5 魔法少女、現る!

「あたしはっ!」

 そう言って羽織っていたマントを豪快に脱ぎ捨てた。

 一瞬、宙を舞うそれに二人の視線が飛ぶ。

 そして、その視線が今まで漆黒だったものにゆっくりと向けられた。


 使命感あふれる大きな瞳。つんとした凛々しい鼻。不敵な笑みをたたえるかわいらしい口もと。何より目をひいたのは、淡いミントグリーンの髪だった。その目立ちまくりなそれが、真っ赤なリボンによってツインテールにまとめ上げられていた。


 そして、美少女的お顔立ちのその下も、じつは大変なことになっていた。


 一見、どこぞのお姫様のドレスのようでいて、完全な別物。パステルピンク基調のそれに、ふんだんにあしらわれた白のフリルと黄色の星たち。かなり短めなフレアのミニスカート。そこから伸びる健康的なおみ足には、純白のニーソックス&深紅のハーフブーツが装着それている。


「あれ? 星川さん?」

「三太の隣の?」

「おお、星川だ」

「彼女が星川さんですか」

 のこのこと木陰から現れた孝明と康司も加わり、全員で注目!

「星川さん、コスプレなんかしてどうしたの? それにその髪、染めちゃったの?」

「ちち、ち・が・い・ま・すっ! あたしはっ」

 ほんのりと頬を染め、反論した舞奈? はくるくると回転をはじめた。その顔には、笑顔が満開だった。と、ほわわ~ん、と彼女のまわりがパステル調に変化していった。どこからともなく降り注ぐ、黄色いコメットたち。アイドルのステージのようなライティング。


 そして。


「魔法少女ミルキー☆イェイ!」


 笑顔のままぱちりとウインク。

 その顔のすぐそばには、ダブルピースが添えられていた。


 かわいいんだかダサいんだか、コメントに窮するポーズとネーミングに、四人は薄ら笑いを提示。


 ミルキーさんの頬がびっくりする勢いで紅潮最高潮。


 静寂。


『舞奈ちゃん舞奈ちゃん』

 見ると、魔法少女の足もとには、黒猫がちょこんと座っていた。

「なな、なんてこと言うのっ!? せ~っかく違うって言ってるのにっ!!」

『でもさあ、大事なとこ噛んじゃってたよ? になっちゃって、バカっぽさ炸裂」

「なっ? ほ、ほんとに?」

『ほんと。ポーズと相まって、すんげー破壊力だった』


 舞奈の視線がでにっしゅと三太たちの間を七往復半したところで、その全身を史上最大級の激震が襲った。


 ビッグバン。


 お顔の熱量は、それに匹敵したという。


「……いい……もういい……あたしはイェイ。そう、ミルキー……今日からミルキー☆イェイなんだからあっ!」


 本家仁王様をも上回る完璧な仁王立ちからは、魔法少女らしさなんてものは微塵も感じられなかった。


『舞奈ちゃんがそれでいいのはわかったんだけどね、いいのかなあ?』

「なにがっ!」

『見てるよ』

 かみつく舞奈にでにっしゅは冷静に視線で答えた。

 あん? と舞奈はその視線を追う。

「うっ……」


 少し離れたベンチには、美麗と佳奈が座っていた。

 しかも会長は舞奈に対し、なんだか殺気を含んだような視線を飛ばしている。

 その視線から逃れるように舞奈はしゃがみ込み、でにっしゅに耳打ち。


(どどど、どうして会長さんたちがここに?)

(おそらく委員会室からじゃ、状況把握できなかったんでしょ)

(だからって急にくるなんて……)


「ほ、星川さん……猫がしゃべってるんだけど?」

「もう、いくら青っちだからって、邪魔しないでくれる? 今取り込み中なんだからね。それにあたしは舞奈じゃないって……ん? 猫が……しゃべってる? ってああっ!?」

 慌てふためいた舞奈は、しゃがんだままその小さな背中ででにっしゅを隠した。


(ななな、でにっしゅ? あんた何堂々としゃべってるわけ?)

(べつに~。なんならいつもみたいにフォローしとく?)

(こ、こら~っ! なによその態度はっ!? あたしはあんたのためを思って……)

(それよりどうするの? この前門の虎後門の狼的状況)


 舞奈は人目もはばからずに大きなため息を漏らすと、力なく立ち上がった。


「て、訂正があります。魔法少女ってなしです。ほんとはなしじゃないんだけど、諸事情でなしとなりました」


 そして、よたよたとまったく切れを感じさせない動きで振り返る。


「あたしは、パンチラ統制委員会のラブマスター……」


 そこで極大なため息が再び漏れた。


 でにっしゅにすがるような瞳を向けるが、彼女は毛繕いに夢中で気づかないふりをしていた。


「はああ……あたしは……ナーほ……わです」

 消え入りそうな声に、三太たちは思わず何? と聞き返す。

「だから、マイ……かわ」

 はあ? と四人。

「ああっ、もう! あたしは、マイナー・星川よっ!」

 赤面が、半切れ気味に叫んだ。

「さあ笑いなさい。おもいっきり笑えばいいのよっ!」

 顔を見合わせる三太たち。


 しばし流れる沈黙……。


「売れないお笑い芸人か?」

「孝明、そんなこと言っちゃだめだよ。かわいらしい格好に全然あってなくて、かえって新鮮だよ……ぷっ」

「失礼だよ、三太。おかしいときはしっかり笑ってあげなきゃ」

「じ、自分限界です。すす、すみませわははははっ!」


 康司の笑い声をきっかけにして、中庭は爆笑のるつぼと化した。

 舞奈は肩を震わせ、耳まで真っ赤にしながらじっと耐えているようだった。


 しかし、なかなか引かないその波に、ついに声を荒げた。


「ほんとに笑うな~っ! ばかあっ!!」

『げらげら。あの会長さん、相当いいセンスしてるよね。ラブマスターだけでもたいしたもんなのに、女子高生にマイナー・星川とか普通つけないでしょ? げらげら』


 当の美麗は突如起こった爆笑に、ただただ小首を傾げていた。


「もうほんとに怒ったんだからね! 泣いたって許してあげないんだからっ!!」

 すべてを吹っ切るように舞奈は叫んだ。

「とにかく! このあたしがいる限り、スカートめくりなんか絶対にさせませんっ!!」


 ずびしっ! と、力のこもった人差し指が三太に突きつけられた。

 なんだか舞奈はいろんな意味で、燃えているのであった。

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