4月編 第2章

1 突然の宣戦布告に、校内はバタバタでした。

 坂崎さかざき高校は、ごく普通の公立校だ。だから、当然、私立校のような財力はない。しかし、パンチラ統制委員会が産声を上げたその日の夜に、考えられないことが二つ起きていた。


 まず、破壊された校門の門柱が、すっかり元通りに修復されていたこと。これは、通常の建築作業などを考えると、異常とも言える修繕の早さだ。


 次に、さらに信じられない事なのだが、校舎がたった一晩で増築されていたのだ。


 昨日までは普通教室の入ったA棟、専門教室の入ったB棟は、ともに三階建てだった。それが今、B棟が六階建てになっている。


 詳しく見ると、三階までは特に変わっていなかった。それぞれの階に教室が五つと、それに付随する設備もそのままだった。


 問題なのは、その上の階だ。


 今までの屋上部分中央に、キノコのような形状の建築物が、学校全体を見下ろすように建っている。それは、四、五階部分の細いところが教室約一つ分、六階部分は直径が教室約三つ分ほどの大きさだった。


 二限目後の休み時間。


 その大きな円形の部屋に、三人の女子生徒が集まっていた。そう、ここは、パンチラ統制委員会の委員会室だったのだ。


「今朝の件ですが、かなり不自然なパンチラだったとか。本当ですか、相馬さん?」

 美麗は苦々しい顔を佳奈に向けた。

「不自然の極み」

 問われた副会長は冷静にうなずく。

「ということは、女神さまが言っていた人たちの仕業なんでしょうか?」

 今は漆黒のマントを脱いでいる女子生徒も、顔をしかめた。

「たぶんそうでしょう。しかし、まさか最重要人物を使って宣戦布告してくるとは……」

「侮れない」


 沈黙。


「それで星川さん、校内の様子はどうですか?」

 気を取り直すように美麗は協力者を見た。

「はい、完全に浮き足立っています」


 星川舞奈ほしかわまいな

 2-B所属。

 あどけない顔立ちに、ツインテールが似合いすぎていた。その小柄な身体を若干だぶついた制服がふんわりと包み、しゅっと伸びた細い足には、白黒ストライプのニーソックスが標準装備されている。なんかもう、犯罪級のかわいらしさといえるだろう。


 じつは彼女が、三太の隣席さんなのである。


「そうですか。では、昼休みにもう一度、わたくしたちの力を見せつけておく必要がありますね。相馬さん、準備をお願い致します」

「了解」

「あ、あの、力で押さえ込むのはあんまり……」

「甘いですわ、星川さん。大衆をコントロールするのに必要なのは、ほんの少しの飴と強大な鞭。これに限ります」

「そ、そうでしょうか……」

「そうなのです!」

 納得いかないような表情を浮かべる舞奈に、美麗はきっぱりと言った。

 強固なその視線に、彼女は口をつぐむしかない。

「あとは彼らを捜しだして、後悔させてあげましょう」

「見当は、ついている」

「ふふ、さすがは相馬さんですね。で、どなたなのですか?」

「最終確認中。放課後まで待って」

「わかりました。しかし、女神さまには悪いですが、意外と早く決着がつくかもしれませんね。では、昼休みにまた」


 うれしそうに微笑む美麗。

 能面のようで表情の読めない佳奈。

 浮かない顔の舞奈。


 三人は、それぞれの教室に帰っていった。



 その頃、2-Bの教室では、三太が困惑していた。

 男子生徒たちに取り囲まれて、自分の席から一歩も動くことができなかったのだ。

 おどおどとまわりを見渡せば、同学年はもちろん、一年や三年の姿もあった。

 もう、全校男子どもが、入れ替わり立ち替わりやってきているんじゃないだろうか、という盛況ぶりだった。


「あ、あの、ちょっとどいてもらえませんか?」


 しかし彼らは、哀れみと称賛の混ぜ合わさったような瞳で三太を見つめ、うんうんと頷くばかり。


 たぶん、騒ぎで告白(ウソ)がうやむやになったことへの同情と、パンチラ(というかモロパン状態だったわけだが……)を拝めたことに対する謝礼のつもりなのだろう。で、あからさまに言葉に出さないのは、過剰な反応を見せる女子たちに配慮しているためと思われる。


「まいったなあ、孝明のところに行きたいんだけど……」

 孝明は、いまだに保健室から戻っていなかった。


 ため息をつきつつ、野郎どものすきまから、教室の反対側へ視線を飛ばす。


 ましろが女子たちに囲まれていた。


 同情の視線を独り占めにしたヒロインは、なんだかほくそ笑んでいるように見える。


 三太は極大なため息を、もう一つ。


 その時。


「ごめん、ちょっと通して」

 野次馬どもをかきわけて、よく知っている声が近づいてくる。


「あんた、何やってんのよ?」

 仏頂面をしたみどりが、姿を見せた。

 全身から不機嫌オーラが立ち上っていて、今にも誰彼かまわず噛みつきそうな佇まいである。目に見える地雷の出現に、三太参りにきていた男子生徒どももとばっちりを恐れたのだろう。蜘蛛の子を散らすように姿を消した。


「あ、みどり。なんかみんなに囲まれちゃってさ、困ってたんだ。あれ? 怖い顔してどうしたの?」

「今朝のあれは何?」

「今朝のあれ?」

「佐野さんに……」

 みどりの視線が、三太を射抜く。

「あ、ああ、みどりも見てたんだ。でもあれは違うんだ。ぼくはちょっと佐野さんに用事があっただけで、それで呼び止めただけで、そしたらいきなり突風が吹いてスカートがめくれちゃって、だから決してぼくがめくったわけじゃなくて……みどり?」

「それじゃない」


 瞳に少しだけ、悲しそうな色が浮かんでいた。


「どうしてよりにもよって佐野さんなんかに、こ、告白したのよ?」

「告白? ちょっと待ってみどり。あれは違うんだ」

「どう違うのよ? あの場にいた誰もがそう思ってるわよ。うやむやになったのはよかったけど……」

「え? 何?」

「な、なんでもないわよ。けど、みんなの前で大恥かかなくてよかったわね。あんたなんかが告白したって、フラれるだけだもんね」

 どこか焦った様子のみどりは、そっぽを向いた。

「そ、そんなこと、わからないよ」

「わかるの! ブサイク、バカ、取り柄なし。これじゃ、誰も相手にしないわね」

 むっとして否定する三太を、みどりはすっぱりと切って捨てた。

「みどり……」

 肩を震わせながら、取り柄なしがゆらりと立ち上がる。

「いくらみどりでも、言っていいことと悪いことがあるよ?」

「な、何よ?」

「どうしてみどりはそうやって、いつもいつも人のことを平気で傷つけるのさ?」

「傷つけてなんかないわよ。わたしはあんたのことを思って事実を言っているだけよ」

「そうなんだ。じゃあぼくも、みどりのために忠告してやるよ」

 目をつり上げ、幼なじみを睨めつける。

「すぐに暴力に訴えるのは、やめたほうがいいんじゃないかな、このがさつ女」

「なな、ななな……」


 みどりの身体が、文字どおり激震していた。

 しかし三太は、かまわず続けた。


「そんなんじゃ、誰からも告白なんかされないね。もちろんぼくだった願い下げだよ」

 ふん、と鼻を鳴らした瞬間。


「ぎゃああっ!」


 三太の首に、両側から衝撃が走った。


「三太のばかっ! 最っ低っ!!」


 鬼のような形相に、涙がひとしずく。

 みどりは猛然と、走り去った。


「だ、だから暴力はやめろって言ってるのに……」


 崩れ落ちるように机に突っ伏す。


「しかも、モンゴリアンチョップって、女子高生としてどうかと思うよ?」


 激痛に遠のく意識を繋ぎ止め、三太はつぶやいた。


「……それにしてもなんだってんだよ、今日のみどりは? いきなり噛みついてきて、全然らしくないじゃないか」


 一瞬疑問が脳裏を横切ったが、首の痛みがすぐにそれを打ち消した。


「ちょっとは手加減しろよな……くそ、なんかまた腹立ってきた」


 机に顔を預けたまま、両手で首をそっとさすった。

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