2 今月のターゲットと諸葛亮と……

 昼休み。

 三太、孝明、康司は、いつもの中庭のベンチで今後の方針について話し合っていた。そこにふらっと佐野ましろがやってくる。


「なあ、なんでオレに声かけねえの?」

 登場早々かなりご立腹のご様子。

「な、なんでって言われても……」

「お、俺たちが、佐野に気安く話せるわけないだろう?」

「じ、自分はクラス違いますし……」

 おどおどと三人。するとましろは大きなため息を一つ。

「ったく、どいつもこいつも意気地がねえなあ。特に孝、てめえはそこそこ男前なんだから、堂々と話しかけりゃあいいんだよ」

「い、いや、俺たちの件を、他の奴らに聞かれるのはまずいだろう?」

「だったら世間話とかから普通に誘えよ」

 ましろの目が、頭使えよ、と言っていた。

「てめえ、そんなんじゃ、いつまでたってもオレをものにできねえぜ?」

 不意打ちの真剣な言葉に、孝明がうろたえる。

「とと、と言うことは、脈ありと──」

「ねえよっ!」

 圧倒的なバッサリ感であった。

「で、ですよね~」

 しょんぼりと孝明は俯いた。

「大体、てめえは本気でオレに向き合っているように見えねえ。本当は他に思ってるやつがいるんじゃねえのか?」

「……」

 普段は見ることのできないような、そんな重苦しい表情で孝明は地面を見つめていた。


「ま、まあまあ、佐野さん。今度からはちゃんと誘うからさ」

 三太が助け舟を出す。

「青、この間言ったよな。こんな所で無防備に作戦会議なんかすんなって」

「すす、ストリーキング?」

「そこだけ覚えてんじゃねえっ! あっ、てめ、い、いやらしい目でオレを見るなあっ!!」

 言いながらどす黒く染まった右手を頭上に突き上げると、三太は、ぷら~ん、と見えない力で宙づりにされた。

「み、見てないよ……っていうか、あんな大勢にぱぱ、パンツ見られてるのに、ぼくの視線ごときで……」

「るせえっ!」

 軽く頬を染めながら、能力を消失させる。

「わわっ!?」


 2メートルほどの高さから自由落下し、地面にたたきつけられた。


「……だ、だから、普通の人間だったら死ぬよ? っていったよね?」

「能力者だから大丈夫だ、って、言ったよな?」

 むー、と二人は睨み合った。


「とと、ところで、しゃのしゃん今日はどん……あ」

 険悪な雰囲気に耐えかねたのか、始めてましろに呼びかけた康司が、極度の緊張から見事に噛んだ。

「……山。まずは、女子と普通に話せるようにならねえとな……」

 絶対的ヒロインの同情の眼差しに、康司は意識を刈り取られた。

「じ、自分だって……瑠璃とはちゃんと……瑠璃とは……」

 瑠璃? 誰? と三太に質問するましろ。

「すんごい可憐な妹さんだよ」

「妹は女に入らねえだろ?」

「いや、山瀬くんには悪いけど、全然似てなくてさ。もし、ぼくの妹だったら普通ではいられないよ」

「うっわ、キモ! 青ってば変態!?」


 その言葉に康司の肩が、ビクっ、と震えた。見れば顔から、血の気が引いている。


「あ、ごめんね、山瀬くん。悪気はなかったんだけど、つい……」

「いえ、いいんです。大丈夫ですから!」

 表情とは裏腹に、不自然なくらい明るく言った。

「まあ、オレでよけりゃあ練習相手くれえしてやんよ。気軽に話しかけてきな」

 口調は粗野だが、これが本来のましろなのだろう。

「は、はい、ありがとうございます」

 おう、と康司の肩をたたき、辺りをきょろきょろと窺う。


「よし、やつらいねえな。じゃ、本題な」

 言ってベンチの二人をどかし、どっかと腰掛ける。そして、改まった口調で質問した。

「てめえら四月は何人めくった?」

「え~と……佐野さんでしょ、星川さんに、会長さんと副会長さん。あと、おまけでみどりの合計五人だね」

「この学校、女性は何人いるか知ってるか?」

「たしか、一学年が男女合わせて二百人前後、つまり女子生徒はその半分の約百人だ。三学年合計で、三百ってとこか」

 孝明が復活していた。

「ええ、それと職員で二~三十人程度でしょうか?」

 康司も続く。

「正解だ。つまり少なく見積もっても、あと三百二十はめくらなきゃなんねえ」


 三人の喉が、ごくりと鳴った。


「あと十一ヶ月、つまり約三百三十日、まあ実際はもっと少なくなるが……」

「一日一人はこなさないといけないんだね……」

「しかも、てめえらの能力は一日一回限定」

「下手したら……」

「う~ん、パイパンねっ!」


 とてもうれしそうな声が、頭上から降ってきた。反射的に野郎どもの表情がこわばる。


「や! やってるね!」


 坂崎高校の恋の女神さまは、どこか気品のある色気をまき散らしながらましろの隣に座った。


「恋ちゃんさあ、前にも同じように登場したよね?」

「女神としてどうなんだろうな、そういうのは?」

「はい」

 三人が、ジト目で言った。

「なに? 今日はやけに挑発的だね?」

「ああ、今、発破かけてたとこだから、かな?」

「ふ~ん。ま、いいけど」

「何しに来た?」

 孝明が、突っかかる。

「もう、好戦的すぎだよ? そんなだと今すぐ……ふむ」


 そこで恋ちゃんが、孝明をなめるように見た。


「な、なんだ?」

「ねえ、キミは……ま、いっか。じゃあ、今月の必須ターゲットを発表しま~す♪」

 唐突の発表に、三人はげんなり。ましろはウキウキ。

「今月は……2-Bの山尻桃ちゃんにしましょう!」

 高らかに発表された内容に、三太、孝明、ましろの顔までもが、曇っていた。

「ん? んん? どしたの?」

 怪訝そうな女神さま。

「あのさ、恋ちゃん。今、桃ちゃんははずしてもらえないかな?」

「えー、なんでえー?」

「あー、山尻は、ちょっと、な」


 ましろは常に他人の事を見ている。だから、おおよその状況が把握できているようだった。


「すまん、女神。桃だけは、勘弁してくれないか? 頼む」

 孝明が頭を下げる。

「あのね~、あたしはこの学校の恋の女神さまなんだよ? あたしの言うことを聞いてれば大丈夫だから!」

「何がどう大丈夫なんだ? あいつは今……」

「知ってる。キミの色々な事情も、知ってる。だから、あたしに任せて」


 女神さまらしからぬ、慈愛に満ちた表情だった。


「……それでも俺は……」

「あ~、孝。女神の言うことに少しだけ付き合ってみようぜ、な?」

 その観察眼は、女神さま相手でも通用したのだろう。ましろも優しく諭していた。

「……わかった。だが、俺はめくらないからな」

「いんや、キミがめくることになるよ。きっと、ね!」

「……」

 怒りと戸惑いが、ごちゃ混ぜになった瞳で女神さまを睨む。


「あ~いたいた」


 そこへ、場の空気を読まないような声が響く。全員が、瞬時にその人物を見た。


「なんだ、中谷か。関係者のくせに、おせ……誰だ?」

 ましろが眉をひそめた。女神さまも消えようとする。

「あ、女神さま、知ってるんで大丈夫ですよ」

「あ、あおいちゃん! こんなとこまで来なくても……」

「うん、三太くんたちの力になりたくてね」

「あおい……おめえ、中谷の妹か?」

「いつもお姉ちゃんがお世話になっております」

 恭しく頭を下げた。

「今日、Sクラスに転入した二人のうちの一人が、おめえだったのか?」

「そ、あと一人もと~ってもかわいい女の子だよ」

「け、また女かよ」

 ましろの本能が、瞬時に敵になると判断したようだ。

「ごめんね~、女で。でも、ましろちゃんのポジションには興味ないから、安心して」


 にっこり。


「ちっ、食えねえ野郎だぜ」

「ありがとね~」

 そして、あおいは恋ちゃんの前に立つ。

「あの~、わたしも手伝っていいですか?」

「え? いいけど……キミ、能力とかないよね? 危ないよ?」

「大丈夫です。わたしこう見えて、かなり頭が切れますから。軍師的なポジションを希望します」


 そこで孝明が、ガクブルしだす。


「ああ、あおいちゃんは……諸葛亮……ひぃっ! 風が、風があっ!」

「そんな風に呼ばれたこともあります。あ、ちなみにお姉ちゃんは張飛!」

 ぷーっ、と噴き出す三太。そして、はっとして辺りを見まわし、豪傑がいない事を確認して安堵のため息を漏らすのだった。

「いや、せめて関羽って言ってやれよ……」

 ましろがここにはいない姉を思いやりながら、苦笑していた。


「女神さまいいですよね?」

「ん~、まあ、そういう事ならいいんじゃない」

「やったー! じゃあ、三太くん。さっそくわたしのを……めくっちゃって?」

 唐突な発言に焦る三太。

「え、ええっ!?」

「さあ、はやく!」

「いいじゃねえか。オレん時みてえにやってやんな」

「そうね、あたしも見たいわあ!」


 あおいは、こうと言ったら後には引かないところがあった。三太は、もう、めくるしかなかった。


 はあ~、と極大なため息を漏らし、あおいのスカートに集中する。そして、思い切り白目を剥いた。


 するするとめくれ上がるスカート。


 病弱なくせに押しの強い幼なじみのそれは、白にミントグリーンの縞パンだった。

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