8 それぞれの思いは、それぞれの方向に……

 委員会室に戻った美麗と佳奈は、緊急作戦会議を開いていた。


「これで全員の能力がわかったわけですが……」

「結構、厄介」

「そうですね。藤代孝明が恐らく熱量を操作する能力。山瀬康司が召喚能力。そして、青山三太が……」

「ブラックホール使い」


 沈黙が訪れた。


「……ただ、これでわたくしたちの能力が、弱められていた事にも得心いたしましたわ」

「ん」

 佳奈もうなずく。

「はあ……しかし女神さまも、厄介な能力を与えてくれたものですわね」

「女神さま、言ってた。能力は、自己の本質の発現だと。もしかしたら、青山三太は私と同じ……」

「どうかしましたか? 相馬さん?」

「何でもない」


 そうですか、と美麗は話を流すが、佳奈の微妙な変化を見逃さなかった。


「とにかく、能力さえわかってしまえば、対策の立てようはあります。次は全力でお相手して差し上げましょう」

 会長の言葉に、副会長は静かに首肯した。

「それにしても……星川さんは大丈夫かしら……」

「……スカートめくり、許さない」

 佳奈の瞳が、激しく燃えていた。




 中庭。

 すでに夕闇が辺りを覆い始めていた。

 そんな中、一組の男女が向かい合い、押し黙っていた。


「……三太、あの人達はなに?」

「パンチラ統制委員会の人たちだよ。みどりも知ってるでしょ」

「星川さん、あんたの事スカートめくり予備軍って言ってたけど、どういうこと?」

「そ、それは……そ、そんなことより今日はみどりに大切な用があって……」

「それに危ないって言ってた。もしかして、あんたわたしを騙してスカートめくりしようとしてたんじゃないの?」

「……」

「どうしてそこで黙るのよ?」

「ごめん」


 乾いた音が、夜空に吸い込まれていった。


 あふれ出る涙を隠そうともせずに、みどりは三太を睨めつけると、そのまま無言で走り去った。


「……痛いじゃないか……今までで一番……痛いじゃないか」


 星が滲んで、よく見えなかった。



 孝明と康司は中庭のベンチに座り、その様子を見るともなく見ていた。


「青山さんに、悪いことしちゃいましたね」

「……」

「じ、自分たちも災難だったわけですが……」

 頬が熱くなるのを感じながら、康司は孝明に視線を移す。

 そして。

「藤代さん? どうしたんですか?」

 呆然としていた孝明に、質問を投げかけた。

「ん? ああ、いや、何でもない」

「そ、そうですか」


(どうして彼女がここにいるんだ? いや、そんなはずない。もう何年たってると思ってるんだ?)


「え? なんですか?」

「あ、いや、何でもない。それより三太を回収して引き上げよう」


 二人は重い足どりで歩を進めた。





 暗い部屋に、嗚咽が漏れていた。

 壁や家具、カーテンなどすべてがパステル調で統一された女の子らしいその部屋に、まったく似つかわしくない嗚咽が、あふれていた。


「……どうしてこうなっちゃったんだろう……あたしはただ……」

『ただ、なに?』


 ベッドに倒れこみ泣きじゃくる舞奈に、黒猫はやさしく問いかけた。


「ただ、みんなに幸せになってほしくて……ううん、嘘。それは嘘」


 舞奈はゆっくりと、身体を起こした。


「あの時あたしは、自分のことしか考えていなかった。他の人がどうなるかなんて、これっぽっちも考えていなかった。中谷さんたちの必死な顔を見ても、最初は罪悪感すら浮かんでこなかったんだよ。そしてあたしは……あたしは、自分のエゴを通そうとして……いやな子。魔法少女失格だよね」


『ねえ、舞奈ちゃん。キミはどうして魔法少女になる事を、引き受けてくれたの?』

「それは……自分を……引っ込み思案でダメダメな自分を変えたかったから……」

『それだけ?』

「……」

『違うよね。みんなを幸せにしたいって言うのも、本当だよね。ボクにはわかるよ。キミの心の奥にある優しさが。さっきはちょっと暴走しちゃったけど、キミは人の痛みがわかるやさしい子だよ。だって今、ちゃんと反省して、自分を責めているじゃないか。だからね、舞奈ちゃん。だからこそボクは、キミを選んだんだよ』


「でにっしゅ……」


『舞奈ちゃんがどう思ってるかはわからないけど、一つだけおぼえておいてね。幸せになる【みんな】の中には、舞奈ちゃんも含まれているってことをね』


「……ありがとう」


 今までとは違う涙が、舞奈の瞳からあふれていた。



「でも、あたしなんかにできるのかなあ」

『大丈夫。前にも言ったよね。ボクはキミの味方だよ。なにがあったって、ボクがキミを助けてあげる』


 寄り添っていたでにっしゅを、舞奈はそっと抱きかかえた。


『なな、なにするの?』

「えへへ~、なんでもない」


 胸に感じる小さなぬくもりが、この上なく暖かかった。


『あついあつい、やめてよ~』

「今日はこのまま一緒に寝よ」

『や』

「いつでもあたしを助けてくれるんでしょ?」

『うっ』

「でにっしゅ、だ~いすきっ!」

『舞奈ちゃん……冗談はそのおかめちっくな顔だけにして』

「な、なにお~」


 困り顔の黒猫に、かまわず舞奈は頬ずりするのだった。

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