3 美麗の正体。
中庭には、三太と入れ違いでみどりがやってきていた。その顔は、三太同様痛々しくやつれていた。
「……三太は?」
「今、おまえを捜しに行ったところだ」
孝明の答えに、みどりは少なからず驚いたようだった。
「そ、そう」
きびすを返し、中庭をあとにしようとしたところへ、孝明が続ける。
「あいつならすぐに戻ってくる。ここで待ってろよ」
彼女の背中には、戸惑いが浮かんでいた。が、ゆっくりともう一人の幼なじみへと振り返る。
「藤代、一つ聞いていい?」
「ああ」
疑念の視線が、孝明を貫いていた。
「あんたたちは、何をしようとしているの?」
「それは……」
言い淀む孝明を見て、みどりの怒りがぶり返したようだった。
「三太もあんたもバカだけど、人には迷惑をかけないヤツだって思ってた。だけど、それは違ったみたいね」
怒気を含んだ言葉はなおも続く。
「今だって、わたしのスカートをめくろうって考えてるんでしょう? ねえ、どうしちゃったのよ? あんたたちに何があったっていうのよ?」
「すまん、中谷。おまえのスカートを狙っているのは確かだ」
「なっ!? あんた小学生の時にあんな事があったっていうのに……どうして?」
「じつは──」
「あなた、そこから離れなさい」
孝明の声を遮るように少女の声が響いた。三人の視線が、一斉にその声の主へ向けられる。
「お、おまえは……」
「お久しぶりですね、藤代孝明さん」
そして孝明は、硬直した。
(い、いや違う……別人だ、別人に決まってる……)
「小学生以来、かしら?」
孝明の脳内をリフレインしていたセリフは、パンチラ統制委員会会長、花村美麗の一言によってあっさりと葬られた。
「そ、そんなことは……」
「あるのです」
美麗の顔に、不敵な笑みが浮かんでいた。
「い、いや、ありえない。何年たってると思ってるんだ?」
「そうですねえ……十年くらい、でしょうか?」
「そうだ。それなのにどうだ? おまえのその姿は、あの時のままじゃないか」
「あら? おぼえていて下さったのですね。それは光栄ですわ」
彼女はスカートの両端をつまむと、恭しくお辞儀して見せた。
そして。
「あの日……あなたにスカートをめくられたあの日以来、わたくしの時間は止まったようなものなのです」
まるっきり小学生女児体型な美麗が、静かに告げる。
「あ、ああ……」
蒼白な孝明が、崩れ落ちた。
「あの日の衝撃は、凄まじかった。あまりに驚きすぎて、成長ホルモンのバランスが崩れてしまったくらいです。それで……」
かわいらしく、くるり、とその場でまわってみせる。
「いまだにこのような姿、というわけです」
「ごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
悪夢にうなされるように、孝明は繰り返していた。
「? 何を怯えているのですか?」
そんな孝明を、美麗は聖女のような眼差しで包み込んだ。
「わたくしは、あなたに感謝こそすれ、憎むことなどありえませんのよ」
「……え?」
蘇ったトラウマから解放してくれるかのように、優しく手が差しのばされる。その小さな手に、孝明は子供のようにすがりついた。
「ふふふ。そう、あなたには感謝の念しかございません。女児の姿のままになってしまったことなど些細なこと。だってあなたはわたくしに、パンチラのとてつもない可能性を示してくれたんですもの!」
「会長、意味不明」
佳奈が、その場の誰もが思ったであろう事を代弁した。
「わかりました。では、少々ご説明いたしましょう。わたくしがスカートめくりをされた時、まわりの反応はそれはもう凄まじいものでした。大人も子供も誰も彼もこの藤代さんを責めに責めました」
「そ、それは、あなたがお金持ちのお嬢様だから──」
「いいえ、違います」
状況を知っていたみどりの言葉を、美麗が鋭く遮った。
「あれは皆、パンチラが持つ熱量に浮かされたからなのです!」
はあ? と孝明以外の三人。
「わたくしは思いました。あれだけの人をあんなにも動かしてしまうなんて、パンチラって何てすごいんだろうと!」
((うわ~、世間知らずのお嬢様だ……))
(会長、頭のネジ、足りない?)
みどり、康司、佳奈までもが遠い目をしていた。
「そして、わたくしは決意しました。このパンチラの力を使って将来何かすんごい事をやってやろうと」
美麗はそこで、ぐるりと周りを見まわす。
「その願いが今、叶ったのです。パンチラの流通量を操作しての学園統制。なんて素晴らしいんでしょう!」
自分の言葉に酔ったように上気する顔。
「ゆくゆくは日本を、いえ、世界すらこの力で統制して見せますわ!」
頂点に達した美麗が、さらに叫ぶ。
「ああっ! これぞ、パンチラグローバリズムっ!」
無駄に膨大な熱量を放出する美麗とは裏腹に、微妙な空気が中庭を覆う。みどり、康司は頭を掻かざるを得ない。
「ですので、あなた様は恩人なのですが……わたくしの邪魔をしてはいけないのです。それとこれとは話が違うのですよ」
美麗の声が、一瞬で氷点下をさした。
「ありがとうございました。そして、さようなら」
すがりついていた孝明を振りほどき、その頭にレーザービームを見舞う。
すべてが音もなく、ゆっくりと、ただゆっくりと進行していく。
閃光が、中庭を駆け抜けた。
そして、孝明は声すら上げずに横たわり、動かなくなった。
「えっ!?」
「ふ、藤代?」
お嬢様のイタイ妄言から一転した状況に、二人は取り残されていた。
「相馬さん、彼も無力化して下さい」
「了解」
そう言うと、佳奈は右手を素早く差しだした。
「ぐわっ!?」
康司が見えない力に押しつぶされた。
「スカートめくり、許さない」
能面のような声に、怨念がこもっているようだった。
そして、康司を押さえつけている力が、徐々に膨れ上がっていく。
「……ぐぉ」
鈍い音を立て地面が陥没し、康司の口から漏れていたうめき声が消えた。
「あ、ああ……」
幼なじみが、同級生が、目の前で動かなくなった。
みどりを言いようのない恐怖が襲っていた。
それでも、彼女は果敢に口を開いた。
「こ、こんなことするのは、違うと思います。たかがスカートめくりで、どうして人が死ななきゃならないんですか? あなたたちは……あなたたちは間違っています!」
「たかが?」
美麗の鋭い瞳が、さらに鋭さを増した。
「違うでしょう? あなたは今の話を聞いていなかったのですか? 物わかりの悪い人は嫌いなんですよ」
その右手人差し指に、再び光が収束していく。
「女子とはいえ、手加減なんてしませんからね」
みどりにその照準が、合わせられた。
突きつけられた暴力に、たまらず歯が鳴った。
滲んだ視線の先で、光が急激に研ぎ澄まされていく。
……もうだめだ。
そう思ったとき、それは、ごく自然に口をついていた。
「助けて……三太」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます