4 坂崎高校のヒロインさんは、とんでもない人でした……!?
「ところでキミたちは……っ!」
「あ、あの、青山くんに藤代くん」
唐突に、三太たちの後方から、澄んだきれいな声が響く。焦った三人は、ひきつった顔を瞬時にそちらへ向けた。
「さ、佐野さん?」
2-B所属。
容姿端麗、スタイル抜群。成績優秀で、スポーツも万能。おまけに性格もよいという、まさに絵に描いたようなこの学校のヒロインさんだ。
「何してるの?」
艶やかな長い黒髪をなびかせて、ゆっくりと三人に近づいてくる。
「い、いや、べつに……」
三太はしどろもどろになりながらも、ベンチに素早く視線を戻した。
「あ、あれ? 恋ちゃんがいない?」
「え? 恋? やだ、恋の相談中か何かだったの? じゃあ、悪いからわたしいくね?」
言いながら、ふと孝明とましろの視線が絡まった。
「藤代くんの……相談なの?」
せつなげな吐息の混じった声だった。
「あ? ち、違う。俺のじゃない。っていうか、このメンツでそれはない」
全力で否定する孝明の顔は、恥ずかしいくらいに真っ赤だった。
「本当? よかった……」
「な、何がだ……」
「あ、え? やだ、なんでもない……」
二人はもじもじと俯いた。
「あ~、ところで佐野さんは何してたの?」
面白くなさそうな三太が、二人だけの世界に割り込んだ。
「う、うん。藤代くんの姿が見えたから……」
ましろは俯いたまま答える。
「ああ、そう……」
テンションがた落ちの三太は、気の抜けた炭酸飲料のようにつぶやく。
「で、佐野は俺になんか用なのか?」
逆にテンションMAXな孝明は、照れ隠しのつもりなのか、そっけなく聞いた。
「お、おかしいって思わないでね?」
「あ、ああ」
「さっきまでそのベンチに、ものすごい美少女が座っていたんだけど、一瞬で消えちゃったの。彼女は誰? 藤代くんとはどういう関係なの?」
孝明の紅潮していた顔が、一気に青ざめた。三太も康司も動揺を隠せない。
「な、何いってんだ。ここには俺たち三人しかいなかったぞ?」
「そそ、そうだよ佐野さん。もし、ここにそんなすごい美少女がいたんなら、逃さずに声をかけてるよ。特に孝明が!」
「おま、バカ野郎! 積極的に声をかけるのは、三太のほうだろうが! で、あとでたっぷり中谷にしぼられて、泣きながら謝るんだ」
「ど、どうして、ここでみどりが出てくるのさ? 意味わかんないよ!」
「わからないのは、おまえだけだ!」
「はあ? 何が言いたいのかな?」
そこにましろがいることなど、忘れてしまったかのように二人はいがみあった。お互い手を出さないのが不思議なくらいの剣幕だった。
「ご、ごめんなさい。わたしが変なこと言っちゃったから……」
きれいな瞳が潤んでいた。
「佐野、すまんが黙っていてくれないか」
「そうだよ。佐野さんには、関係ないことなんだから」
二人は睨み合ったまま、鋭く言った。
「…………」
ましろは力なくうなだれる。
その全身が、小刻みに震えていた。
「……よ? それは……に……」
もごもごと何かつぶやいていた彼女の声が、徐々に大きくなっていく。それは、呪詛のような禍々しい気をまとっているみたいだった。
「うふふふふ~、何言ってんだ?」
すでに独り言の域に達したその声に、三人はぎくりとし、一斉にましろを見た。刹那、ましろの雰囲気が、ガラリと変わった。
「黙ってろ? 関係ない? てめえら、誰に向かって言ってんだ? オレは誰だ? ヒロインだろうが? ヒロインが泣いて謝ってんだから、すぐに気ぃ遣ってチヤホヤしろや!」
完璧なステレオタイプヒロインの面影は、すでにどこにもなかった。目は据わり、形のいいくちびるは、への字に曲がっている。心地いい声も若干低くなり、さらに粗野な口調も加わって台無しだった。
「お、おい佐野?」
「どうしちゃったの、佐野さん?」
恐る恐る二人は声をかけた。康司はその二人の後ろで、びくびくしている。
「気安く呼ぶんじゃねーよ、クズが」
想像を超えた豹変ぶりに、三人は震え上がった。
「てめえらみてーなゴミはよ、聞かれたことにだけ答えてりゃいいんだよ。それを、オレを無視してケンカなんかおっぱじめやがって」
言いながら三人を突き飛ばし、ましろはベンチにどっかりと腰を下ろした。
「けっ、こんなヤツらに言っても時間の無駄か。じゃ、本題な。ここにいた女、ありゃ誰だ?」
ゆっくりと、鋭い視線が三人をなめる。
「お、女なんていなかった」
「いたんだよ。オレは最初から全部見てたんだぜ?」
「そ、そんなに孝明とその子の関係が気になるの?」
「はあ? 何言ってんだ、てめえは?」
「孝明のことが、す、好きなんでしょ?」
こわごわと聞く三太を、直視したら即死しかねない視線が襲った。
「誰が?」
三太は何も言えなかった。言ったら本当に殺される、そう思った。
「あのなあ、オレが興味あんのは、てめえらの能力と、さっきの女なんだよ。誰がこんな優男に惚れるんだよ?」
その言葉に、孝明の顔から生気が消えていった。身も蓋もない発言に、三太と康司の表情もこわばる。
「の、能力? なんのことかな?」
「話も全部聞かせてもらったぜ。女神ってのは、本当なのか?」
逃げ道が見あたらない三太は、言葉を失った。
「てめえらはその能力で、女神と何を企んでいた? 本当にスカートをめくるのか?」
「そこまでわかってて、どうして孝明にこんなコトしたのさ?」
三太は、怒りを含んだ声をぶつけた。
「普通に聞いても教えねえだろう? だから、ちょっと揺さぶってやれば、オレに惚れてる弱みから、吐いてくれるんじゃねえかなと思ってな」
「それで弄ぶようなことをするなんて……」
「ひ、ひどいですね」
二人は抗議の視線をましろに飛ばす
「そうだな、ひどかった。あんなヘドが出るような芝居、もうたくさんだ。やっぱ、最初からこうしておけばよかったぜ」
ましろはさらに凶悪な笑みを浮かべ、ベンチから立ち上がった。そして、三人に向けて右拳を突き出す。その拳がゆっくりと開かれると、中央に小さな黒い塊のようなものが揺らめいていた。しかもそれは、徐々に大きくなっているようだった。
「てめえら死にたくなかったら、何を企んでいるのか全部吐いちまいな」
ましろが口を動かしている間にも、黒い塊はズンズン肥大していき、すでにソフトボール大にまで膨れ上がっていた。
「これは脅しじゃねえぜ?」
「ぼくたちが何かを企んでいるとして、それを聞いて佐野さんはどうするつもりなの?」
「スカートめくりってことは、あのふざけた連中にケンカを売るんだろう? 手伝ってやるから、ぶっ潰してくれねえか?」
ましろの口から、ギリギリと歯ぎしりする音が漏れた。
「あれは完全にこの学校の支配宣言だ。オレを差し置いてそんなこと、許さねえ」
「もそかして、佐野さんはとんでもないことを考えている、のかな?」
「オレがどれだけ努力してるか、てめえらわかるか? 異性同性問わずに支持を得るためには、美貌だけじゃダメなんだよ。性格やら勉強やらスポーツやら……毎日毎日理想のヒロイン像を演じるのは……結構きついんだぜ?」
ましろは少し遠い目をした。
「一年かけてこの学校のヒロインと呼ばれるようになった。どいつもこいつもオレの言うことを無条件で聞くようになったんだ。せっかく支配者になったってのに、あいつらふざけやがって。オレはもっとチヤホヤされてえんだよ。女王でいてえんだよ」
「な、なんていうか、すごい性格だったんだね……」
三太の言葉に同意するように、康司もうなずく。
「前は、もう少し穏やかだったんだがな。反動ってヤツか?」
ましろの口もとが、少しだけゆるんだ。
「まあとにかくだ。力で支配するってのも気にいらねえし、何よりオレを支配するってのが一番気にいらねえ」
黒い塊は、妖しく揺らめいていた。ましろはその塊を、ずい、と三太たちに突き出す。
「あ~、思いだしたらまたムカムカしてきちまった。もうてめえらの企みとかどうでもいいわ。おい青。オレのスカートを今すぐめくって、ヤツらに宣戦布告しろ」
「へ? 佐野さんの、スカートを?」
「そうだ」
ましろは、さらに黒い塊を近づける。
「ちょ、待って待って! 言ってることとやってることが違うでしょう? 力で支配するのは嫌いなんだよね!?」
目の前の黒い塊に視線を固定したまま、三太は叫んだ。
「……えへ、たまにはいいかな♡」
「そこだけかわいく言ってもダメでしょうっ!?」
「うっせ~よ。いいから早くめくれ! さあめくれ! すぐめくれ! ズバッとめくりやがれい!」
「ひ、ひえ~! たた、たすたす、助け──」
「はい、そ・こ・ま・で・ね♡」
ましろは、真後ろからの声に弾けるように振り返った。
「はあ~い」
ベンチに再び腰かけている女神さまが、ひらひらと手を振っていた。
「てめえが女神、なのか?」
「そうだけど、ここだけの秘密だよ?」
「まあいいぜ。で、こいつらを使って何をしようとしてるんだ?」
ましろは黒い塊を握りつぶしながら言った。
「いろいろいきさつがあったんだけどね、手短に言うと……」
女神さまが、ニヤリと微笑む。
「パンチラバトル!」
「パンチラ、バトル?」
「そ。あたしのために、スカートめくりをしてくれる約束なんだけどね、障害がないと燃えないとか言うもんだから、彼女たちを用意してあげたの」
「ほほ~う。ヤツらは、てめえらきっかけで誕生したのか……」
「違う違う」
ましろの刺すような視線に、三太はぶんぶんと首を振った。
「それは恋ちゃんの早合点で──」
「責任取れよ? よし! じゃ、景気よくぱっとめくれ! んで、宣戦布告だ!」
ましろは、仁王立ちで三太に命令した。
「い、いや、それは……」
「ねえねえ。今ここでめくっても、おもしろくないよ。どうせなら、明日の朝にでも玄関前とかで盛大にめくったほうが、よくない?」
女神さまの言葉に、ましろがゾッとするような笑みを浮かべた。
「いいな、それ」
「よくないよくない! それじゃあ全校生徒を敵にまわしちゃうよ!」
「大丈夫よ。そのための能力じゃない。ま、彼女たちにはすぐばれると思うけど」
「でも……」
「よし。じゃあ明日の朝は、ド派手に頼むぜ!」
「う~ん、楽しみ~!」
野郎三人を置き去りにして、彼女たちは盛り上がっていた。
「「パンチラバトルぅ、レディ~、ゴーっ!」」
タイミングを合わせたかのように、昼休み終了のチャイムが鳴った。
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