ちょっと長めのエピローグ 2

 すっかり緑の濃くなってきた学校の中庭で、青山三太と藤代孝明は死んだ魚のような目をしていた。中肉中背、容姿もごく普通な三太と、すらりとして背も高く、かなりの男前の孝明は、古びたベンチの後ろにただただ立ち尽くし、虚空の一点を見つめていた。


「ねえ孝明」

「なんだ」

「あのエロ女神は、休日のこんな人気のないところにぼくたちを呼び出して、一体何をしようって言うのかな?」

「俺が知るか」

「そうだよねえ。それにしても……」


 二人の口から極大なため息が漏れた。


 昨日の激闘の後、妙に深刻ぶった女神さまから、時間、場所指定の招集がかかったのだ。その際、パイパンの件に全く触れていなかったことが、逆に死刑宣告のようだった。


「なんだか虚しいね」

「ああ、虚しいな」


 二人の視線が、自然と自分たちのおまたに向かう。


「まだ、もじゃもじゃなんだよね」

「ああ、もじゃもじゃだな」


 パンチラ統制委員会副会長、佳奈ばりの能面が、二人の顔にはりついていた。


「ところで、山瀬くんはどうしたの?」

「女神のヤツに体当たりかまされた渡り廊下で待機だってよ」

「ふ~ん。何がしたいんだろうね、あの変態」

「おまえもクソ女神に対して言うようになったな」


 薄ら笑いが二人の口もとに浮かんだその時。


「陰口とは感心しないわね」


 いつものように唐突な登場だった。坂崎高校の恋の女神さまは、しかめっ面をひっさげて二人の前で仁王立ちである。そのほんのりと怒気を帯びた視線と、投げ遣り気味な二つの視線が絡み合った。なまあたたかいとしか言いようのない空気が、中庭の一角を侵食しはじめる。と、何を思ったのか、女神さまが突然康司の待っている渡り廊下の方向へ、全力で走り始めた。


「山瀬のほうに向かったってことは、そろそろか」

「そうだね」


 三太も孝明もそれなりに神妙な面持ちで、女神さまの背中を見つめる。彼女は陸上の短距離選手も真っ青なスピードで康司に急接近していた。かなり距離は離れていたが、康司のビクビクっぷりが手に取るようにわかった。しかし、女神さまは、康司の前を猛スピードで駆け抜けてしまった。そして、B棟の陰に消えそうなところで盛大に土煙を上げて急ブレーキ。そこで素早く反転した彼女が、ズンズンと足音が聞こえそうな勢いでこちらに戻ってくる。


「あ、山瀬くん捕まった」

「耳、ちぎれないといいな」


 右耳をひっぱられ、引きずられるように三太たちの前へ康司が連行されてくる。


「痛いです痛いです! やめて下さいい!」

「キミはアイコンタクトって知ってる? どうしてあそこで飛び出さないかなあ」


 ぷんすかと頬を膨らませた女神さまは、その怒りの矛先を、今度は立ち尽くしている二人に向けた。


「で、キミたちは、どうして追いかけてこなかったわけ?」

「「……は?」」

 合点がいかない三太と孝明は、当然疑問の表情を提示。

「ったく、どいつもこいつも」

 そんなことにはお構いなしに、女神さまはぶちぶちと愚痴るのだった。

「まあいいわ。じゃ、正座して」

「「「はあ?」」」

 三人の声が、見事にユニゾンした。

「なに? 何か文句ある?」

「「「……ぐ、ぐぬぅ」」」


 何かどころか大ありなわけだが、三人は仕方なく渋々と地面に正座する。その様子を見て、女神さまは満足そうに頷いた。


「なんだか懐かしいわね~」

 そして、感慨深そうに目を細めた。

「一ヶ月も経ってないだろうが」

「そうだよ。それに、ぼくたち的にはそんないいもんじゃないよ」

 二人の言葉に康司も頷いて同意を示した。

「うっさいな~、もう。少しは情緒を味わいなさいよね。それに、そんな口利いていいのかな~?」

 いたずらっぽい軽い口調に、三人の導火線は短くなるばかりである。

「いいだろ。どうせもう終わりなんだ」

「はい」

「だね。さっさとパイパンにでも何でもしちゃってよ」


 完全に投げ遣りな三人を見て、彼女はきょとんとしていた。


「キミたち、何言ってるの?」

「なにって、今日は呪いを発動させるんだろう?」

「はい」

「やるなら早くやっちゃってよ」


 あっれ~、と女神さまは首を傾げた。


「おっかしいなあ。今日は、キミたちの今月の成果を参考にして選んできたぱんつを見てもらおうと思って呼び出したんだけど……そんなにパイパンになりたかったの?」


 はあ? と三人。


「そっかあ。初めて会った時と同じていで見てもらおうと思ったんだけど、そっかあ」

「おい、どういうことだ?」

「はい」

「ちょっと、恋ちゃん?」


 よし! と女神さまは、野郎どもを見据える。


「キミたちがそんなにパイパンに憧れていたなんて、知らなかったよ。今月はノルマクリアーで戦いはまだまだ続けられるんだけど、そう言う事なら仕方ないわよね」


 三人を置き去りにして、何やら一人で勝手に納得していく女神さま。


「クリアー、だと?」

「え? え?」

「だって、みどりのやつは、偶然で……」

「焦らしちゃってごめんね。よっし! じゃあ、いっくよ~!!」

「「「待て待て待て!!」」」

 突然の盛大な制止に、女神さま困惑。

「なに?」

「「「NOパイパン! NOパイパンっ!!」」」

「はあ?」

「詳細な説明を要求する」

「はい」

「そうだよ、ちゃんとわかるように説明してよ」


 三太たちは必死に懇願した。


「う~ん。詳細も何も、説明するようなことは、別にないんだけど……」

「あるでしょお!」

 何やらむずかしい顔をしている女神さまに、三太が噛みついた。

「そうだ。俺たちは、おまえの出したミッションを達成できなかった」

「はい。なのにどうしてクリアーしたことになっているんですか?」

 孝明と康司も続く。

「え? 何言ってるのかな? 昨日ちゃんとクリアーしたでしょ?」

「だってあれは、ぼくたちの力でめくったんじゃなくて、風が偶然……」

「能力でめくらなきゃダメ、なんて、あたしは言ってないわよ。それに、あれはキミたちががんばった結果であって、偶然なんかじゃないと思うんだけど」


 めずらしくまともな事を言う女神さまを、三人は無言で見つめる。


「な、なによ~。そんなに見つめたって、あえぎ声ぐらいしか出ないわよ?」

「「「だすなっ!」」」


 そして三人は、大きなため息を一つ。それは、安堵感を多分に含んだ、とてもとても長く大きな物だった。


「おお、やってんな」

「なんでわたしまで来なくちゃいけないのよ?」


 そこへ、ましろとみどりが現れた。生き生きとした表情のましろとは対照的に、みどりはあからさまに不機嫌だった。


「おまえももう関係者みてえなもんだからな」

「な、やめてよね。こんな恥ずかしい集まりの関係者なんて」

 いつの間にか二人は、かなり親しくなったように見えた。

「な~に言ってやがる。昨日はあんなに必死に聞いてきたくせによ。三太は~三太は~って、おまえ、青の何?」

「なななっ、何言ってんの? わたしそんな事いってませんっ!」

「はあ? 顔真っ赤にして言っても、説得力ねえんだけど」


 ましろのニヤニヤに、みどりの頭から間欠泉ばりの湯気が吹き上がる。


「いい、言ってないんだからね? ね?」

 そして、正座まっしぐらな三太の襟首を、思い切り締め上げるのだった。


「お、おい、中谷」

「なな、何よ? 藤代までからかうつも──」

「三太、息してないんじゃないか?」

「え? って、きゃ~っ!! さ、三太~っ!?」

 小気味よい乾いた音が、二発、三発と中庭に響いた。


「う、う~ん……って、いだーっ! なにすんのさあっ!」

「よ、よかった~」

「よくないでしょ! みどりは一体ぼくを何だと思ってるのかな?」

「え? そ、それは……」


 いきなりの質問に、幼なじみは言い淀んだ。その顔には、いつになく真剣な表情が、見え隠れしていた。


「なに?」

「まあまあ。その答えを聞くのは、まだ早いと思うのね」

 女神さまだった。

「物事には順序って物があってね、キミにはまだまだ乗り越えなければならない事が山積みなわけ」

 優しく諭すような口調に、三太は自然と聞き入った。

「とりわけこの一年は大変だよ~。なにせ、一歩間違えれば即パイパンだからね!」

 聞き入って損した、と、三太の顔が言っていた。


「まあとにかくだ。オレたちの戦いは、まだまだ続くってわけなんだろう!」

 ましろが嬉々として叫んだ。

 いい憂さ晴らしが続けられる、そんなニュアンス満載な声だった。

「そういうこと。あたしもまあ、楽しんでるし」

 彼女たちのまぶしい笑顔を見れば見るほど、野郎三人の顔は曇るばかり。

「ってわけだから、これからもよろしく頼むぜ!」

「わ、わたしは関係ないんだからね?」

「んじゃ、景気づけにあれ、いっとく?」


 女神さまのフリに、ましろの瞳が輝く。みどりは意味がわからない、という顔。三太たちはといえば、もう、まな板の上の鯉状態。


「「パンチラバトルぅ、レディ~、ゴーっ!!」」



 そのかけ声は、目もくらむような青空に、吸い込まれていった。




                           四月編 了

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