5月編 第1章

1 あおいが来た!

 星川舞奈は、若干の気恥ずかしさを覚えながら登校していた。ゴールデンウィーク前のあのドタバタは、今思うとかなりの赤面ものである。特に青山三太とのやりとりは、今までの人生でトップクラスの甘酸っぱさだった。


「ねえ、でにっしゅ……も、もう帰りたいんだけど……」

 教室へ向かう廊下で、弱々しくお供にいった。

『何言ってるの、舞奈ちゃん。まだ青っちくんにも会ってないのに』

「だからだよ~。今、青っちにあったら、気まずいよ~」


 あのまま普段通りに学校があれば、勢いみたいな感じで乗り切れたのかもしれない。が、長期休暇で逆に冷静になり、諸々考えてしまった結果、このありさまなのである。


『恥ずかしいのはわかるけど、今日からは本格的に魔法少女のお仕事もあるんだから、しっかりしてよ』

「そそ、そっちもあったんだ……気が重いなあ……お、お腹痛くなってきた」


 でにっしゅの口? から、はあ~、と、特大なため息が漏れる。その響きに舞奈は涙目を加速させた。そんな彼女に声をかける人物がいた。


「あなたが星川さん?」

 少し聞き覚えのある声に、舞奈はゆっくりと振り返った。

「あ、中谷さん、おはよう……ん?」

 舞奈はあれ~、と首を傾げた。

「え~と、中谷さん? ずいぶん髪が伸びたんだね。この間から一週間くらいしかたってないと思うけど……」


 ショートだった髪型が、セミロングになっていた。


「ん? ああ、お姉ちゃんと間違えてるのかな?」

「お、お姉ちゃん?」

「そう。わたしは中谷あおい。みどりの双子の妹なの」

「双子……?」

 目を白黒させている舞奈を、あおいは楽しそうに見ていた。

「今日から坂崎高校に通うことになったの」

「そ、そうなんですか」


 あおいは舞奈の事を、上から下までなめるように観察していた。


 突然のことに戸惑う大きな瞳。なんだか身震いしているような、くろぶち丸めがねでにっしゅ。今日もツインテールがばっちり似合っていた。小柄な身体を若干だぶついた制服が、ふんわりと包んでいた。そして本日のニーソは、眩い白!


「……ああ、あの、恥ずかしいんですけど……」

「あ、ごめんね~。でもさ、舞奈ちゃんって、お姉ちゃんから聞いた通りでかわいらしいねえ。わたしが男だったらすぐに告白してるところだよ!」

「え、ええっ!?」

 あたふたとし百面相な舞奈を見て、あおいはうんうんと頷いていた。

「舞奈ちゃんとはいいお友達になれそうだなあ。これからよろしくね!」

「あ、よろしくお願いします、中谷さん……」

 ぐいぐいくるあおいに、舞奈は少したじたじだった。

「中谷さんだとお姉ちゃんと区別できないから、あおいでいいよ!」

「あ、はい、あおいちゃん」

 舞奈が幾分ぎこちない笑顔を提示したところで、あおいの雰囲気が少し変わる。

「三太くんのことは、お互い遠慮なしでいこうね」

「えっ!?」

 不意を突かれた発言に、舞奈の心臓が締めつけられる。


 そこへ。


『お~い中谷~、何やってるんだ~。職員室はこっちだぞ~』

 教師の呼ぶ声に、はいっ! と気持ちよく返事をすると、舞奈に戦う乙女の表情を向ける。

「じゃ、色々よろしくね、舞奈ちゃん!」

 言って、しとやかに去っていった。



『あ~、中谷姉より手ごわそうだねえ、舞奈ちゃん』


 でにっしゅの言葉は、その耳に届いていなかった。





 二時限目の休み時間。

 孝明が青い顔で三太の席にすっ飛んできた。

「さささ、三太あああっ!」

 いつもの孝明からは、想像できない慌てっぷりである。

「どうしたのさ、そんなに慌てて」

 温度差のある返しだった。

「あああああ、あお、あおい、あおいちゃんがああっ!」

「ん? あおいちゃん?」

 悪友はぶんぶんと首肯した。

「きき、き、きてりゅうううっ!」

「きてりゅ? ああ、来てる?」

 またもぶんぶん。

「にに、にげにげ、逃げないとおおおっ!」

「待って、孝明。あおいちゃんがここに来るわけないでしょう? みどりと見間違えたんじゃないの?」

「何年一緒にいると思ってる? あのすべてを見透かすような目。さらりと毒舌を吐く口。そして、俺の事をそこらへんの石ころとしか思ってないような思考! 絶~っ対見間違えるはずがない!」

 毒舌と思考は見てもわからないだろう、と三太は苦笑した。

「酷い言いようだね……あおいちゃんが聞いたら、間違いなくられるよ」

 なぜだか三太も身震いを一つ。

「そうだ。だだ、だから三太、逃げる──」

「へ~、孝明くん。おもしろいこと言ってるね」


 がたたっ! と飛び退き身構える孝明。三太も声がした方向へ素早く視線を飛ばす。


「や、三太くん! 来ちゃった!!」

 幼なじみが、満面の笑みで敬礼していた。

「あおいちゃん! 何で? どうして?」

「ん~、色々あってね。転入してきちゃいました!」

「そ、そうなんだあ」


 坂崎高校を受験した時、あおいは高熱を出していた。合格間違いなしの成績だったのに、途中で倒れてしまい不合格になってしまったのだ。彼女は昔から少し体が弱かった。特に、何か重要な場面では熱を出してしまい、寝込んでしまうことが多かった。それで、普通は第一志望となる偏差値の高い私立校を、滑り止めとしていたのだ。


「うん。その節は心配かけちゃって、ごめんね」

「いいよ、そんなの」

 三太の笑顔に、あおいは少しだけはにかむ。

「……ふふっ」

「あ! もしかして、あの時言ってたサプライズって、これだったの?」

「そう。驚いた?」

「もちろんだよ! ……あれ? でも5月に転入って、どうして?」


 そこであおいは俯いた。


「……じつはね、転入試験で緊張しちゃって、合格した後に、また少し寝込んじゃったんだ……」

「ええっ! 大丈夫? ん? じゃあ、この間駅前であった時って……」

「うん、病院の帰りだったの」

 何だか申し訳なさそうな彼女。

「と、とりあえず、横の席空いてるから座ろうか?」


 あおいはじーっと、空いている席を見た。


「……舞奈ちゃんの、席だよね?」

「星川さんの事、知ってるんだ」

「もう友達になったよ」

「へ~、相変わらずだね」

「わたし、日当たりがいい三太くんの席がいいな」


 今日だけはお願い、そんな表情だった。


「い、いいけど」

 三太が立ち上がると、俯きながらその席へ腰かけた。


(ごめんね、舞奈ちゃん……わたし、今日はイヤな子だ……)


 そんな中、孝明はいまだに身構えていた。自分の目の前に座る彼女に、びくびくしていた。あおいはそんな幼なじみを睨みつける。


「ところで孝明くん」

 そして、気持ちを切り替えるように言った。

「ひゃ、ひゃいいいっ!」

「桃ちゃんの事なんだけど」

「桃の、こと……?」

 孝明は、一瞬で真顔にもどった。

「桃ちゃんが、どうしたの?」

 三太も舞奈の席につきつつ聞く。

「じつは今朝、久しぶりに会ったんだけど、なんか思いつめてるみたいだったのよ」


 二人は口をつぐんだ。


「何か知ってる?」

「いや、ここ最近の俺たちは……あの話は、言わなくてもいいか……」

「お姉ちゃんから聞いて知ってるから、女神さま関連は大丈夫」

 なぜかにやけるあおいに、男どもは赤面した。

「あ、じゃあ、クラス委員を押しつけられたことかな?」

 三太がさらりと言った。

「……え?」

 やはりみどりの妹である。その言葉を聞いたあおいは、鬼瓦に変化した。

「三太くん、孝明くん……桃ちゃんの事、よ~く知ってるよね?」

「「は、はいいっ!」」


 三太も立ち上がり、二人は直立不動。


「なんで庇わなかったわけ? んん?」

「……そ、それはだな、あいつ、俺たち以外に心を開こうとしないんだよ」

「え?」

「だから、いい機会かと思って、黙ってた」

 三太もすまなそうに頷いた。

「そう、だったの……」

 あおいは考え込む。


「ねえ、桃ちゃんがああなったのって、孝明くんの『あの件』が原因よね」

「たぶん、な」


 う~ん、と腕を組み、思案する。


「で、孝明くんは、『あの件』のこと、克服したのよね?」

「あ、ああ、恐らくは……」

「そのこと、桃ちゃんに言った?」

「い、言えるわけないだろう? それにあいつは、ここしばらく何ともなかったんだぞ」

「ふ~ん。それで女神さま関係の件で忙しくて、放置してたと」

「いや、別に放置とか……」

 ジト目のあおいに、孝明は言葉をつまらせる。

「……ああもう! わかったよ! 桃に報告します!」

「いつ?」

「ほ、放課後に……」

「よろしい。もしかしたらだけど、それで桃ちゃんの重荷がとれるかもね……」


 休み時間終了のチャイムが鳴り、あおいは自分のクラスへ帰っていった。

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