6 そして、魔法少女は苦悩する…… Aパート

 舞奈は潤んだ瞳をつり上げ、四人をキッと睨む。そして、何やら呪文のようなものが口からこぼれた。と、その目の前の空間にまばゆい光が収束していき、一振りのステッキが現れた。金色の柄の先には、淡いピンクのハートがあしらわれていて、なんというかメルヘンそのものだった。


 そのメルヘンを、右手でむんずとつかんだ舞奈はさらに叫ぶ。

「青山三太! 覚悟おっ!」

「え? え? なんでぼく?」

 ステッキが折れちゃうよ? 的なスピードでしばきにかかる舞奈を見て、孝明がその前に飛び出した。

「おまえと中谷は下がれ! でもってさっさと仕留めちまえ!」

「そうです、お願いします!」

 康司もそれに続いた。

「で、でもさ、なんかベンチにやばそうな人たちがいるよ?」

「正体も隠さずにここにきたってことは、もう俺たちだと確信してんだろ。構わずやっちまえ!」

「後のことは後で考えましょう!」

 二人がいつになく男らしく見えた。

「わ、わかったよ。みどり、こっちに」

 三太はみどりの手を取り、その場を離れようとした。


「邪魔するな~っ!」

 舞奈は叫ぶとステッキを頭上に掲げる。先端のハートが、明滅を繰り返していた。

「ミルキ~・はあと・あた~っく!」

 しぱっ、と振り下ろされたステッキから、無数のピンクのハートがあふれだし、四人に殺到した。


 桃色の波が、彼らを飲み込もうとしたまさにその瞬間、三太はみどりに飛びついた。もつれるように転がる二人は、なんとかその怪光線を回避した。


 しかし、そんなことにはお構いなしのハートの群れは、呆気にとられていた孝明と康司を丸呑みにした。一瞬の静寂の後、ほわわ~ん、という効果音とともにパステルピンクの閃光が弾けた。


 淡い残光をまとった二人が、なんだか頬を軽く染め、姿を現す。妙にきらきらして見えるのは、気のせいだろうか?


「山瀬……」

「藤代さん……」


 せつなげな視線が絡み合い、ゆっくりと近づく二人の顔。そして、くちびる。


「見なさいっ! 青山三太っ!」


 勝ち誇ったような舞奈の声が、地面に転がっている三太に降り注いだ。

 三太は守るように抱きしめていたみどりを開放し、緩慢な動きで体を起こす。

「み、みどり、大丈夫?」

「う、うん」

 突然の攻撃に茫然自失といった感じのみどりは、無機的に答えた。三太はその瞳を心配そうに覗きこむ。

「そこーっ! くっつくなあーっ! あ、や、え~と……っていうか、あんたたちの仲間が大変なことになってるんだからね!」

 どこか苛ついた様子の舞奈が叫ぶ。


 三太は、はっとして二人の野郎へ視線を飛ばした。


「ぎ、ぎゃあああっ!?」

 そしてその衝撃映像に、思わず舌をかみそうになった。

「ど、どうしたの、三太?」

 彼の悲鳴にみどりが我に返り、三太の視線をたどった。

「き、きゃああ~っ!」


 美形の幼なじみと猫背の同級生のくちびるが、まさに触れ合う瞬間だった。

 とっさに両手で顔を覆うみどり。

 しかし、もちろんその指のすきまから、決定的瞬間は見逃さないのだった。


「たたた、孝明? 山瀬くん? 気は、気はたしかかあっ!?」


 汚らわしい、そんな形容がぴったりなキスは続いていた。

 当事者二人のなんだか恍惚とした表情が、せつなさを倍増させた。


 気の毒そうに見つめる三太。

 頬を染め、興味津々といった様子の女子二人。

 さらには離れたベンチからも、統制委員会の二人が、ふむふむ、と熱い眼差しを送っていた。


 と。


「「ん~、んん? んんんっ!?」」


 悲しい帰還である。


 我に返ったとき、目の前に野郎の顔があった。

 しかも、そのくちびるには柔らかい感触とともに、ほのかなぬくもりが……。


 弾けるように飛び退く二人。

 戸惑いの色をまとった瞳が、潤んでいた。


「おお、俺のファーストキスが……男……よ、よりにもよって山瀬だとは……」

「瑠璃、ごめん。お兄ちゃん、本当の……本当の本物になっちゃったよ……」


 がっくりと肩を落とした二人が、崩れ落ちた。


「な、何をしたの? マイナー・星川さん?」

 三太は立ち上がり、ラブマスターを睨みつけた。

「さん付けはやめて!」

 露骨に顔をしかめる舞奈。しかし、三太はかまわず続けた。

「そんなことより、二人に何をしたの?」

「なっ!? そそ、そんなことお?」


 ぶちっ、と何かがキレる音が、たしかに聞こえた。

 顔の輪郭が歪んで見えるほどに、魔法少女はご立腹の様子だった。


「うう~っ、これ以上の譲歩はできませんんっ! ミルキーがマイナーだよ? さらに敬称追加? ないないないっ!」

 鋭さ三割増しの大きな瞳が、三太を射抜く。

「後悔しても遅いんだからね、青っち! あの二人以上の恐怖が、カミングスーンなんだからね!!」


 ステッキを横に寝かせ、身体の正面につきだす。と、天真爛漫な笑顔が、咲き乱れた。


「ミルキ~・はあと……」


 くる、ぴた、くる、ぴた、と言葉にあわせ回転しては決めポーズを取る。そして最終的に、居合い剣士のような構えを取った。ただし、かなりかわいらしい剣士ちゃんであることは、言うまでもない。


 鞘に見立てた左手の中で、ステッキがかすかにうごめいた。渾身の一撃をお見舞いすべく、舞奈は重心を落とす。笑みをたたえたくちびるから、呪文の最終ワードがつむがれる──。


「ぶれええっ!?」


 ──はずだった。


 舞奈は、目の前に現れたお供に驚き、んが、と急停止。

「で、でにっしゅ、邪魔!」

『ん~、それはやばいんじゃないかな、舞奈ちゃん。ミルキー・はあと・あたっく強制同性キスビームは、まあしゃれですむ場合もあるけど、ミルキー・はあと・ぶれいかー恋愛感情リセットビームは……』

「だってだって青っちてばひどいんだよ? 大爆笑だよ? さん付けだよ?」

『それで人の心を弄ぶの? 大人げないなあ』

「うっ……いいもん。魔法少女だもん。大人げなくて当然だもん。それに、ちゃんとフォローするもん。あたしが青っちの……」

『あ、そう。ならいいけど。でもさ、魔法ではじまる恋愛って、どうなんだろうね?』

 黒猫は、興味なさそうにつぶやきながら、近くのベンチに向かった。


 舞奈はくちびるをかみ、うつむく。

 瞳を閉じ、自問自答を繰り返しているようだ。


「それでも、それでもあたしは……」


 数瞬後、何かを決意したような視線が、三太に向けられた。


「青っち、覚悟!」

 再びステッキを構える舞奈に、三太は後じさった。

 と、二人の間に割ってはいる影が一つ。

「や、やめて。三太の、三太の心で遊ばないで!」

 肩を怒らせたみどりが、しかし膝を震わせながら、舞奈の前に立ちはだかった。

「遊びじゃないんだから! それにこれは、みんなのためなの!」

「それでも、人の心を弄んでいいはずないじゃない!」

 みどりの言葉に、舞奈の表情が一瞬曇った。

「とにかくそこどいて! そのスカートめくり予備軍に鉄槌下すんだから!」

 それを振り払うように叫ぶと同時に、舞奈はみどりめがけて突進する。

「どかない! 三太の心はわたしが守るっ!」

「ならいいもん。ミルキー・るーれっと!」

 両手を大きく左右に広げ、通せんぼなみどりの目の前で、舞奈はサッカーのフェイントのようにくるりと身体を回転させ、そのバリケードを突破した。


「チェックメイトだよ、青っち! ミルキ~・はあと・ぶれいかあ~っ!!」


 勢いそのままに、舞奈はステッキを抜き放った。一筋のパステルピンクの閃光が、鋭く三太を目指す。


「ちょちょ、待ってよおお」

 足がすくんで動けないところへ、光線が迫る。


 直撃まで3メートル、2メートル……。


 その時だった。


 三太の目の前の地面に、直径1メートルほどの鈍く輝くサークルが描かれた。そのサークル内をさらなる光が走り抜け、五芒星をかたどったのだ。

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