4 魔法少女のあるべき姿は‥‥‥

「うん? 呼んだ?」


 その声は、なんとも間の抜けたような、しかし、安心できる声だった。暖かみのある聞き覚えのあるその声の主を、みどりは知っていた。込み上げてくる安堵感にまかせ、美麗の後方に視線を飛ばす。歪んだ視界の中に、彼はたしかに立っていた。ピンチの時にはいつだって自分を助けてくれる幼なじみが、立っていた。


「さ、三太!」

 その叫びに導かれるように、三太がゆっくりと近づいてくる。

「これ、どういうこと?」


 泣いているみどり。倒れて動かない孝明と康司。嫌でも状況が理解できた。怒りが全身を支配していくのがわかった。


「おまえら何してんだよ? 自分らがなにしたのか分かってんのかよ、え?」

 こちらを向いている統制委員会の二人に、静かに怒りをぶつける。

「きましたわね、ブラックホール使い」

「何したのかって聞いてんだよっ!」

「青っち、落ち着いて」

 今にも飛びかかりそうな三太を、舞奈がたしなめる。


「うん?」「あら?」


 不意に三太の後ろから現れた舞奈を見て、みどりと美麗が同時に声を上げていた。


 突然の闖入者に、みどりは何かを感じたかのように眉根を寄せる。

 美麗は本当にただ驚いたような表情を貼り付けていた。


 しかし。


「丁度いいですわ。星川さん、いえ、ラブマスター、マイナー星川さん。その反逆者を懲らしめて下さいな」

 すぐにそう命令した。

「いやです」

 即答だった。


「な、なんですって?」

「いやです。その呼び方に我慢できません」

「ラブマスターのどこが気に入らないのですか?」

『そりゃ、万年片思いの舞奈ちゃんには、荷が重いってもんだよねえ』

 真顔で聞く美麗と、なぜか得意顔のでにっしゅに、舞奈の肩が激しく震えた。

「ひげ、むしる?」

『舞奈ちゃん、いつものことだけど、笑顔が怖いよ?』

「星川さん、落ち着いてっ!」

 すでに黒猫に掴みかかっていた舞奈を、三太が後ろから羽交い絞めにした。途端に舞奈の鼓動、MAXである。

「ななな、青っちなにを……」

「え? 何って……」

 彼女の耳に、追い打ちのように三太の息がかかった。

「ひゃあっ!」

 その声と自分たちの体勢に驚き、三太はすぐにホールドアップ。


「あ、いや、その……ごめん」

「う、うん」


 お互い顔をそむけ、赤面たちは戸惑った。


「? 会長? 好物なのにどうかした?」

「ラブマスターのラブラブなんて、見たくありませんでした……」

 うなだれる美麗を佳奈が気遣う。


「甘酸っぱいとこ悪いんだけど、三太、これどういう事? ずいぶんといい雰囲気みたいだけど、あんたたち何かあった?」


 鬼瓦、襲来。


「さ、さあ?」

「あ~や~し~い~」

 みどりのジト目から、たまらず視線を逸らした。


 で。


「「っ!?」」


 二人の様子を心配そうに窺っていた舞奈とばっちり目があってしまい、お互い再び目を逸らして。


「ひええっ」


 三太は再びみどりのジト目を拝むはめになったという。


「あ、あの、中谷さん! この前はホントにごめんなさいでしたっ!」

 三太の窮地を救ったのは、舞奈だった。

「背中は大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だから気にしなくていいよ」

「あ、ありがとうございます」

 みどりの笑顔に、舞奈の顔も自然とほころんだ。


「それよりも、このバカが迷惑かけてない?」

「い、いえ、べつに」

「本当に? こいつ昔っからこんなでさ、苦労してるのよね~」

「そ、そうなんですか? でも、クラスではとってもがんばってますよ」

「へえ~、バカのくせにがんばってるんだ?」

「いくら幼なじみだからって、あんまりバカバカ言わない方がいいですよ?」


 二人の笑顔から、山椒なみのピリピリ感が漂いだしたのは、気のせいではあるまい。


「あの~、二人とも怖いよ?」

「「るさいっ!」」

「え? え? なんで?」

『あ~あ、何でこんなのがいいのかなあ?』

 涙目な三太を置き去りにして、乙女二人は大慌てで黒猫の口を塞ぎにかかるのだった。


「……ラブマスターとは、ラブのマスター。気高く、美しい存在でなくてはいけません。それなのに……それなのに、なんですかこのざまは?」

「会長、変」

 佳奈の指摘は、届いていないようだった。

「ラブマスター、いえ、星川舞奈。あなたは我が日本が世界に誇る唯一無二の魔法大系である魔法少女、それもの魔法少女です。そのあなたが、まるで恋愛初心者のようではありませんか」


 美麗の声に、熱が帯びだしていた。


「そんなことでは困ります。魔法少女とは皆の憧れ。崇拝される存在であるべきなのです。故に、今のあなたでは相応しくありません」


「た、たしかにあたしは恋愛初心者です。それに、まほうたいけい? とかよくわかりません。でも、あたしとおんなじように頑張っている誰かを、助けたいと思っちゃいけないんですか? ふつうの女の子が、恋愛のお手伝いをしちゃいけないんですか?」


 今までにない真剣な眼差しが、美麗を捉えていた。


「全くもって、いけませんわね」

「う~ん、そうかなあ。ぼくはいいと思うけどな~」

「そうね。わたしもいいと思う」

 三太とみどりが口を揃える。

「星川さん一生懸命だし、親近感わくっていうか。やっぱり、そういう人にわたしは応援してほしいかな」

「うんうん、そうだよね。それに、ベテラン感漂う魔法少女っていうのもちょっとあれだよねえ。その点星川さんだったらフレッシュ感満載でしょ? ぼくもお手伝いしてほしいくらいだよ」


「「ええっ!?」」


 誰? 相手は誰!? そんな表情が二つ、三太のまぬけ面に殺到した。


『げらげら。キミたち三人ともお似合いすぎ』

 必死な形相と、突如起こった笑い声に、三太は困惑を隠せなかった。


「……わかってません。あなたたち全然まったくわかってませんわっ!」

 怒りが限界を突破したかのように、美麗の全身から眩い光があふれだしていた。

「もういいです。あなたたちを、まとめてわたくしが支配して差し上げます」

 両手を三太たちに突き出し、戦闘態勢を整える。

 その足もとが、突然漆黒に染まった。


「さっきから聞いてれば、一々気にいらねえなあ」

 艶やかな長い黒髪をなびかせて、一人の美少女が乱入してきた。その整った顔立ちとは裏腹に、言葉遣いは目も当てられない。

「誰が何を支配する、だ? ここはなあ……もう、全部オレのもんなんだよっ!」


 佐野ましろ。

 坂崎高校一の美少女にして、危ない思考の持ち主さんだ。

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