4月編 第3章

1 孝明は、ましろにしこたま怒られました……

 非常識オンパレードだった週も明け、うわべは穏やかな新たな週が始まっていた。


 放課後のいつもの中庭には、運命共同体となった野郎三人と、この学校の絶対的ヒロインが集まっていた。


「それにしてもこの黒猫、ちっとも起きねーな」


 ベンチの右側を、占拠するように眠る黒猫。その隣に座るましろが、いくらつついてみても猫はぴくりともしなかった。


「で、どうして俺は立ってなきゃいけないんだ? この二人はまあわかるが、俺は病み上がりみたいなもんなんだぞ?」

「何おまえ、そんなにオレの隣に座りてーの?」

 ニヤニヤとましろは孝明に聞く。

「ちち、違う! 断じてそんなことは……」


 見ているのが恥ずかしいくらいの動揺っぷりに、三太と康司は苦笑を隠せなかった。


「わたしのために命がけだったもんね。わかったわ……なんて言うわけねーだろうが!」


 一瞬ゆるみかけた孝明の表情が、ぴしり、と凍りつく。


「てめえの能力、ありゃ~熱量操作だろう? その程度の能力使って、何凍死しそうになってんの?」

「え?」

「っていうか、あんな全力で熱量操作するから凍えたんだぞ? ったくオレだったからよかったけどよ~、普通の女子にあれやったらてめえ、殺人者だからな?」

「…………」

「もう少し頭使えよな~。それから体も鍛えやがれ。ってわけだから、ず~っと立ってろや」


 ヒロインとは思えない豪傑笑いが、中庭にこだました。


「と、とりあえず孝明の体調も戻ったみたいだし、明日から行動を再開しようか?」

 めずらしく三太がその場を取り繕うように口を開いた。

「そうですね。そうしましょう」

 康司も全力で援護射撃開始。

「あ、あと藤代さんは、あの能力をはじめて使ったわけですから、仕方ないですよね」

「うん、そうそう。それにぼくたちの能力って、学校の中で、しかも一日一回しか使えないからね」

「はい、ぶっつけ本番みたいなものでした」


 あはは、と二人はわざとらしく笑う。


「わかった。じゃあてめえら、今日からじっくり練習な?」


 ヒロインの鋭い視線に、三人は違う意味で釘付けだった。


「じ、じっくりって言ってもさ、ぼくたちの能力は一日一回──」

「聞こえなかったのか? 今日からじっくりだ。練習は反復し、継続することに意味がある。努力はなあ、自分を裏切らねーんだよお」


 どこか遠い目をして、もっともらしいことを言うましろに意見できる人間は、ここにはいなかった。


「練習もいいが、今後のことをまず決めておかないか?」

 ましろに打ちのめされ、息絶えたかと思われていた孝明が、本来の調子で提案した。


「へえ~。てめえはまともな提案もできんのか」

 いいぜ、と彼女は快諾。


「相手の能力があれだけ強力な事を考えると、行き当たりばったりで行動を起こすのは、得策とは言えないのはわかるな?」

「そうだね。ヘタしたら再起不能だもんね」


 野郎たちは、そこで身震いを一つ。


「もう四月も半ば過ぎだ。もしそんなことになったら、どうなる?」

「?」

「今月のターゲット未クリアで、ゲームオーバーですね」

 孝明と康司は互いに頷き合った。

「てことで三太。今週中に、中谷を消化するぞ」

「ん? みどり? なんで?」

「中谷さんは、今月のターゲットじゃないですか」

「ああっ!」


 いまいち話について行けなかった三太は、ここでようやく得心した。


「ででで、でも、いきなりみどりはやめておかない? れ、練習不足だよ。それに強敵だよ? だからまずはほら、ガードの甘そうな女子のをさ、練習がてらぱぱっとめくるのがいいと思うんだけどなあ~。ね、佐野さんもそう思うでしょ?」


 頼みの綱、とばかりにましろに助けを乞う。


「そうだな。青の言い分にも、一理ある」

「だよね!」

「だが、指定ターゲットがあるんなら、早い方がいいな」

「佐野さんっ!?」


 頼みの綱が、豪快な音を立ててぶっちぎれた!


「練習も大事だが、人間が一番成長するのは本番だ。ぶっつけ、大いに結構! 失敗もまた成長の糧っ!」


 こんにゃろ~、と苦情の視線をましろに叩きつけるわけにもいかず、三太は肩を震わせながら口を開いた。


「ろくな練習もせずに挑んで失敗したら、それでもゲームオーバーだと思うけど、違うのかな?」

「そうかもな」

「なら……」

「いいか、三太。こっちが行動して騒ぎを起こせば起こすほど、ヤツらに情報を与えることになる。監視は厳しくなり、中谷にたどり着く前に四月は終了って事になりかねない」

 孝明は噛んで含めるように説明した。


「あ~、恐らくてめえらの情報な、もうヤツらにばれてるぜ。オレのをめくった時に能面女がきっちり見てやがったよ」


 三人は一瞬はっとしたが、すぐに顔を引き締めた。


「なら話は早いな。俺たちが生き残るためには、もう中谷をしとめるしかない」

「そうですね。ゴールデンウィークもありますし、実質十日前後しか動けないでしょうから、今月は中谷さんに一点集中すべきかと」


 そう言って、孝明と康司は改めて三太を見た。


 らしくない重い空気が、中庭の時間に絡みつく。


「……わかったよ。今月はもうみどり集中でいいよ」

 いやいや納得したような渋面で三太は続ける。

「で、誰がめくるのさ。言っておくけどぼくはイヤ……」

「それは、おまえしかいないだろ?」

「青山さんなら、中谷さんも油断すると思うんです」

「……」


 三太は無言で二人を睨みつけた。


「なんだよ? 中谷のパンツを、俺たちに見られるのがイヤなのか?」

「ち、違うよ」


 不意に、胸を締めつけるような感覚に襲われたのか、その眉間にうっすらと苦悶の皺が浮かんだ。


「じ、じつは今、みどりとちょっと険悪になってて……」

「夫婦げんか、まだ続いてたのかよ」

「な、なんか今回のは、いつものと違ってて……」


 という言葉すらスルーする三太に、孝明も若干驚きを隠せないようだった。


「そうか。ならちょうどいいじゃないか」

 言葉とは裏腹に、どこかすまなそうな、そんな声だった。

「はあ? 何がちょうどいいのさ?」

 しかし、今の三太には、そんな機微に気づく余裕はない。


「おまえが話があるって言えば、中谷は必ずここにくる。そこをしとめろ」


 三太は浮かない表情で、地面の一点を見つめていた。


「あ、あの~、一つだけ確認なんですが、彼女たちのジャミングは、どうするつもりなんですか?」

「うっ……そ、それはだな……」


 康司の問いに、孝明は言葉を詰まらせた。


「ったく、切れるんだか切れねえんだかわかんねえヤツだな」

「す、すまん……」

 まさにぐうの音も出ない孝明は頭を一掻き。

「へ、それはオレがやる。オレの能力で中庭だけを隔離してやんよ。ま、今もやってるんだがな」


 野郎どもは目を見開いた。


「てめえら警戒しなさ過ぎにも程があるんだよ。こんなとこで作戦会議なんて、ストリーキング同然だぜ?」


 そして、ましろを見つめると同時に頬を染める。


「ばば、ばか野郎っ! なに想像してやがるっ!?」

 ましろの右拳が、漆黒に染まる。

 三人が一斉に土下座したのは、言うまでもない。


「じゃあこれからは、SNSとかで会議したほうがいいんですかね?」

 土下座の似合う男、康司が地面に額をすりつけながら言った。

「それもダメだろうな。幼女が光使いで、能面女が重力使いだろう? 通信に干渉してくることは十分考えられる。それに、あのラブマスターとか言うふざけた野郎の能力がまだわからねえ。なら、オレのブラックホール能力で、一部の空間を外界から遮断した方がいいに決まってる」


 ほあ~、と土下座勢、感嘆。

 そんな様子で頭を垂れている三人を見下しながら、ましろは悦に入る。


「佐野さんてすごいんだね」

「そうだな」


 ましろはにやけるのを隠そうともしなかった。


「ぼくはてっきり、ただ腹黒いだけの自己中暴力女だとばかり思ってたよ」

「ああ……残念ながら、そうだな」


 冬場に木材が乾燥してひび割れるような盛大な音を立て、ましろのにやけ面が一瞬にして固まった。


「なあ、青。ちらっと聞いたんだけどよお、てめえらこの戦いに負けたらパ、パイパンなんだってなあ?」


 微量の恥じらいを含んだ問いに、三人は面を上げた。


 そして、こくりと肯定。


「……女神の呪いの前に、このオレ様が体毛という体毛、全部消し去ってやるっ!」


 どす黒い左右の手が、光すら飲み込む勢いで殺到した。

 土下座を解除した三人は、その漆黒の攻撃よりも、狂気に満ちた笑みを浮かべる鬼瓦に恐怖したという……。




「ぜえ、ぜえ……じゃ、じゃあ、今週中に、中谷をここに呼び出して決行で、いいな?」

「い、いいけど、どうやって、呼び出すのさ……はあ、はあ」

「それはだな」


 孝明はそこで深呼吸。


「SNSや電話じゃなくて、おまえが直接中谷の目を見て誘え。そうすれば必ずうまくいく」

「なんだよ、その自信は?」

 ちっ、と三太は舌打ちを一つ。

「でも、なんかみどりを騙すみたいで、ちょっとなあ……」

「それも大丈夫だ。めくったあとに、おまえの命を差しだして謝罪しろ」


 三太は荒い息のまま、孝明につかみかかった。


「て、わけだから、ちゃんと見とけよ、女神っ!」

 応戦しながら孝明は叫ぶ。


 しかし、女神さまは現れなかった。

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