5 三太の思考は、堂々巡りを繰り返す……

 三太は一人、とぼとぼと歩いていた。孝明は大事を取って先に帰っている。康司もなんだか急いでいたみたいで「すいません」とだけ言って、申し訳なさそうに走っていってしまった。


 夕日に染まる通学路には、いつもの日常が存在していた。

 夕飯の買い物中の主婦。

 塾に向かうのだろうか、自転車を飛ばす小学生。


「はあ……」


 そんなあたりまえの光景と、今の自分の状況をくらべると、自然とため息が漏れた。


(なんか、すごく疲れた……)


 他愛ない会話を弾ませながら、別れを惜しむようにゆっくりと歩く生徒たちが、三太を追い越していく。


(ああ、早く帰って眠りたいなあ)


 思いとは裏腹に、足どりは一向に軽くはならなかった。




「……くん。……太くん?」

 誰かに呼び止められたような気がして振り返る。


「やっぱり三太くんだ」

 そこには見知った人物が、うれしそうに立っていた。

「あれ? あおいちゃん? どうしてここに……」

「どうしてもなにも、ここ、うちらの地元じゃない」

「えっ?」


 慌てて三太は辺りを見まわした。


「ほ、ほんとうだ……」

 慣れ親しんだ駅前の光景に、三太は驚きを隠せない。


(いつの間に電車に乗ったんだ? まったく記憶がないんだけど……)


 普段はあまり悩むことのない三太だが、今回の件では記憶が飛ぶくらい悩んでいるようだ。


「変なのお」

 そう言って、あおいは本当に楽しそうに笑った。


「あれ? お姉ちゃんは一緒じゃないの?」

「っ! い、いつも一緒じゃないのは、あおいちゃんが一番よく知ってるよね?」

 慌てふためく三太を、あおいの鋭い視線が貫く。

「ま~たなんかあったんでしょお?」


 中谷なかたにあおい。

 みどりの双子の妹である。

 双子だけあって、容姿はセミロングな髪以外は本当にみどりにそっくりだ。ただし、性格は姉とは正反対で穏やかで、中学の時はみどりより人気があったのである。


 まあ、そのことは、本人たちには内緒なのだが……。

 

「べべ、べつに~」

「ふ~ん。ま、いいけど……」


 三太にどこかせつなそうな瞳を向けるが、気づかれることはなかった。


「で、どう? 学校のほうは?」

「え? ま、まあ、普通かな? あはははは……」

「じーっ」

「あ、そうだ。孝明とまた同じクラスになったよ」

「じぃーっ」

「……すいません。みどりとちょっとケンカしちゃってます、はい」


 しおらしくうなだれる三太を見て、あおいは笑いをかみ殺すのに精一杯。


「わかった。お姉ちゃんにはきつく言っておくね」

「あのう、なるべくお手柔らかにお願いします」

「いいの。お姉ちゃんはわかってないんだから。どれだけ自分が……」


 そこまで言って、あおいは口ごもった。


(三太くんと同じ学校に通えることが、どれだけすごいことなのか、お姉ちゃんにはわかってないんだから……)


 独り言は雑踏にかき消され、三太に届くことはなかった。


「あおいちゃん? 大丈夫?」

「え? あ、うん」


 不意に視線がからみあう。


 さびしげな彼女の表情に、鼓動が走りだすのがわかった。


「あ、あの……」

「さてと、あたしもういくね」


 赤らんだ頬を隠すように、あおいは背を向けた。


「うん。じゃあ、またね」

「うん。またね」


 今の三太には、それ以上彼女にかける言葉なんて見つけられなかった。


「あ、そうだ。もしかしたらなんだけどね、そのうち三太くんにサプライズなことが起こるかも……じゃ、じゃあね」


 走り去るあおいの背中が人ごみに飲まれるまで、三太は視線を逸らすことができなかった。




 ベッドに横になってもなかなか睡魔は襲ってこなかった。それどころかこの三日間で起こったことが、洪水のように押し寄せてきていた。


(女神さまがスカートめくり強要とかありえないだろう? まあ少しはうれしいけどさ……それにしてもぼく達、どうなっちゃうんだろう……あと、みどりのやつ、なんなんだよ)


 ため息も出ないほど、思考は堂々巡りだった。

 そんな中、いつもと違う違和感に苛まれていることに気づく。


(なんかおかしい……ぼくは、どうしてこんなにみどりのことが、気になるんだろう?)


 無い頭をフル回転させようとするが、深いもやに包まれたような思考では、到底答えなど導き出せなかった。


(ああ、もうやめやめ。寝よ寝よ……でも、パイパンはやだなあ)


 切実さ、MAX。


(くそ、みどりめ……なんなんだよ)


 支離滅裂さもMAXな三太が眠りにつくには、もう少し時間が必要なようだった。

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