3 女神さま、能力を付与する!

「すす、すいません。い、今なんと?」


 三太が、びくびくと右手を挙げた。


「もう、女神さまにこんなはずかしいこと、何度も言わせないでよ~。これっきりなんだからね? いい? キミたちは、つんつるてんのパイパンボーイになるの」

 はあっ!? と三人の声が見事にユニゾンした。

「で、もうそのままず~っとパイパンなんだな。パイパンボーイはいつしかパイパンマンになり、パイパンナイスミドルを経て、パイパンシルバーになるんだよ?」

「なるかっ!」

「なるんだよ~ん。あたしの呪い、マジヤバイよ?」

「ヤバイのはすす、スカートめくりとか、パイパンなんて言ってるおまえの頭のほうだろうがっ!」


 声を荒げる孝明に、彼女の大きな瞳がすっと細くなった。


「いいのかな~、そんなこと言っちゃって。なんなら今すぐにでも呪い、発動してもいいんだけど?」

「やれるもんならやって──」

「わわ、待った、ちょっと待った!」

 三太がわたわたと悪友のセリフをさえぎった。


「孝明、冷静になってよ。これは大変なことなんだよ?」

「しかしだな」

「たぶん、彼女は本物の女神さまだよ。まだちょっと信じられないけど……でも孝明も見たでしょう? あの怪しい光を」

 ぐっ、と声をつまらせる孝明に三太は続けた。

「パイパンの呪い、これは本当に恐ろしい呪いだよ。もし発動しちゃったら、本当に恋愛できなくなっちゃうよ」


 三太は自分の口からでた言葉に、改めて身震いした。


「だ、大丈夫か?」

「ね、ねえ、孝明も想像してみてよ。もし彼女ができて、そういう行為をしようってときに、自分がパイパンだったらどうかな?」


 数瞬、考え込むように目を閉じる孝明。その目が、くわっ! と見開かれる。


「む、無理だ……生娘も真っ青な勢いで、パンツ脱げない……」

「だよね。もし仮に、パイパン大好きっ子がいれば話はべつだけど、そんな変態めったにいないだろうし、何よりちょっとひくよね……」


 顔面蒼白な孝明は、がっくりと肩を落とした。


「クソ。それでも俺は、すす、スカートめくりなんか……」

「孝明……」

 眉間に苦悶のシワを刻む親友の姿に、三太の胸が締めつけられる。


「あ、あのさ、ぼく的にはめくってもいいかな~、とか思うんだけど、年齢的に犯罪者になるんじゃないかな? そこで提案なんだけど、スカートめくり以外の──」

「あ、それなら安心していいよ」


 代替案の検討をお願いしようとした三太を、少女はにっこりとしてさえぎった。


「あたしからキミたちに、プレゼントがあるから」

「プレゼント?」

 不審そうな三太に、彼女はこくりとうなずいた。


「じゃ~ん! ここに六枚のカードがあります」

 いつの間にか少女の手には、神秘的な輝きを放つカードが扇形に握られていた。

「ささ、キミから引くがよい」


 一瞬躊躇した三太だったが、なぜだか彼女の言葉に逆らえないような気がして、言われるままにカードを一枚引く。

「まだ見ちゃダメだからね~。んじゃ、つぎはキミ。ほいキミも」

 少し集中を欠いていた様子の孝明も言われるままに引き、いまだに正座まっしぐらな男子生徒もためらいがちにカードを引いた。


「そりではっ、カードオープンっ!」

 ノリノリで少女が叫んだ。三人は、自分の引いたカードに目を落とす。


「どうかなどうかな? なんて書いてあったのかな~?」

「じ、自分は、召喚とありますが……」

 正座くんが、オロオロと答える。

「おおっ、いいの引いたねえ~」

「俺のは、熱量操作? なんだこれは?」

「ふんふん、まあ、いいんじゃない。で、そこでむずかしい顔をしているキミは?」

 カードを見つめたまま、三太は固まっていた。意味がわからない、とその顔には書いてあった。

「お~い、どうした~?」


「『白目』って書いてあるんだけど、冗談なのかな?」

「ああ~」

 彼女は、微妙な笑みを浮かべた。

「何かな? そのかわいそうな人を見るような目は?」

「んじゃ、遠慮なく受け取ってね~ん!」

「ちょっ、待っ」

 三太を置き去りにして、少女が投げキスを一つ。

 と、三人の体が、今度は神々しい輝きに包まれた。


 中庭の色も音も、何もかもが消失したような感覚が、三人を襲う。

 長いのか短いのかさえもわからない一瞬だった。


 輝きから解放された三人の手からは、カードが消え去っていた。

 しかし、それにも気づかないほど、三人は呆然としていた。


「完了~っ! じゃ、明日からがんばってね~」

 おつかれ~、と帰ろうとする少女を、慌てて孝明が呼び止める。

「待て! 今度は何をした?」

「もう! なんでもかんでも質問するのはどうかと思うよ? 少しは自分で考えなさい」

 彼女はめんどくさそうに振り返った。

「こんなのわかるかっ!」

「しょうがないな~。えっとね、今、あたしはキミたちに特殊な能力を授けました。で、その能力を使えば、合法的にスカートめくりができちゃいますよ~、やっほ~い!」


 ぐるりと三人を見まわす彼女。

 一応反応を窺っているようだ。

 しかし三人は、複雑な表情のまま、リアクションなしである。

 少女の口からため息が漏れた。

「もっと喜んだら? キミたち、ぱんつ見放題なんだよ?」

「それはうれしいけど……あ、いや、その……」

 思わず本音を漏らした三太だが、孝明の顔色を気にして口ごもる。


「脅迫されて、しかも卑怯な手を使ってすすす、スカートめくりなんかしても、うれしいわけないだろう?」

「何よ~、あたしの上げた能力が、気に入らないって言うの?」

 孝明の言葉に、彼女は頬をふくらませた。

「そういう問題じゃない。自分の本意じゃない、しかも一方的な勝ち戦なんて、気分が悪いって言ってるんだ」

「ああ、なんだ。そういうことかあ。なら敵対勢力をつくってあげるわ。しかし自分たちからハードルあげちゃうなんて、キミたちおもしろいね~。あ、ほんとはパイパン志望なのかなあ?」

「ちが──」

「ああん! でもなんか燃えてきたあっ! 実際、最近もうあきあきしてたのよねえ~。だってそうでしょう? 高校生の甘っちょろい恋愛ごっこなんて、こっちが恥ずかしいだけだっての!」

 目を輝かせ、恋の女神さまとは思えないようなことを口走った少女はなおも続けた。

「でも、今年は違うのねっ? あたしのためだけに、若い男女が命をかけて、パンチラバトルを繰り広げてくれるのねえっ! そうと決まればこうしちゃいられないわ。待ってて。とびっきりの強敵を用意してくるからね。じゃ!」

 まくしたてるように言い散らかすと、彼女は忽然と消え去った。


 三人は、彼女がたしかに存在していた空間を、しばらく無言で見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋の女神さまのおばさんぱんつをけなしたら、パンチラバトルをする羽目になりました…… 豆井悠 @mamei_you

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画