7 そして、魔法少女は苦悩する…… Bパート
「ま、魔法陣!?」
三太は思わず叫んでいた。
そして、中庭の空気が一変した。
嫌な緊張感が、湿気のようにまとわりついてくる。と、魔法陣がひときわ強く輝いた。圧縮されていた空気が、いっぺんに開放されたようなつむじ風が吹き抜ける。その中心から、ズズ、ズズ、と何かが姿を見せ始めた。濁ったような白い煙が、あふれだしていた。妖しげに光る二つの点が、瞬いていた。そして──
『むきゅうううっ!』
──身の毛もよだ……ちそうもない、牧歌的な咆哮が中庭に響いた。
「こ、これは……毛玉?」
三太の足もとに、バスケットボール大のもじゃもじゃが現れた。
「な、なんだかよくわからないものが出てきましたが……と、とにかく青山さんを守って下さい……お願いします、毛玉さん……」
『む!』
弱々しい康司の声に、それは反応した。そして、どぎつい黄色の毛を振り乱し、迷うことなく三太を襲う閃光に飛び込んだのだ。
『むがががっ!?』
毛玉全体で、桃色の電撃のようなものがばちばちと弾けた。全身の毛が完全に逆立ってしまい、倍以上の大きさに見える。と、不意に電撃が消え去り、毛玉は煙を立ち上らせながら、どさりと地面に転がった。そして、壊れたおもちゃのように、ぴくりとも動かなくなった。
呆然から復帰した三太は、足もとの毛玉に視線を落とした。自分の身代わりとなり、変わり果てた姿になった黄色い玉。沈黙したそれは、たしかに三太の恩人だった。胸が押しつぶされそうな、味わったことのない感情が渦巻いた。ゆっくりとしゃがみ、震える手を毛玉に伸ばす。瞬間、その塊が大きく蠢動した。
「ひいっ! ……あ」
パニクった三太は、咄嗟に毛玉を大遠投。きれいな放物線を描き、物理法則に従うそれは、ベンチで丸くなっていたでにっしゅに見事直撃!
『いっだ~っ! 何すんのっ!』
黒猫は、傍らに転がっている毛玉を睨めつけた。
『なんとか言いなさいっ!』
ワン、ツーと猫パンチを叩きこむ。と、毛玉はズリズリと旋回をはじめた。そして、その視界にでにっしゅを捉える。
「やばいよ~、逃げてでにっしゅ!」
『何慌ててんの、舞奈ちゃん?』
パートナーに目をむけると、しきりに黄色い物体を指さしていた。
ああ? とそれに視線をもどす。
でにっしゅの顔から、血の気が引いたように見えた。それもそのはずだ。毛玉の目がすっかりハート型で、興奮気味にその毛をざわつかせていたのだ。
『ひっ』
黒猫は身の危険を感じたらしく、一目散にベンチから逃げだした。その後を反射的に毛玉が追う。
ガチの鬼ごっこ、開戦である。
はじめはランダムに中庭を駆け回っていた二匹だが、気づくと舞奈の足もとが主戦場となっていた。
「ここ、こら~っ! でにっしゅ、なにしてんのよ~」
たまらず悲鳴を上げる舞奈だが、そんなことにはお構いなしに二匹はぐるぐるとそのおみ足サーキットで周回を重ねた。
「あ、あぶな、もうやだ~っ!」
切実な絶叫がこだましたその刹那、黒猫が不意に地面を蹴った。
しなやかな身体が宙に踊る。
が、それしきで振り切れる相手ではないらしい。黄色い悪魔は、ホーミングミサイルよろしく跳ね上がった。
舞奈のスカートを、巻き添えにして。
「きき、きゃ~っ!!」
下方から突き上げられ、おもいきりめくれるスカート。
あらわになった魔法少女のそれは、ピンクと白の、いわゆる縞パンだった。
「な、ななな……みみ、見た?」
舞奈は蒼白になりながら、三太を見る。
「あ~」
気まずそうに視線を逸らした三太は、すまなそうに首肯した。
「~~~~~~っ!」
声にならない悲鳴を上げる舞奈。その目の前で、でにっしゅが、ぽん、と煙に包まれる。すると、舞奈の顔に黒ぶち丸めがねが現れた。
『舞奈ちゃん、逃げて~』
ガタガタと震えるめがねが叫ぶ。しかし、舞奈にその声は届かない。
「ききき、記憶消去が必要だね? だね?」
魔法少女は、壊れた機械のようにカタカタと動きだした。そして、そのステッキを大上段に振りかぶる。
「だだだ、大丈夫。痛くなんてしないよ? よ?」
そこからの動きは、まさに神速だった。三太の頭部めがけてピンクのハートが容赦なく振り下ろされ、間髪入れずにいやな鈍い音が響いた。
「……あ」
舞奈の口から、動揺がこぼれた。
「ああ、あの、違うの……これは、そのっ……」
咄嗟に三太をかばったみどりの背中に、ステッキが打ちつけられていた。
「み、みどり! 大丈夫か?」
苦痛に歪む顔には、強がるような笑顔が佇んでいた。
「あ……あの……」
言いようのない罪悪感に、舞奈は押しつぶされそうだった。そして、同時に怒りにも似たもどかしさが全身を駆けめぐる。
「……も、もう、なんでなの? あたしはただ……みんなの……青っちの……」
そこで首が、大きく横に振られた。
「ううん、違う。あたしは……あたしの……そんなのだから……」
『舞奈ちゃん?』
震えていたでにっしゅが、舞奈の異変に気づく。
「なんで……なんでうまくいかないの? 魔法少女になったって……魔法少女になったって、何にも変わらないじゃないっ!」
大きな瞳から、涙がひとしずく。
そこへ。
『むきゅきゅ~っ!』
完全に空気の読めない毛玉が、舞奈の顔に殺到した。
「るさいっ!」
ステッキ一閃。黄色い玉は、キラキラと淡い光を残して消滅した。
「青っち、中谷さん、それから……」
立ち尽くす三太と、その腕の中のみどり。そして、地面に崩れ落ちている孝明に康司。四人をゆっくりと見つめた舞奈の顔が、くしゃり、と歪んだ。
「ごめんなさいっ!」
舞奈がステッキを一振りすると、深紅のハーフブーツに純白の小さな羽が現れた。そして、地面を一蹴りするや、彼女の身体は宙を舞い、あっというまに見えなくなった。
喧噪のあとの静寂は、宇宙空間のようで、何だかすべてが闇に飲まれたかのような錯覚さえおぼえた。
しばらくの間、誰一人口を開く事はできなかった。
「やってくれましたね、あなたたち」
静寂が、壊された。
「捕縛の上、公開処刑」
中庭端のベンチから静観していた美麗と佳奈が動いた。美麗の右手人差し指にはすでに光が収束していた。
「ま、まずい。みんな、逃げる……ぐあっ!?」
目に見えない圧力が、容赦なく三太を押しつぶした。いや、三太だけではない。孝明、康司も苦痛に顔をゆがめていた。
「スカートめくりなんか、ダメ」
めずらしく顔の端に怒気を貼り付けた佳奈が、右手で彼らを押さえつけるような姿勢を取っている。
そして、美麗の右手から、眩い一条の光線が放たれた。冷徹なそれは、迷うことなく三太に吸い込まれていく。
本当にヤバイ時には、声なんかでない。事実、彼らは時を止められたかのように、固まる事しかできなかった。
(あれ? これって死ぬのかな?)
スローモーションのように迫りくる鋭い光に、三太はそう思わずにはいられなかった。
(ああ、みどりには謝っときたかったなあ……)
覚悟と未練がごちゃ混ぜになった目で、その光線を睨みつける。
と。
ブォン!
「!」
その視線の先に、鈍い音と共に小さな漆黒の塊が出現した。
あたかも三太の意志により現れたかのようなそれは、一瞬で膨れ上がると、美麗の放った光線を飲み込んだ。
「な、ブラック……ホール?」
「想定外。ヤバそう」
委員会二人の顔に、緊張が走った。
「相馬さん、ここはいったん退きますわよ」
「了解」
二人は驚くほどあっさりと、中庭から離脱した。
自由を取り戻した三太たちは、その背中をぼんやりと見つめていた。
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