2 ましろは女神さまに確認しました。

「にしても、ひどい目にあったな……」


 昼休み。

 A棟の屋上で、孝明は苦々しくつぶやいた。

 その顔はまだ青白く、くちびるは紫がかっていた。

「はあ……」

 どこか疲れたような小さなため息を漏らすと、手に持ったカップ麺を一すすり。

「くうぅ、しみるなあ~」

 極上の料理でも食べたかのように目を細める。

 実際、今はどんな贅沢な料理よりもうまいのだろう。


「で、山瀬、ヤツらなんだって?」

 一息ついた様子の孝明は、手すりにかぶりつき、校庭を凝視している康司に声をかけた。

「はい、当初予定していたよりも、強力な規制をかけるそうです。あ、ちょっと待って下さい。なんか具体的なことを言うみたいです」

 そう言って、校庭へ視線をもどす。

「ふう。じゃあ、俺も聞いておくか」

 のっそりと康司の隣へ移動する。

 二人の瞳には、校庭に集められた全校生徒と、お立ち台の上にいる例の三人が映っていた。


『……では、具体的に説明いたします』


 パンチラ統制委員会会長、美麗の声がスピーカーから聞こえてくる。


『本来は、朝のHRから六限目終了時までを規制時間帯としていたのですが、今朝の事件を考慮し、八時より十七時までを規制時間帯とします』


 生徒たちからざわめきは聞こえてこなかった。すでに、彼女たちがヤバイ人たちであることを認識していたのだろう。


『また、昨日はあえて公表いたしませんでしたが、今日は統制の方法に関してご説明いたします。みなさん、ご理解の上ご協力のほど、よろしくお願いいたします』


 言葉とは裏腹に、明らかに上から押さえつけるような口調だった。


『それでは、早速参りましょう』



 美麗の説明では……


 まず佳奈の重力操作能力で学校全体を覆う。ただし、対象はスカート限定。

 これにより、どんなことが起きてもスカートはめくれない。

 万が一、何らかのトラブルでめくれてしまったとしても、美麗の能力で校内にいる女性のスカート近辺には光学迷彩(のようなもの)が展開されているので、中身が見えてしまうことはない。


 ……のだそうだ。


『しかし、これはあくまでも統制であり、撲滅ではありません。ですので、一日約二、三パンチラは発生する可能性があります。運がよければ拝めるかもしれませんよ?』


「な~にが、拝めるかもしれませんよ? だ。こっちはなんとしてでも拝ませてやらなきゃならないってのに」

 忌々しそうに孝明は吐き捨てた。

「仕方ないですよ。それが彼女たちの役割なんでしょうから」

「おまえはどっちの味方なんだ?」

「そ、そんなの決まってるじゃないですか!」

「す、すまん。少し苛ついて口が滑った」

 珍しく目をむいた康司に、孝明は素直に謝った。

「い、いえ、自分こそ、すいません」

「いや、いい。お互い様だ。それにしても、これからどうしたもんか……なあ、三太……三太?」

 孝明は、べったりと座り込んでいる悪友を見てため息をついた。


「くそ、みどりのやつめみどりのやつめ……」

 手にした弁当箱の中身を凝視して、ぶつぶつと恨み節が繰り返されている。

「……今日は、ダメそうだな」

 言いながら、康司に苦々しい顔を向けた。


 その時。


「今日も、でしょ?」

 どこか魅惑的な声が、三太の方から聞こえてきた。

 二人はさほど驚いた様子もなく、そちらへ視線を動かす。


「や!」


 満面の笑みを浮かべつつ、三太の弁当の中身をひょいひょいと口に運ぶ。

「女神のくせに、食い意地はってんな……」

「(もぐもぐ)るさい! 女神さまだってねえ、お腹はすくの。う~ん、このからあげ絶品ねえっ!」


 みるみるうちに空になっていく弁当箱。

 二人は、あきれたようにその様子を見つめていた。


「ふ~、落ち着いたあ~! それにしても、おもしろくなってきたわね」

 満足した様子で、指をなめながら女神さまは言った。

「おもしろくない!」

「まあまあ落ち着きなさいな。それに、何事も楽しまなきゃ損だよ?」

「楽しめるか!」

「あ~ん、と~ってもカ・タ・イ~っ!」

「……そっち方面に話もってくなよ」

 こめかみをひくつかせながら、孝明は静かにたしなめた。

「え? なんのことお?」

 わざとらしくそっぽを向き、舌を出す女神さま。

 と、校庭から激しい爆音が轟いてきた。


「お~お~、やるやるぅ♪」

 彼女は楽しそうに歓声を上げ、野郎どもに顔をもどした。

「で、どうするの? あの子たち、本気で邪魔しに来るわよ?」

「どうもこうも、やるしかないんだろう?」

 孝明は、青白い顔に精悍な表情をはりつけていた。

「そうね……ときに、キミは何でそんな仏頂面してるわけ?」

 すぐ隣で微動だにしない三太に、声をかける。

「べつに……なんでもないです」

「あ! もしかして、あたしがお弁当食べちゃったこと、怒ってるのかな? ごめ~ん。じゃさ、も~っとおいしいもの、た・べ・て・み・る・う?」

 しなをつくり、三太に寄りかかろうとする女神さま。

「結構です」

 しかし、三太はその柔らかい肢体が触れる寸前に、すっくと立ち上がり、後ずさった。


「あれ?」

 目標を失った肉弾女神さま号は、こてん、と転がった。

「今日はその手の冗談、やめたほうがいいぞ」

「なんで?」

 ちょっぴり自信喪失、といった様子の彼女が、転がったまま言った。

「ああ、なんかさっき、幼なじみとこっぴどくケンカしちまったんだとさ」

「へえ~。で、その幼なじみって野郎? それとも女の子?」

「女だよ」

「ふ~ん」


 ゆっくりと起き上がる。

 その瞳には、いたずらっぽい光が宿っていた。


「じゃさ、その子を今月の必須ターゲットにしようか」

「必須? なんだそれは?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 二人は初耳だという顔をして首肯した。

「そっか、ごめんごめん。えとね、ほら、あたしってば、超人気で多忙な恋の女神さまじゃない? こうしてる今も、あたしのことを待っている恋多き高校生たちがいるわけなのよ。だからさ、ダラダラされても困っちゃうわけ、実際」


 はふ~、と困ったようでいて、本当はうれしさの方が勝っているようなため息を一つ。


「だから、その月に必ず攻略しなければならない子を設定することに決めたの」

「話が違うぞ」

「そうかもね。でもさ、キミたち、この間かなり失礼なこと……したよね? これはそのご褒美だよ」

 孝明は、言葉をつまらせるしかなかった。


「そ、それで、どうなるんだ?」

「は?」

「もし、その必須とやらをクリアーできなかったら、どうなるんだ?」

 悔しそうな孝明の視線を、女神さまはにんまりと受け止めた。

「そんなの決まってるじゃない」


 すう、と彼女は深呼吸した。


「パイパン三丁、へい、お待ち!」


 そして、高らかに笑い飛ばす。

 苦虫を一気に百匹ほどかみつぶしたような顔の野郎二人。


「ちょっといいかしら?」


 そこへ、前触れもなくましろが現れた。


「あら、天然物じゃない」

「ウナギみてえに言うんじゃねえ!」

 登場二秒で腹黒モードへチェンジである。

「ウナギ……ぽっ」

「この女神、頭おかしいぞ。どうしてウナギで頬染めやがる?」

「わかってるくせにぃ」

「こ、こいつ本当に恋の女神かあ?」

 恥ずかしそうに赤らんだましろが、男子三人に問いかける。


「言動と違って、うぶなのねえ。でもね、よ~く覚えておいて。恋なんてね、突き詰めればそういうものなのよ!」


 少しはオブラートに包めよ……。

 そんなましろたちの視線が、女神さまに突き刺さっていた。


「な、何よ~、あんたたち。あたしは本当のことを……」

「一応神様の端くれなんだろう? 少しは夢を大事にしてほしいもんだな」

 孝明はやれやれと肩をすくめる。

「なっ、あたしはあんたたちのことを思って……」

「黙れ、このエロ女神。そんなことより、オレの話を聞け」

 ましろの凄みのある声が響いた。

「な、なによ~。恋の女神さまがエロいのは当然でしょお。だってそういうもんじゃない」

 女神さまはぶちぶちとつぶやく。

「何? なんか言った? あ?」

 小さな子供なら一発で泣きだしそうな形相で、ましろは睨んでいた。

「い、いえ、べつに……」

 身の危険を感じたのか、エロ様はそっと鬼瓦から視線をそらした。

 それを見て腹黒は、ふん、と鼻を鳴らすのだった。


「まあ、そんなことはどうでもいい。なあ女神。一つ聞きたいんだが、オレがこいつらの助っ人になっても問題ねえか?」

「ん? まあ、あっちにもいるから、いいんじゃない?」


 驚くほどさらりと女神さまは言った。


「本当にいいのか? うぬぼれじゃなく、オレはかなり強い、ぞ?」

「そうね。自発能力者、それも重力使いの中でも珍しい、ブラックホール使い。かなりのレア能力者だもんね。けど、あの子たちも相当やるわよ?」


 不敵な笑みが、からみあっていた。


「なら、遠慮なくやらせてもらうぜ」

 満足そうな笑みを浮かべ、ましろはきびすを返す。

「ってわけだから、てめえら今からオレの奴隷か下僕だ。好きな方を選びやがれ」

 そして、豪快に笑いながらヒロインは校舎の中へ消えていった。


「……んじゃ、あたしもいくね。あ、いくって言っても、そのイクじゃないからね。昼間っからいけない想像しちゃ、ダ・メ・よん」

 返答に窮する発言を残し、女神さまが消え去った。


 屋上には、なんともいえない表情の孝明と康司、いまだにぶちぶちと繰り返す三太が残された。


「……イクとか言われても、こっちが困っちゃいますよね」

 康司が力なく笑いながら言った。

「……奴隷……下僕……どっちも、いいな」

「ふ、藤代さん?」

 孝明の口からこぼれたセリフに、康司は目を丸くした。


「ん? お、俺今、なんか言ったか?」

「い、いいえ、べつに」


 誰にだって触れられたくない物がある。

 康司はそう判断したのだろう。


「そ、それじゃあ、自分たちも戻りましょうか」

「だな」


 二人は三太をひっぱって、屋上をあとにした。

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