4月編 第1章

1 女神さまは速攻で、対抗組織を用意したようです。

 次の日。

 清々しい朝日とは真逆の表情の三太が、にぎわう通学路をとぼとぼと歩いていた。

(それにしても、昨日のあれはなんだったんだろう?)

 答えのでない自問自答を繰り返し、昨夜はほとんど眠れなかった。

(能力とかいってたけど、なんにも変わった様子はないし……夢、だったのかなあ)

 あくびとため息を連発しながら、いつもとなんら変わらない通学風景を見まわした。

(うん、そうだよ。あんなこと、あるわけないもんね。夢ってことにしよう!)

 ごくごく普通な日常に少し安堵を覚えた三太は、伸びをしながら特大なあくびをもう一つ。



(んん? なんだろう?)


 やっと落ちつけた心がさざめきだしたのは、校門を入ってすぐだった。

 登校してきた生徒たちが校舎には入らずに、その場で立ち止まっていたのだ。

 すぐさま三太は不安に満ちた視線を、前方に飛ばす。


 玄関前には、朝礼用のお立ち台がひっぱりだされていて、その上に三人の女子生徒が立っていた。


(これって、もしかして……)

 みるみる三太の顔色が曇っていく。


「みなさん、おはようございます」

 真ん中に立っている女子生徒が、静かに、だが力強くあいさつをした。それを合図にざわついていた生徒たちが、水を打ったように静まりかえる。

「ふふっ」

 彼女は満足そうに微笑むと、ゆっくりと会釈した。


(んん? どこかで会ったような……)

 三太は、その女子生徒の姿に首をかしげた。


 彼女は落ちついた口調とは裏腹に、どう見ても小学二、三年生くらいにしか見えなかった。幼児体型とかいう問題ではなく、女児そのものな外見なのだ。


(でも、小学生に知り合いなんていないし、いや、そもそもここにいるって事はロリっ子女子高生……?)


「本日は、みなさんに重大なお知らせがございます」

 そんな三太の思考を遮るように、重々しい声が辺りに響いた。


 気の強そうな顔つきが、何かの決意のためだろうか、さらに引き締まって見えた。ひょこひょこと愛らしさを振りまくポニーテールと、それを束ねている大きな赤いリボンが、その雰囲気にまったくそぐわなかった。


 壇上から生徒たちを見まわしていた彼女は、こほん、と咳払いをし、再び口を開く。


「ただいまより、パンチラ統制委員会を発足することを、ここに宣言いたします!」


 はあっ? といった無数の顔が咲き乱れた。


「現時刻をもちまして、パンチラの流通量はわたくしたちの管理下に置かれ、きびしく統制されることとなりました。望まれないパンチラは、撲滅されることでしょう!」


 そこにいた生徒たちは、呆気にとられすぎたのかノーリアクションである。まさに絵に描いたような『しーん……』であった。


「故意に見た者、見せた者は厳罰に処します。まして、スカートめくりなんてもってのほか。公開処刑をご用意いたします」


 できるわけない、無理に決まってる、はっと我に返った生徒たちのそんなささやきに、ちびっこはにやりと笑みを浮かべた。


「それでは自己紹介をいたしましょう。わたくしが会長の、花村美麗はなむらみれいです。特技は……」

 すっ、と右手人差し指を天に突き上げた。その指に光が収束していく。


 そして、美麗はおもむろに右腕を振り下ろした。


 一条のまばゆい閃光が走ったかと思うと、校門の片方の門柱が、轟音とともに粉々に吹き飛んだ。


「光を自在に操れます」


 口を開け、色を失った生徒たちに美麗は続ける。


「ではつぎに、副会長です」


 美麗の右後ろに立っていた女子生徒が、軽く会釈した。

「副会長、相馬佳奈そうまかな


 見た目は銀縁めがねに三つ編み、他の女子生徒よりも長めのスカートと、地味な印象を受けるのだが、そこにいるすべての生徒は息をのんだ。線の細い身体から、殺気にも似た威圧的なオーラが立ち上っていたのだ。


「重力使い」

 佳奈の言葉に続いて、校門のほうから何かが砕けるような音が響く。


 一斉に複数の視線がそちらへ飛び、再び息をのんだ。


 残っていたもう片方の門柱が、地面から七、八メートルほど浮かんでいる。


「みなさん」


 と、くるりと門柱の上下が百八十度回転し、吊っていた糸が切られたように落下した。


「よろしく」


 佳奈が今一度会釈したところで、腹に響く衝撃音とともに、門柱は地面に突き刺さった。


 もう、生徒たちの間からは声すらでない。


「最後にこちらが」

 美麗が左後ろの女子生徒に顔を向ける。

「善意の協力者、ラブマスターです」


 小柄な身体に闇のような黒いローブをまとい、そのフードを目深にかぶっているため表情を窺うことはできなかった。


「活動上の都合で彼女の詳細は語れませんが、わたくしたちと同程度、いえ、それ以上の能力の持ち主です」

 黒い塊が、会釈した、ように見えた。


(ん? 見られてる、のかな?)


 三太は、漆黒の彼女が何かを探っているような気配を感じたので、注意深く見つめてみた。


(あれ? なんか恥ずかしそうに顔をそむけた?)


 その場にいたほかの人間にはわからなかったようだが、たしかにほんの少しだけ彼女が不自然に首を動かしていたのだ。


(う~ん、気になるな~)


「それではみなさん、以後よろしくお願いいたします」

 三人は最後にきっちりとお辞儀をし、その場をあとにした。


 悪い夢でも見たかのように、しばらく誰も口を開かなかった。そして、誰も動けなかった。


(これって、やっぱりあれだよね?)

 三太は孝明を捜すが、見つからない。

(孝明のことだから、もう教室に行ったのかな?)


 三太が玄関に向かおうとしたところで、予鈴が鳴った。現実世界に引き戻された生徒たちが、一斉に玄関に雪崩れ込む。


「え? ええっ? ちょ、痛いんですけど~っ!」


 流れに飲み込まれた三太の悲痛な叫び声が、徐々に遠ざかっていった。

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