4月編 第4章

1 三太の決意、魔法少女の決意。 Aパート

 あの日以来、何もできないまま時間は浪費されていた。そして、気づけば四月も今日が最終登校日となっていた。もう後がない野郎三人だったが、それでも放課後の中庭に懲りずに集合することしかできなかった。


「あと数時間で、すべてが終わってしまいますね」

 康司がぽつりと言った。

「そうだな」

「それにしても委員会の人たちは、どうして自分たちを捕まえなかったんでしょうか?」

「偶然とはいえ、メンバーのスカートがめくられたんだ。公開処刑の前に俺たちを痛めつけたかったんじゃないのか」

「そうでしょうか……」

「まあ、あとはブラックホール能力を警戒してるのかもな」

「そうかもですね」

 康司には、その答えの方がしっくりといったようだった。


「おい、三太。中谷とは……」

 そこまで言って孝明は言葉を飲み込んだ。やつれきった三太はベンチに座り、視線を宙にさまよわせていたのだ。幼なじみの変わり果てた姿に、自然と舌打ちが漏れる。

「とにかくだ、山瀬。今日中に俺たち二人で何とかするしかないって事は、わかるな?」

「はい。でないと自分たちは……」

「う~ん、パイパンねっ!」


 突如頭上からあの艶やかな声が降ってきた。そんな声とは裏腹に、二人の顔が瞬時に曇っていく。

「パパンがパイパン、パパンがパイパンっ♪」

 対照的に女神さまは、それはもう楽しそうにステップなんか刻んでいた。


「やかましいっ!」

 たまらず孝明が吠える。

「イライラしちゃって情けないな~。でもよかったね」

「なにがだ?」

「だって、女神さまってみ~んなパイパンなんだよ?」

「ど、どういう意味でしょうか?」

 康司も首を捻らざるおえない。

「だ~か~ら~、キミたちも明日からは~、よっ、女神さまっ!」

「もっとやかましいわっ!」

「あによ~。せ~っかく慰めにきてやったっていうのに~」

 女神さまはぷっくりと頬を膨らませてみせた。

「なぐさめなんかいるか。まだ終わってないってのによ」

「はい」

 二人は力強く女神さまを睨みつける。

「お~怖っ! ま、せいぜいがんばんなさいな」

 どこかうれしそうな笑みを浮かべると、女神さまは現れた時同様に忽然と消え去った。


「見とけよ、クソ女神っ!」

 その虚空に向かい、孝明はひときわ盛大に吠えた。


「ぼく、みどりのところに行ってくるよ」


 会話を聞いていたのかは定かではないが、意を決したかのように三太がベンチから立ち上がっていた。

「おまえ、でも……」

「いってくる」


 覚悟を決めた瞳に、孝明は頷くことしかできなかった。




 校庭、陸上部の部室、2-Aの教室。

 およそみどりがいそうな場所を捜した三太だったが、その姿を見つけることはできなかった。


 それでもと教室の前の廊下で、迷子のように視線をさまよわせる。


「あ、あの……」


 焦燥感が募りだした背中に声がかけられたのは、その時だった。

 弾かれたように振り返る三太。


「……星川……さん?」


 小さな身体が、さらに小さく感じられた。思いつめたような表情は、今にも決壊してしまいそうだった。


「青っち、ちょっといい──」

「ごめん。急いでるんだ」


 精一杯の勇気が込められていたであろうその呼びかけを、三太は遮った。


 そして、後悔する。


「あ……いや、ホントに……ごめん」

 彼女のその愁いに満ちた瞳にいたたまれなくなり、その場を足早に立ち去ろうとした。


「待って」


 三太の制服の袖口が、不意に引かれた。それは、ふんわりと掴まれているはずなのに、頑なな思いがなぜだか伝わってきた。


 思わず振り返り、舞奈の顔を見る。


 そこにはか細いながらも何かを覚悟した表情があった。




 二人は、A棟屋上に場所を移した。

 すぐに舞奈のくろぶち丸めがねが変化し、黒猫が足もとに現れる。


 いくぶん強い春風が、二人と一匹をなでた。


「でにっしゅを見ても、驚かないんだね」

 流れだしていた沈黙を、舞奈が静かに破った。

「それはそうだよね。もう、全部わかってるんだもんね」


 困ったような、切ないような、そんなぎこちない笑顔が、三太に向けられていた。


「あ……うん」

 どこか申し訳なさそうに、三太は肯定する。

「ねえ、青っち」

 静かに、しかし力強く、舞奈は続けた。

「あたしね、引っ込み思案なくせに、自己中心的でね、ほんとイヤな子なんだ。でもね、ある人に出会って、そんな自分を変えたいって思えたの」


 熱を帯びたその瞳が、三太の瞳を正面から捉えていた。


「その人はね、いつだって前向きで、損得勘定なんて絶対してなくて、誰にだって精一杯本気で接しててね、本当にすごいんだよ」


 自分の事のようにうれしそうに語る舞奈から、目が離せない。


「ああ、自分もこの人みたいになりたいって思った。どうしようもなく憧れた。でも、どうしたらいいのか分からなかった。でにっしゅと出会ったのは、そんな時だったの」


 優しい視線が、足もとの黒猫に注がれる。しかし、当の黒猫は気づかないかのように毛繕いをしていた。


「魔法少女にならないかって言われて、最初はとってもびっくりした。でも、その人と肩を並べられるような人間になれるのならって、すぐに決意できた」


 ちょっぴり誇らしそうに、はにかむ。


「そしてあたしは、恋のお手伝いをする魔法少女になったの」


 でも、と、表情が曇った。


「最初の大きな仕事として、委員会のお仕事を手伝うことになったんだけど……思っていたのと違うっていうか、方針に疑問があったっていうか……でも、きちんと仕事はしなくちゃと思って、ああなっちゃったわけで……」


 そこまで言って静かに首を振った。


「また言い訳しちゃった。違うの。委員会の人たちのせいじゃない。悪いのはあたし。あたしのみっともないエゴが全部悪かったの。だから青っち」


 迷いを払拭した瞳が、三太に向けられる。


「本当にごめんなさい」


 潔く、本当に潔く頭が下げられる。

 見ればその足もとで、黒猫もちょこんとお辞儀していた。


 その様子がやけにかわいらしくて、三太は思わず笑い声を漏らしてしまった。


「な、どうしてここで笑うのかなあ」

 しんじらんない、と非難の視線が三太に迫る。

「い、いや、ごめん。何かとってもかわいかったから、つい、ね」

「ええっ!?」

「でにっしゅって言うんだっけ? ほんと、かわいいよね」

「なっ!」


 瞬間赤面から違う意味での瞬間赤面。


『げらげら。舞奈ちゃんの百面相はホントおもしろいよねえ』

 でにっしゅの煽りで、沸点を軽々突破である。

「もう! せ~っかく人が真剣に謝ってるっていうのに、二人とも何なの?」

 ぷんすかとふくれてみせる舞奈は、本当にかわいらしかった。

「ごめんごめん」

 でも、早まる鼓動が邪魔をして、今の三太の口からは、そんなこと言えなかった。

「ふ~んだ」


 どこか暖かい穏やかな空気が、満ちていく。

 舞奈の表情にも、ほんの少しだが晴れ間が垣間見られた。

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