2 女神さま、呪いをかける!

 横一列の正座三人衆を満足そうに見下ろすと、彼女は本気とも冗談ともつかないような口調で話しはじめる。


「あ~、こほん。キミたちは、大変なことをしてしまいました。よって──」

「ちょっと待ってくれ。なんで俺たちが、正座しなけりゃいけないんだ? そもそもおまえ、誰だ?」


 少女と男子生徒のやりとりの間に、いつもの冷静さを取り戻した様子の孝明が、不服そうに彼女の言葉をさえぎった。


「もう、しょうがないな~。本当ならキミから名乗るものなんだよ?」

 できの悪い生徒を小馬鹿にするような笑みが、彼女の口端に浮かんでいた。

「ま、失礼で、頭悪そうで、ブサイクでモテなさそうなキミたちに言ってもわかんないよね? いいよ、わかった。教えたげる。ただし、こんなサービス今回だけなんだからね。感謝するように」

 少女は得意満面で胸を張った。


「なんと! あたしは……」


 もったいぶるように、そして、三人のリアクションを期待するかのように、間を取ってみせる。


「「「……」」」


だが、彼女のうっきうきな表情は、逆に彼らをげんなりとさせていた。


「あ、あれ?」

 その何とも言えない眼差したちに不安を覚えたのか、少女の顔も曇り始める。

「なんか、冷めてる……いや、でも真実を知れば、誰だってびっくりするはず!」

自分を奮い立たせるかのようにつぶやくと、いたずらっぽい笑みを浮かべた彼女が叫んだ。


「なんと! あたしは! この学校の恋の女神さまなのだあっ!!」


 心地よい春の日差しに誘われて、小鳥たちが中庭のあちこちでさえずっていた。


「あー、いい天気だなー。よし、帰るか」

「そうだね、何か食べてこうよ」

 孝明と三太は立ち上がり、彼女に背を向ける。そして、ゆっくりと歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待て~いっ!」

「なんだ?」

 ヒステリックな叫び声に、二人は足を止め振り返る。


「なんだ、じゃないでしょう? 帰るってどういうことよ?」

「おまえの正体がわかったから帰るんだがな」

「うん。あったかくなると出てくるタイプの人とは、あんまり関わりたくないもんね」

「なっ、誰が?」


 唖然といった様子の彼女を、二人はお構いなしに指さした。


「そんな格好で校内をふらふらしてたから、怪しいとは思ったんだが、納得だ」

「だね。あ、それから通報とかはしないけど、早く帰ったほうがいいよ? ぼくたち以外の人に見つかったら、大騒ぎになっちゃうからね」

「そうか? 露出狂のくせにあんなパンツじゃ、騒ぎにもならんだろう?」

「いやいや、別の意味で大騒ぎだよ。今時おばさんでさえはいてなさそうな、おばさんパンツなんだから」


 うつむいた彼女の全身が、はっきりとわかるくらいに震えていた。


「いいたい放題言ってくれちゃって……」


 彼女の顔がすっと上げられた 。

 ブリザードのようなまなざしが、二人を貫く。


「ちょこっとだけ懲らしめてやろうと思ってたんだけど、気が変わった。泣いて後悔するような呪いをかけてやるんだから」

 少女が目を閉じると、何かを探るような気配が漂う。


「2-Bの青山三太、藤代孝明に、2-Aの山瀬康司やませこうじ、ね」


 不意に名前を言われ、三人の顔に不安がよぎった。


 と、彼女の口から、呪文のようなものがこぼれた。

 しかし、三人にはそれが言葉として聞き取れず、音としか認識できない。


 その音の羅列が終わると、彼女は立っている二人といまだに正座中の男子生徒を改めて睨みつけ、ずびし! と指さした。

 三人の全身が、見るからに体に悪そうな色彩の光に包まれる。


「ななな、ええっ?」

「死ぬんですか? 死ぬんですね?」

「おまえ、いったい何をした?」

 明らかに動揺する二人とは対照的に、孝明は落ち着き払った口調で質問をぶつけた。

「何って、呪いをかけたのよ。さっきそう言ったけど?」

 かわいらしい顔に、いやらしいニヤニヤがはりついていた。

「のの、呪い? ぼくたち呪われちゃったの?」

「やっぱり死ぬんですか? 死ぬんですねえっ!?」

「どんな呪いだ?」

 まったく変わらない調子で聞き返す孝明だったが、その額には、うっすらと汗がにじんでいた。


「どうしよっかな~」

 もったいぶったそぶりで、おしえよっかな~、やめちゃおっかな~、と繰り返す。

「いいから教えろ!」

 孝明にしては珍しいイラついた怒声だった。

「お~、こわっ! そんなに怒んなくても教えるっちゅうのにね~」

 茶化すように言った彼女が、にひひ、といたずらっぽく笑う。

「え~、キミたちは、一年後には、恋愛できない体になってしまうのです」


 ん? とうまく内容を飲み込めないような顔が三つ。

 と、タイミングを計っていたかのように三人の体に絡みついていた光が消え去った。


「かわいそうに……ショックで声もでないのね」


 少女の嘘くさい同情の眼差しを無視し、野郎どもははっとして、自分の体を撫でまわす。


「どこも変わりはないようですが……」

「そうだね。孝明は?」

「大丈夫、みたいだな」


 ちょっぴり安堵の息を漏らす三人に、彼女の冷笑がまとわりついた。


「同情いらないくらいのバカねえ。聞いてなかった? 呪いが発動するのは一年後。それまではま~ったく変化なし。でも……」

 悪だくみをしている子供のような目が、三人をなめる。

「それじゃつまんないよね? それに、あたしは寛大な心の持ち主だから、救済措置を考えてあげたわ」

「救済措置、だと?」

「そう。と~っても簡単なことだよ」

 三太と孝明は、顔を見合わせた。そして、彼女の次の言葉を待つ。


「一年以内に、この学校の全女性のスカートをめくるの。で、どんなぱんつが色気があるぱんつなのか、教えてもらおうじゃない。それができたなら、呪いはといてあげるわ」


 運動部のものであろう景気のいいかけ声が、中庭まで響いていた。


「ぼくたちが、スカートめくり?」

「じじじ、自分、無理ですっ」

「…………」

 完全にまともでない提案に、三人は困惑の色を浮かべる。

「ま、キミたちがやらなくても、あたしはべつにいいんだけどね~。でも、いいの? 一年後にはパイパンだよ?」


 へ? と聞き返すような野郎どもの視線が、一斉に彼女に殺到した。

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