2 三太の決意、魔法少女の決意。 Bパート
「ねえ、青っち。どうしてあんなことやってるの?」
真顔にもどった舞奈が、優しく問いかけた。一瞬戸惑いが、三太の脳裏を横切る。
「あ、言いたくないならいいんだけど……」
「いや」
その戸惑いを振り切るように、口を開く。
「せっかく星川さんが話してくれたんだから、ぼくたちに起こっていることを話させてもらうよ」
三太はいたって真面目に、重々しく続けた。
「星川さんは、この学校の恋の女神さまには会ってるんだよね?」
こくりと舞奈は首肯した。
「その女神さまと一悶着あってね。ぼくと孝明、それから隣のクラスの山瀬康司くんは呪いをかけられちゃったんだ。もしかして、ここまでは聞いてる?」
彼女の首が横に振られた。
「そう。で、その呪いを解くには、一年以内にこの学校の女性全員のパンツを見せろって言いだしてね」
三太のため息にあわせ、舞奈もしょっぱい顔をする。
「ね、まともじゃないよね。だけど、本当なんだ。合法的にスカートめくりできるように能力まで授けてくれたよ」
ははは、と乾いた笑いが三太から漏れた。
「どうしても、その呪いは解かなくちゃいけないの?」
「うん」
「す、スカートめくりなんてひどいことしてまで?」
「そう。じゃないと、ぼくたちは……」
「しし、死んじゃったりするの?」
「死にはしないけど……その、恋愛できない体になっちゃうんだ」
「え? ええっ!?」
恋愛という言葉に、舞奈は鋭く反応した。そして、数瞬考え込むとまっすぐに三太を見つめる。
「あたしは恋のお手伝いをする魔法少女。もしかしたら、その呪いに対抗できる手段があるかも。ねえ、その呪いってどんな呪いなのか教えて」
自分にもいろんな意味で深く関わることなので、舞奈はそれはもう真剣に聞いた。
「ああ……いや、ちょっと……」
一方、三太としては、アレがアレなだけにできれば同級生女子には言いたくないのが実情である。当然、この歯切れの悪さにもなるってものだ。
「なに? ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」
そんな機微どころではない舞奈は、なおも迫る。三太は黒猫に助け舟を求めるべく視線を飛ばすが、なんだかにんまりするばかりで埒が明かない。
「み、みんなには内緒だよ?」
観念した三太が、恥じらいながらつぶやく。
「ぼ、ぼくたちは……このミッションに失敗したら……」
ふんふん、と女子高生がうなずく。
「パイパンになってしまいます」
ふん、ふ……ん?
舞奈の顔に、はっきりと疑問の色が浮かんだ。
「ぱい、ぱん?」
あまり女子高生、というか女性が言うべきでない言葉が、そのかわいらしい口から紡がれた。三太は思わず耳をふさぎたい衝動に駆られる。
「ねえ、でにっしゅ。ぱいぱんって、なに?」
え? マジ? と思わず野郎と黒猫はアイコンタクト。
(あのう、でにっしゅさん。星川さんもそれなりのお年頃。まさかそんなことは、ねえ?)
(う~ん、でも舞奈ちゃんならありえるかも。見てみなさいな、あのお顔)
やましさなんて微塵も感じさせない疑問満開なそのお顔に、二人は得心するしかなかった。
「な~にこそこそ話してるの?」
「べべ、べつに~」
「そう? あっ! ねえでにっしゅ。ぱいぱんて、なんだかおいしそうだね!」
「『ええっ!?』」
思わず固まる二人。
片や将来を思いやる母親のように。
片や思春期の劣情に振り回されて苦悩する兄のように。
「ん? どうしたの、二人とも?」
(でにっしゅさん、ぼくを、いっそぼくを殺してえっ!)
天真爛漫なその瞳に、三太は取り乱すしかなかった。
『舞奈ちゃん。キミも女の子なんだから──』
「あ~ん、さっくさくなパイ生地のパンみたいなのだったらどうしよ~。あ、でもそれってなんだかデニッシュぽい……てことは、デニッシュがぱいぱんなのかなあ?」
『ざけんな、このアマっ! 乙女になんてこと言ってんだよっ? ああん?』
でにっしゅ違い。罪作りな女である。
「あ、パインパンもおいしそうだよね~」
『放せえ、青っちくん! このアマがどういう思考回路してやがんのか、頭かち割って見てやるんだからさあっ!』
「おお、落ち着きましょう、落ち着きましょうよ。他意はないんです、きっとおっ!」
殿中でござる状態の二人を、怪訝に見つめる舞奈。
『なんか……今はあのお顔が、と~ってもムカつく。舞奈ちゃ~ん、ちょっと耳貸して~』
「待って下さい! 純真な少女を汚すのは今しばらく、今しばらくは~っ!」
『あんた、いつまでレディに触れてるつもり?』
「ぎゃあああっ!?」
三太の手は、その鋭い爪の餌食となった。
のたうちまわる忠臣? を尻目に、でにっしゅは今、禁断の果実を投下する。
『舞奈ちゃん、パイパンていうのはね』
ごにょごにょごにょ。
「ふん、ふん、ふん。ふ……ふにゃ~っ!?」
『ふんっ、だ』
パニくる舞奈を睥睨し、一仕事終えたおっさんのようなドヤ顔をたたえる黒猫は、まさに悪魔といえた。
「ぱぱぱ、つつつ、つるりんぱ? きき、きゃ~っ!?」
今の今まで自分はなんて事を言っていたんだろう? そんな心の叫びを体現している悲鳴だった。
「ああ……一つの時代が、終わった……」
さびしげな愁いをたたえた瞳。
(少女はこうして、大人の階段を上っていってしまうのね?)
三太の胸中は、そんな思いで満たされていたことだろう。
「とと、とにかく」
何とか冷静さを取り戻した舞奈は叫んでいた。
「スカートめくりなんてもってのほかだけど、恋愛がらみで困ってる人を、見捨てておくなんてできません!」
は、はあ、と三太はなんだか恐縮。
「なぜならあたしは、魔法少女ミルキー☆イェイ!」
『あ、本当にイェイでいくのね』
でにっしゅのツッコミに、若干頬をひくつかせながら舞奈は続ける。
「今日のところは、青っちたちの味方なんだからねっ!」
そして、黒猫の頬を、思い切りつねりあげるのだった。
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