2 三人は、緊急会議を開きました。

 二限目が終わると、三太の席に二人の男子生徒がやってきた。孝明と、昨日の男子生徒だ。


 窓際の一番後ろという絶好のポジションで、作戦会議が開かれている、と思いきや、三人とも渋い顔をして、押し黙っていた。


「そういえば、昨日はあいさつもしてなかったな。とりあえず、自己紹介しとくか」

 沈黙を破ったのは孝明だった。

「う、うん、そうだね。じゃあまずぼくから。2-Bの青山三太あおやまさんたです。ん? って、ぼくたちの教室にきてるんだからわかってるか。あはは。よろしくね」

「俺は藤代孝明ふじしろたかあき。こいつの幼なじみ、っていうよりは腐れ縁の悪友みたいなもんだ。お互いとんでもないことに巻き込まれちまったが、まあ、よろしく頼む」

 三太は笑顔で、孝明は神妙な面持ちで、それぞれあいさつした。

「じ、自分は2-Aの山瀬康司やませこうじです。よろしくお願いします」


 康司は、どちらかといえばブサイクではないのだが、中途半端な長さで手入れもしていなさそうな髪や、若干猫背ぎみな姿勢が災いして、モテるようには見えなかった。


 そんな康司は、小柄な体をさらに小さくして、深々と頭を下げた。

「山瀬くんだね、よろしく。とりあえず隣の席に座ってよ。孝明は適当にね」

「え? でも、ここの人が帰ってきたら……」

「それはたぶん大丈夫だよ。最近、休み時間の間はいつもいないから」

星川ほしかわ、だったか? あいつも変わった女だよな」

 言いながら孝明は、三太の前の席に腰を下ろした。

「いない人のことを悪く言うもんじゃないよ」

「あ、ああ。そうだな、すまん」

 まったく正論のその言葉に、本当にすまなさそうに孝明は頭をかいた。

「山瀬くん、そういうわけだから、借りておこうよ、ね?」

「は、はい」

 康司はそれでもどこか気にした様子で、申し訳なさそうにちょこんと席についた。


「じゃあ、今後のことを話すとするか」

「そうだね」

「はい」

 少し声をひそめ、三人は気持ち体を近づけた。


「今朝のバカげたヤツらの力は見たか?」

「うん、見たよ……って、あれ? そういえば孝明はあの場所にいなかったようだけど、見てたんだね?」

「ああ。色々と思うところがあってな。屋上で考え事をしていたらおっぱじめやがったから、俯瞰でバッチリだ。で、山瀬は?」

「はい。自分は、玄関口から見ていました」

「そうか。なら話は早いな」

 孝明の言葉に、二人も頷いた。


「それにしても、パンチラ統制委員会なんてふざけた名前だけど、あの能力はヤバイね」

「あんなのくらったら、し、死んでしまいますよ」


 三人の口から、大きなため息が漏れる。


「彼女たち、こいちゃんが集めたのかな?」

「こいちゃん? 誰だそれ?」

 三太の問いに、孝明が首をかしげた。

「あ、昨日の女神さまだよ。なんかそんな感じだったから」

「そう言われると、そんな感じでしたね」

「でしょ? 山瀬くんもわかってるね~」

「い、いえ、そんな。青山さんのほうが──」

「まあ、そんなことはどうでもいいとしてだ」


 互いをほめ合う二人を、孝明が冷たくさえぎった。

 三太は不満そうな顔を向けたが、孝明はそれを無視して続ける。


「たぶん、女神のヤツが集めたと考えて、間違いないだろうな」

「う~ん。あの人たちの目を盗んでスカートめくりするのは、大変そうだね」

「それに、もし見つかったらあの能力で公開処刑ですよ」


 再び沈黙が三人を包んだ。


「ところで、恋ちゃんにもらった能力ってどんなだった?」


 重苦しい雰囲気を払いのけるように、三太は努めて明るく言った。


「わからん。いろいろ試してはみたが、何も起きやしない」

「じ、自分もです」

「やっぱりそうなんだ。ぼくも結構試したけど、ダメだった」


 いいようのない焦燥感が、湧き上がってくる。


「昼休みに女神を呼び出して、文句いってやるか」

 忌々しそうに孝明が吐き捨てた。

「そうだね。ほかにたくさん聞きたいこともあるし」

「でも、どうやって呼び出すんですか?」

 康司は、まじまじと二人を見つめる。


「大丈夫だ。昨日のあの感じだと、俺たちにヤツらのことを自慢したいはずだ」

「うん。だから呼べば必ず出てくると思うよ」

 ああ、と康司は納得したように何度もうなずいた。


「よ~し、じゃあ昼休みには、恋ちゃんからの説明もふまえて作戦会議だね」

「あんたたち、なんの悪だくみしてんの?」

「うん、じつはスカートめ──」

 そこまで言って、三太がぴしりっ、と固まった。

 孝明も康司も完全に不意をつかれたのか、驚いたような表情を声がしたほうに素早く向ける。


「スカートめ? 何よそれ?」

 三人の後ろに、一人の女子生徒が立っていた。

 その整った顔立ちには、不審そうな表情がはりついていた。


「みみ、みどり! どうしてここにっ?」

 焦りまくった三太が、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。

「ちょっと用事があったのよ。で、スカートめって何?」


 中谷なかたにみどり。

 2-A所属の三太たちの幼なじみだ。

 快活そうなショートヘアに、健康的な乙女ちっくボディで、じつは結構人気があったりする。


「まさか、いやらしいことじゃないでしょうね?」

「ちち、違うよ。えと、その、す、す、スカートめ、め……スカートメン、そう! スカートメンだよっ!」

 目をせわしなく泳がせながら、三太は叫んだ。

 その痛々しい回答に孝明は頭を抱え、康司は苦しそうに愛想笑いを浮かべる。


「スカートメン? 何よ、それは?」

 みどりはあきれたような視線を三太にぶつけていた。

「え? ええと、それはその~……み、みどりは今朝の、見た?」

「今朝のって?」

「パンチラ統制委員会だよ」

「ぱぱ、パン……」


 軽く頬を染めたみどりは、咳払いを一つ。


「れ、例の統制委員会のこと?」

「そう。そのことでちょっと疑問があってね」

「どんな?」

「うん。男子生徒がスカートをはいて、めくれちゃったり、めくられちゃったりしたら、どうなるんだろう? スカートメンのパンチラは対象? 対象外? ってね」

「ななな……」

 何かを想像してしまったのか、みどりは顔を真っ赤にしてしまった。


「ねえ、みどりはどう思う?」

「えっ? なな、何が?」

「ありかな? なしかな?」

「ああ、あんたのパンチラなんて知らないわよっ!」

「へ? ぼくのパンチラ?」

「あ、そ、その、あの……」

 耳まで紅潮したみどりは、うつむいた。

 それを見た三太が、ニヤニヤとからかう。

「ふっふっふ。みどりも好きよのお」

「な、ばかあっ!」

 乾いた音が、教室に響いた。三太の顔がきっちり九十度右を向いていた。

「い、いだーっ! 何するんだよっ!」

 顔をもどしながら叫ぶが、すでにみどりは走り去っていた。


「くそ~、みどりのヤツめ」

「今のはおまえが悪い」

 孝明が苦笑しながら言った。

「しかし、すごいアドリブでしたね。自分にはあんなの考えつきません」

「そんなことないよ。ただ、命にかかわることだから必死だっただけなんだ」

 頬をさすりながら腰をおろし、三太は苦々しく言った。

「命に、ですか?」

「そう。みどりは、なぜだかぼくにはやたらと厳しいんだ。スカートめくりの作戦を立てている、なんて言ったら、半殺しじゃすまないだろうからね」

 ぶるるっ、と三太は身震いした。

「バカ、声がでかい」

 小さく鋭く孝明がたしなめる。

 しまった、と三太と康司は辺りを窺った。


「セーフ、かな?」

 とりあえず、こちらを注目している生徒は見あたらなかった。

「いつもの夫婦げんかと思ってくれればいいんだがな」

「な、何言ってんのさ、孝明は?」

「みんなそう思ってるぞ?」

 わなわなと震える三太に、孝明はニヤついた瞳を向けた。康司もこくこく、と同意を示す。

「そんなんじゃないよっ!」

「あ~、はいはい」

「殴っていいかな? いいよね?」

「上等だ」

「や、やめてください」

 立ち上った三人が揉み合っていると、休み時間終了を告げるチャイムが鳴った。

「あ、自分もどります。ではまた昼休みに」

「ああ。中庭にきてくれ」

「はい」

 会釈をし、康司は2-Bの教室をあとにした。

「命拾いしたな、三太」

「そっちこそだよ」

 孝明も、三太をにらみながら自分の席へ帰って行った。



「……昼休みに、中庭ね」


 小さくつぶやき、ほくそ笑む女子生徒が同じ教室にいたことに、三太たちは気づいていなかった。

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