6 キミの能力は、あたしたちの最後の希望!?

 女神さまは、美麗と佳奈を指さしていた。


「は、はあ……って、ええっ!?」

 地面に転がりながら、三太はその意味を理解しようとしたが、無理だった。

「どういうことなのさ?」

 よろよろと立ち上がり、疑問をぶつける。

「この事態は、もう、キミの能力じゃなきゃ収拾できないのよ」

「……は?」

 まったく理解できなかった。自分の能力で、こんな深刻な事態の収拾ができるとはとても思えなかった。

「そう思うのも当然だけど、あたしの言う通りにすれば大丈夫だから」

 いつになく女神さまの言葉からは、必死さが滲み出ていた。


 でも。


「それじゃあ……ぼくたちの勝負は、どうなるのさ?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ? 大体この世界が消滅するのと、キミたちのお毛毛が消滅するのと、どっちが大事かなんてわかりきってる事よね?」


 言っていることは理解できる。でも、何だか納得はできなかった。一日一回の能力を使い、この場を収めたところで自分たちのパイパンは確定してしまう。世界の消滅も一大事だけど、自分のお毛毛の消滅だって一大事なのだ。


「……ちなみに、恩赦的な何かがあってパイパンなし、とかないのかな?」

「ないよん」

 一縷の望みを込めた質問は、か~るく一蹴された。

「ぐっ」

 こんのクソ女神がっ! そんな目で睨みつけた。


「どうすんの? 早くしないとホント間に合わなくなっちゃうわよ?」

 言っている間にも、その巨大な闇は膨張を続け、暴走を続けていた。


「三太、これどうしちゃったの?」

「な、バカ! 何で出てくるんだよ?」

 見ればみどりが不安そうにこちらに近づいてきていた。

「バカはないでしょう? わたしはあんたが心配で……あ、きゃあっ!?」

「あっ、みどり!」


 不意に膨らんだ闇が、みどりの足もとをすくった。普通なら倒れて地面に激突するところだが、そのまま宙に浮くみどりは、やがて闇に引っ張られ始めた。


「あらら~、やばいんじゃないの?」

「くっそ」

 言いながら三太は手を伸ばす。

「さ、三太!」

 みどりもその手にしがみつこうと必死に自分の手を伸ばした。だが、暴れまくるブラックホールの力は、とてつもなく強力だった。その手と手の間の空間は、開くばかりだった。

「どうしたらいい? やい女神! どうすればいいんだよ!」

 その声に女神さまはにんまりと笑みを浮かべ、委員会の二人を再び指さす。

「よ~く聞いて。あの二人のスカートを、それぞれ右目、左目で捉えて同時にめくるのよ」


 べつによく聞くべき内容ではなかった。


「普通に考えると、発現者の佐野さんと副会長さんが妥当だと思うんだけど」

「あたしが一度でも見た人間のじゃダメなのよ」

「じゃあ、副会長さんとみどりでやれば、WIN-WINになるんじゃないの?」

「なっ!? あたしにキミと、うぃ~んうぃ~んな関係になれですって!?」

「おまえもう帰れよ」

 どんな時にだって自分のスタイルを貫く女神さまに、心底辟易した。


「キミは、こんな状況でもお構いなしに、今にも消えてしまいそうな女の子のスカートをめくろうって言うの? なんて鬼畜なのかしらっ!」

「こんな状況でもお構いなしに、下ネタぶっこんでくるヤツに言われたくないっ!」


 まあ、女神さまの言い分にも一理ある。そう思ったのか、三太はとにかく能力行使の準備に入った。


「右目で会長さん……左目で副会長さんのスカートを……」

 左右の目でそれぞれ別の対象を捉えるのは、思った以上に難しかった。こうしている間にも、みどりはぐんぐんと闇に引き寄せられている。焦燥感に全身が、押しつぶされそうだ。


「あ~ん、早く早くぅ」


 そんな三太をあざ笑うかのように女神さまは茶々を入れる。成功してほしいのか、失敗を望んでいるのか、神様ってヤツは本当に理解不能だ。


「お願いだから集中させてっ!」

 三太は今まで生きてきた中で一番の集中力を発揮していた。そして、ついにそれぞれのスカートをそれぞれの目で捉えてみせた。


「これで何が起きるのさ?」

「それはやってみてのお楽しみよ~ん」

「何がお楽しみだよ……くそ、いくからね」


 三太は意識をそれぞれのスカートに集中したまま、思い切り白目を剥いた。


「「え?」」


 二人のスカートが、重力に逆らい動き始めた。慌てて二人はスカートを押さえにかかる。


 が。


「きゃあ~っ!?」「……、きゃー」


 その手の到着よりも早く、それらは跳ね上げられた。


 美麗のそれは、何だかアダルト感漂うレース満載の白だった。

 佳奈のそれは、シンプルな白に小さな赤いリボンが上部中央にあしらわれている物だった。


「やった! 白×白っ!!」

 女神さまが歓声を上げる。と、同時に中庭をホワイトアウトが襲い、一切の視界が奪われた。


 そして。




「助かった、のか?」


 すっかり静寂を取り戻した中庭で、三太は恐る恐るその目を開いた。

 そして、ゆっくりと立ち上がり、辺りを窺う。


 委員会の二人が横たわっていた。

 みどりもましろも横たわっていた。

 不安に駆られ、女神さまを捜す。


「大丈夫、みんな生きてるよ」

 慈愛に満ちた本物の女神さまっぽい横顔が、三太のすぐ隣にあった。

「そう」

 とりあえず安堵した三太は、女神さまに質問した。

「で、今のはどういう事だったのかな? ぼくの能力って、本当はどんな物なのかな?」

「……じつはね」



「なな、なんて大博打なのさっ!」


 中庭に絶叫がこだました。

 その声に、倒れていたましろ達が起き上がる。

 舞奈も孝明たちと、こちらに向かってきていた。


「どうしたんだよ、三太」

「聞いてよ、孝明」

 幾分ふらつく孝明に、三太は捲し立てた。

「恋ちゃんてば、ホントひどいんだよ」


 女神さまの説明はこうだった。


 『三太が二人以上のスカートを同時にめくったとき、そのパンツの色の組み合わせで様々な効果が発揮される』


「今回は、たまたますべてを打ち消す力が発動したみたいなんだけど、一歩間違ってたらこの世界はなくなってたんだよ」

 そして、きつく女神さまを睨みつけた。

「ん~、その時はあたしが何とかしてたから、それはないかな~」

「だったら最初からやってよ!」

「まあ待て」

 勢いそのままに掴みかかりそうな三太を、孝明がたしなめる。

「それより、中谷のほうはうまくいったのか?」


「……ごめん」


「そうか」

「仕方ないですね」

 孝明と康司は、さびしそうに笑った。

「まあ、おまえにしては、よくやった方だったな」


 不意打ちのような悪友の言葉は、三太の胸をじんわりと締めつけた。何か言わなければと言葉を必死に探してみたが、都合のいい言葉なんて見つからない。無力感と絶望感が、ただただ全身にのしかかってきて俯くことしかできなかった。


「あ、あの、三太」


 みどりがその前に歩を進めた。

「何だかよくわからない事ばかりだけど、わたしを助けてくれて、その、ありがとう」

「う、うん」

 今までに見たこともないような、笑顔だった。若干はにかんだその笑顔から、三太は目を離すことができない。


「な、なんか言いなさいよ」

「い、いやべつに……」


 不意に訪れる沈黙。

 絡み合う視線。

 溢れ出す気恥ずかしさに、お互いが口を開こうとしたその時。


 二人の間を、さわやかな春風が吹き抜けていった。


「えっ!?」

「き……」


 そう、本当にいたずら好きな春風が、みどりのスカートをめくりあげ、颯爽と吹き抜けていったのだ。


 幼なじみのそれは、白に水色の縞パンで、三太のど真ん中で、ストラ~イプ、バッターアウト! だったのだ。


「きゃあああっ!」


 みどりの悲鳴と同時に、三太の首に両側から衝撃が走った。


「だ、だから……モンゴリアンチョップはやめようよ?」


 走り去るみどりには、もちろんその声は届かないのだった。

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