第15話[涅槃]なんでも手に入れられる世界
【表紙】https://kakuyomu.jp/users/akatsukimeu/news/16817330668804704296
私はカンナに、彼女の絵が飾られたアトリエに案内された。
カンナがピクニックでも楽しむようにぺたりと地べたに座ったので、私も彼女の隣に座った。
「えっと、まず何から話したらいいのかな? 美雪ちゃん、何から聞きたい?」
「……じゃあ、あのカンナとそっくりなあの子、いったい誰なの?」
「あの子はね、蓼原メイ。私の双子の妹だよ」
「アンタが双子だなんて、初めて知った」
「メイ、中学に上がる前に死んじゃったから」
はっとカンナを見る。
「メイはね、小学六年生になるころに心臓の病気にかかっちゃって、自由に身体を動かせなくなっちゃったの」
「そうだったんだ、それが原因で死んじゃったの?」
「ううん、メイはね、自分で命をささげたんだよ」
「命を、ささげた?」
カンナは空を見上げる。
「そう、この世界を作る力を授けてくれた宝物、『ヴァジュラ』に、メイは選ばれたの」
「ヴァジュラ……って、なに?」
「私も詳しい事は知らない。でも蓼原の家に代々伝わる宝物で、自分の命をささげることで、不思議な力を与えてくれる宝物で、メイは自分の意志でヴァジュラに命をささげたんだよ」
"自由に動ける身体が欲しい。"
それがメイの望みだったという。
「でも、そのころ私はそんなこと何も知らなかったの。もちろん、パパとママも、ヴァジュラなんて知らなかった。特に私のママは、おばあちゃんのオカルト趣味を嫌ってたから、おばあちゃんのそういう話は聞く耳もたなかったみたい。だからパパもママも、突然いなくなったメイが死んだと思った」
「え? でも自由に動ける身体を手に入れたんじゃないの?」
「手に入れたんだけど、人間の姿じゃなかったの。ほら、私になついてた黒いウサギさん覚えてるでしょ?」
「あ、そういえば"メイ"って……え? アレがあのメイだったの?」
「そう、あれがヴァジュラに命をささげて手に入れた、最初のメイの身体だったの」
「……それ、アンタは自分の妹って気づいてたの?」
「うん、私には分かったよ。最初に見た時からアレがメイだってわかってた。でもそれをママに言ったら怒られて、パパからも愛想を尽かされた。誰にも信じてもらえないって思ったの」
「そうだったんだ」
「メイはね、私と違ってパパとママから愛されてた」
カンナは体育座りして自分の膝に顔をうずめ、寂しそうに笑っていた。
「メイはね、とってもお利口さんなんよ。私より頭が良くて、運動もできて、それに比べて私はなにをしてもダメだから。パパはなるべく私とメイを公平に扱おうとしたけど、ママはメイのことがお気に入りだった」
「そう、なんだ……」
メイの事はよく分かった。
でも、カンナはどうして死んだのか?
しかも私の目の前で。
それを聞くべきか悩んで、結局私は聞く勇気が出せなくて、口を閉ざしてしまった。
「それで、私まで命をささげることにしたのは……」
私が一番聞きたかったことを察知したのか、カンナは自ら話をしはじめた。
「メイ一人だと、ヴァジュラの真の力を解き放つことができなかった。私たちは双子だから、私の命も必要だった」
「そんな、だからってアンタまで死ぬことないじゃない」
「うん、メイも反対してたんだよ。姉さんには普通に生きててほしいって言ってくれた。人間の身体じゃなくても、ウサギの姿でも私と一緒にいられるだけで幸せだって」
カンナは薄く笑っていた。
「でもね、ママがパパを殺しちゃって、ママも死んじゃったから、もう仕方ないかなって」
「え?」
私は目を見開いた。
「ママはね、ほんとうにメイのことが好きだったの。私の事なんか目に入らなくなるくらい。でも突然メイが消えちゃって、メイを失った悲しみでおかしくなっちゃった。ママはおばあちゃんの話を思い出して、ヴァジュラの存在を知って、話を曲解して、パパや私の命をささげればメイが返ってくると誤解した。それでパパを殺して私も殺そうとして、でも結局、自分が死んじゃったんだ」
「そんな……」
カンナのパパとママの死は私も目にしたから知っていた。
でもまさかそんな理由だったなんて……。
「私はその時、ああもうこの世界に私の居場所なんかないんだなーって、そう思った。もう私が縋れるのはメイだけだった。それでメイが私に言ってくれたの。ヴァジュラに命をささげて、二人で新しい居場所を作ろうよって。二人なら、誰からも疎まれることも蔑まれることもない二人だけの居場所をつくれるからって」
カンナの表情はなんとも言えないものだった。
「パパとママも死んで、私に残されたのはメイだけだったから。だから……」
「私も、追い詰めちゃったよね」
「……………………」
今度は私が自分の気持ちを伝える番だ。
「恨まれて当たり前だと思ってるの。無理やりあんなことをしたりして、私がもっとカンナのことを考えて、カンナの居場所を作ってあげてれば、カンナは死なずに済んだはずだって」
「違うよ。だって、私の家族はもうおかしくなっちゃってた。私は死ぬしかなかったの」
「そんなことない! 私がもっとカンナの親友のままでいてあげてたら!」
涙があふれてくる。
カンナは私の手をそっと握った。
「私は、美雪ちゃんが大好きで、でも大嫌いだった」
「カンナ……」
「明るくて楽しい美雪ちゃんが好き。でも、私の身体に気持ち悪いことをする美雪ちゃんは嫌い。だから、私は、美雪ちゃんに私の最後の姿を見せたちゃったの」
あのまがまがしい黄金の剣で自分を貫くカンナの姿が脳裏によみがえる。
あんなことができるくらい、あの時のカンナは追い詰められていた。
「ヴァジュラに命をささげて、メイと一緒にこの世界を作った。二人で一人だった姉妹が命をささげたことで、ヴァジュラは私たち姉妹になんでもできるこの世界を授けてくれたんだよ」
カンナは立ち上がって、天空に向かって手を伸ばす。
「メイはようやく、自分が望んでいた自由に動ける身体を手に入れた。私は人の目を気にせずに絵を描いたりできる、自分だけの居場所を手に入れることができた。私たちは誰からもさげすまれることなく、思い悩む事もなく、平和に過ごせる世界を手に入れたの」
「良かったわね」
別に嫌味を言うつもりなんかなかった。でも、私はどうしても寂しい気持ちが抑えられなかった。
「この世界を手に入れてから一年間、私は凄く楽しかった。私が描いたものがそのまま新しい世界になって、それがとても嬉しかった。誰からも嫌われたり蔑まれたりしない、私とメイの二人きりの世界。本当に居心地がいいの」
カンナは手を下ろして、今度はイーゼルに乗せられた自分の描いた絵に触れる。
「でもね、新しい世界を作れば作るほど、私の心にぽっかり空いている穴がはっきりとしてきたの。最初は夢中で世界を作っていたから気にも留めなかったけど、私が描く世界は、どれもこれも必ず美雪ちゃんとの思い出に行きつくんだよね」
カンナは愛おしそうに絵を見つめる。
「私が作る世界は、美雪ちゃんが私に見せてくれたものばかりなんだもん。遊園地に行ったり、お菓子屋さんだったり、教会の結婚式ごっこだったり……みんなみんな、美雪ちゃんが私に見せてくれたもの。……なのに、美雪ちゃんだけがここにいないの。それで後悔した、私の最後の瞬間を美雪ちゃんに見せちゃったこと」
カンナは再び私に近づいてくる。思わず私は立ち上がった。
そして私の目の前に立つ。
「心残りだった。美雪ちゃんと悲しい別れ方をしちゃったことを」
目の前には顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で私を見るカンナ。
「蓼原カンナは、美雪ちゃんが大好き」
「カンナ……」
気づいたら私はカンナに押し倒されていた。
「美雪ちゃんの望みは、何?」
「私は、カンナに許してほしい。酷いことをしたことを許してもらって、また親友に……」
「嘘だよ」
「え?」
「そんなの美雪ちゃんの望みじゃない。美雪ちゃんの本当の望みは、私を独り占めすることでしょ?」
「そう、私は、カンナのことが大好きで、だから……」
「お願い、ちゃんと言って」
「私は、カンナを独り占めしたい」
その答えに満足したのか、カンナは笑った。
「いいよ、私、美雪ちゃんに独り占めされてあげる」
カンナが顔を近づけてくる。
「だから私も美雪ちゃんのこと、独り占めにするからね」
私とカンナはこれまでしたことがないくらい、幸せな口づけを交わした。
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