3 女神さまに能力の詳細を教えてもらいました……え!?

「おい女神、出てこいよ」


 昼休み。中庭で孝明は、とても不躾な口調で呼びかけた。


「ちょ、ちょっと。いくらなんでもそれはヤバイよ」

「どこがだ」

「そんな失礼な呼びかけじゃ、出てきてもらえないよ。それに、下手したら呪いを発動されちゃうかもしれないし」

「知ったことか」

 慌てふためく三太を、孝明は鼻を鳴らしながら一蹴した。


「おい女神、聞こえてるんだろう?」

「キミさあ、全然懲りてないんだね。追加のお仕置きしちゃうぞ?」

 三人は、ぎくりとしながら声がしたほうへ振り返った。

「はあ~い」

 いつの間に現れたのか、三人のすぐ後ろの古びたベンチに女神さまが座っていた。真っ白な足を組み、まぶしい笑顔で三太たちに手をふっている。


(ね、ねえ孝明)

 三太が困ったようにささやいた。

(なんだ?)

(おばさんパンツだってわかっているのに、どうしてついつい目があっちにいっちゃうんだろうね?)

(ああ、どうしてだろうな。俺もそれに困ってる)


 康司はもちろん、内容物を知っている二人ですら、悲しい男の性には勝てなかった。三人は、女神さまの組んだ足や、さらにはその奥のサンクチュアリを一目見ようと、チラチラと視線を動かすのだった。


「本当にキミたちは、どこまでも失礼だね。全部聞こえてるよ? それに、チラチラチラチラ……いやらしい」

 怒っているような口調とは裏腹に、女神さまはいたずらっぽく微笑んでいた。


「あ~、でも~、昨日あ~んなこと言われたからあ、今日はな~んにも穿いてないのよね~」


 女神さまはほんのりと頬を染め、見えそうで見えないぎりぎりのスピードで、足を組み替えた。


「あっ、た、孝明押したら危ないよ!」

「そうだぞ、山瀬、押したら危ない!」

「え? え? 自分は何もしてないですよ?」

 三太と孝明は、大げさに地面に転がった。


「あははははっ! な~んてね! 清純な恋の女神さまが、ノーパンなわけないでしょ?」

 はあ? と情けない姿勢のまま、二人は彼女を見上げた。

「ほんとバカねえ。こ~んな単純な手に引っかかっちゃってさあ」

「だ、騙されたみたいだよ、孝明」

「う、黙ってろ」

 二人はバツが悪そうにゆっくりと立ち上った。


「あ~、でもね、あのあとあたしも考えてさ、あのぱんつはないかな~、なんて思ったの。でね、今日は、自分なりにかわいいのを選んできました! 見る? 見ちゃう?」

 ベンチから立ち上がった女神さまは、くねくねしながらなまめかしい手つきでスカートの裾をつまんで見せた。そして、ただでさえ短いスカートが、くいくいっと上方にひっぱられる。


 野郎どもの生唾を飲み込む音が、中庭に響いた。


 おばさんパンツを除けば、彼女はやはりとんでもない美貌の持ち主なのだ。何も知らなければ、美少女にしか見えないのだ。その女神さまが、誘うような仕草をしている。三人は軽い自失状態に見舞われていた。


「はっ! 違うだろう? そうじゃないだろう?」

 本能と理性を強引にすり合わせ、さらに怒りという感情をまぶして振り切ったのだろう。どこか苦悶したような表情で、孝明が叫んだ。


「目を覚ませ、三太、山瀬。こいつは性悪女神で救い難いおばさんパンツなんだぞ!」

「そ、そう言えば……」

「え? そうなんですか……?」

 ふらふらと女神さまに引き寄せられていた二人も、なんとか我に返った。


「今日のはかわいいって言ってるのに、キ、キミたちはケンカを売っているのかな?」

 片頬をひきつらせながら、女神さまが微笑んでいた。

「ケンカを売りにきたんじゃない。クレームを言いにきたんだ」

「見てもいないのにクレームなんて、あんまりじゃない!」

 孝明の言葉に、女神さまが噛みついた。

「おまえのパンツの話じゃない! 俺たちがもらった能力のことだ」

「へ? 能力なんてあげたっけ?」

「おまえら、止めるなよ?」

「まま、待って、孝明! げんこに息を吐きかけるなんて昭和的なアクションは、どうかと思うよ?」

 三太が慌てて孝明の前に立ちふさがった。

「うるさい! こいつに一発かまさなきゃ、気がおさまらん!」

「一発だなんて……いやらしい」

 女神さまはニヤニヤと孝明を煽った。

「おお、おまえ、本当に女神なのかっ!?」

 額の血管が、今にもぶち切れそうだった。

「うん、女神さまだよ。その証拠に、昨日プレゼントした能力の説明をしてあげるね!」

「……なあ三太。俺、帰っていいか?」

「まあまあ、待ちなさいよ」

 すっかり遊ばれて泣きそうな孝明に、女神さまがやさしく声をかけた。

「今ので少~し溜飲も下がったし、ここからは冗談抜きでいくから、ね?」


 彼女は再びベンチに腰を下ろし、足を組む。パブロフの犬どもが、反射的に足やら何やらを目で追った。そして、ぐっ、と悔しそうにうめく。勝ち誇ったような女神さまの顔で、悔しささらに倍であった。


「じゃあ、改めて能力の説明をするね。今回キミたちに授けた能力は、基本的にこの学校の敷地内でしか発動しないの。さらに、一日一回限定なのね」

「えらく制限がかかってるんだな?」

「当然でしょ? キミたちは、あたしの逆鱗にふれちゃったんだから」

 さっきまでとは違う鋭い視線に、三人は息をのんだ。


「それに、簡単にクリアーできるゲームなんて、おもしろくないじゃない?」

 不敵な笑みを浮かべた女神さまは、三人をぐるりと見まわした。

「んじゃ、一人一人の能力の説明もしちゃうね。キミのは」

 康司を指さす。

「召喚だったよね? これはもうそのまんま。何が出るかわからないけど、どこかから何かを召喚できるよ。次にキミの」

 孝明に視線を移した。

「熱量操作っていうのはね、キミの周囲の熱量と、対象の周囲の熱量を直結させて増減させることができるの。ここまで言えばわかるよね? あとは自分で考えて。で、最後のキミは……ぷぷっ」

「ど、どうしてぼくだけそこで笑うのかな?」

 三太は軽く憤りを覚えた。

「ごめんなさいね~。え~と、キミの能力はね、対象を目で捉えたあとに」

「捉えたあとに?」


 女神さまは笑いをかみ殺しているようで、なかなか次の言葉がでてこなかった。


「捉えたあとにどうするの?」

「え、えとね、その、白目をね……むくの」


「ん?」


「だから、白目をむくのよ。そうするとね、スカートくらいの質量の物なら、宙に浮かすことができるわ。ふわふわ~」


「はあ……」


「しかも~、すごいことに~、キミが白目をむいているあいだじゅう、ずっと!」


 沈黙。


「あの~、それだともしかして、ぼくはパンツが見られないんじゃ……」

 むずかしい顔で首をひねる三太に、女神さまは満面の笑みで、サムアップ!

「まあ、キミがぱんつを見るのが目的じゃなくて、あたしに見せるのが目的なんだから、いいんじゃない?」

「たしかにそうだけど……なんか納得いかないような」

「なになに? やっぱ見たいのかな?」

「そ、そりゃ、ぼくも男だし、見たい……ような、見たくない……わけでもなかったり」

 歯切れの悪い三太に、女神さまはイラついているようだった。


「あのさあ、見たいんだったら見たいって言えば。昨日余った能力と交換してあげるよ?」

「え?」

 三太の顔が、ぱあっ、と明るくなった。

「みみ、見たいです。もう、すごく見たい。だから、交換してください!」

「ほい! じゃ、どれにする? 大サービスでカードの内容を見せてあげるから、好きなの選んじゃって!」

 何か含みのあるような表情で、女神さまはどこからか三枚のカードを取り出し、三太の前でオープンして見せた。

 嬉々として内容を確認する三太。



『手』『足』『口』



「え~と、なんかまた、体の一部分が書いてあるように見えるんだけど……」

「そうだね~」

「これはどういう能力?」

 不審さ満載の視線が、女神さまに向けられていた。

「んとね、手っていうのは、手を使ってめくるの。足っていうのは、足を使ってめくるのね。そして口っていうのは、なんと! 口を使ってめくるのだあ!」

 とても楽しそうに、女神さまは説明を終了。


「え~と、それは、手とか足とか口から、すんごいミラクルな何かが出たりしてめくるってことかな?」

「ううん。キミのでめくるんだよ」


 にゃはは、と女神さまが笑う。眉間にしわを寄せていた三太も、つられてにっこりである。


 吹き抜ける春風が、とてもさわやかだった。


「だめでしょおお、それじゃあ! ぼく、犯罪者になっちゃうじゃないか!」

「そ~だねえ」

「手や足はまだしも、口って何さ! くわえるの? それとも地べたに這いつくばって、下から、ふ~っ、ふ~っ、めくれろ、めくれろおっ! とかやるの? 見つかる、見つかるなあ~、それは。そして見つかってしまったぼくは……」

「ああ~ん、DO・HE・N・TA・Iっ!」

 青い顔で小刻みに震える三太の耳もとで、女神さまは色っぽくささやいた。

「いや~っ! き、昨日はそうならないようにって言ってたじゃないか。そ、それを……はっ! もしかして、昨日もこのカード入ってた?」

 無邪気にこくり、とうなずく女神さま。

「ああ、危ないでしょう?」

「すんだことは気にしないの。で、どうする? どれと交換する?」

「……白目でいいです」

「あら残念ねえ、いろんな意味で」

 肩を大きく落とす三太に、女神さまはいやらしい笑みを向けた。

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