面に、闇が展開した。


「わたくしの光は、ことごとくあの方の闇に飲み込まれました」

「私の闇は、あの子の闇に従属したのも同然だった」

「「ならば」」

 美麗の右手人差し指から、眩い光がこぼれだす。

「二人の力をぶつけあい!」

 佳奈の闇が、妖しく蠢く。

「成長するが勝利の要」


 一条の閃光が、どす黒い闇に叩きつけられた。ばちっ、と何かが弾けたかと思うと、光の束は呆気なく闇に飲み込まれる。

「さすが、ブラックホール。これなら特訓のし甲斐がありますわ!」

 すかさず両手人差し指を振り抜く。佳奈の前で不規則に揺らめいているそれを、光撃が左右から挟み込んだ。が、すうぅ、と音もなく何もできずに消滅した。

「……ぐっ」

 だが、同時に佳奈の顔が苦痛に歪んだ。まだ短い時間しか進化した闇ブラックホールを展開していないのだが、制御するのに膨大な力が必要なのだろう。

「どうされました? 相馬さん! あなたの闇は、他の誰の物よりも深いのでしょう?」

 左右十本の指から、渾身のレーザーがほとばしる。

「当然。会長だからって、遠慮はしない」

 闇が、ぎゅ、と圧縮したかと思うと、その刹那、一気に膨張し、爆発したように美麗へ殺到した。

「あらあら、荒ぶってますのね」

 不敵な笑みを漏らすと、目いっぱい左右に広げた腕をその顔の前で力いっぱいクロスさせた。


 ざしゅっ! と研ぎ澄まされた十本の光牙こうがが、闇弾ダークネス・ボムを切り刻んだ。


「ふふっ」

 ドヤ顔の美麗。

「会長、あまい」

 その顎めがけて、地面から闇の拳が跳ね上がった。


「え!?」


 声を漏らしたのは佳奈だった。

 美麗はとっさに光の盾イージス・シールドを左手に生成し、その打撃を打ち払ったのだ。


あなたたち闇使いの戦い方を見て、わたくしも攻防一体を意識してみました」

「さすが会長」

 二人は同時にほくそ笑んだ。


「さあ、どんどん参りますわよっ!」

「おー、どんとこい」


 遮蔽物を薙ぎ払い、あらゆるところで爆発が起こる。およそ地上ではできないような特訓は、下校時間をはるかに超えて、続けられたのだった。

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